2026/04/29(水)去年、香川漆器を修理に出した話
川口屋漆器店で2025年6月28日にお盆を購入したが、角にぶつけてしまいお盆に欠けを作ってしまったので、これを修理に出しに行った話。
この記事では半年ほど前の事柄を扱うが、これはブログの執筆速度が現実の出来事に追い付いていないため、大分遅延した執筆となっている。
- 修理依頼に高松へ飛ぶ
- 旅の始まりは三宮バスターミナルから
- あおいで高松へ
- 神戸側瀬戸内海の景色
- 小豆島の景色
- 高松東港へ
- 高松駅で開催されているイベントへ
- 栗林公園に行くために、高松築港駅へ
- 栗林公園駅到着
- 栗林公園までの道筋
- 栗林公園に到着
- 土産屋、かがわ物産館・栗林庵を見物
- 土産屋を出て、栗林公園へ入ってゆく
- 栗林公園入場
- 商工奨励館で開催されていた、第41回 香川漆器 伝統工芸士まつりへ
- 時間に余裕があったので再び土産屋へ
- 栗林公園から栗林公園駅への帰路
- 栗林公園駅に戻ってきた
- 高松へ戻ってきた
- フェリーバスで高松東港へ
- 高松東港にて
- 帰り便、りつりん2に乗船
- りつりん2船内での過ごし方
- 三宮フェリーターミナルに着岸し、神戸フェリーバスがどうやって経営されているかを妄想する
- 三宮フェリーターミナル名物、小豆島貨物運輸
- あとがき
修理依頼に高松へ飛ぶ
川口屋漆器店のブログを観察し、高松駅前と栗林公園に出店するという情報を掴み、2025年10月19日に高松に飛ぶことにした。
工房は土日基本休みなのと、長尾にアクセスするのは大変だったので高松でやり取りできるのはいい機会だった。
旅の始まりは三宮バスターミナルから
香川に行くときの鉄板コースである。
神戸フェリーバスがバスを新しくしているのは知っていたが、それに初めて乗った。
前のバスは動くたびに車両後方の方向幕が揺れて五月蠅かったので、それがないだけでも、ずいぶん快適だった。当然バスそのものが綺麗なのも嬉しかった。
あおいで高松へ
この日は朝の便で高松に行くことになったので、あおいに乗船した。あおいは中の設備が綺麗なのと、畳があるので好きだ。勿論、りつりん2もバブリーな内装があって、それはそれでよいのだが、カーペット敷きよりは畳だろう。
何度かジャンボフェリーを利用して分かったこととして、バスでフェリーターミナルにきて先頭に並んでいれば問題なく自由席が取れるということだ。
三宮フェリーターミナルであればポスターが貼ってある壁の前、高松東港であれば通路に並んでいれば行けると思う。
神戸側瀬戸内海の景色
海と、行き交う船と、陸の街というので、何度乗っても眺望がいい。
小豆島の景色
もうだいぶ見た景色だが、小豆島に上陸したことはないので、そのうち行きたいところだ。行こうと思えば行ける所だけに行っていないのは惜しいとも思える。
高松東港へ
何やら巨大なタンクを作っている工場があることに気が付いた。
高松駅で開催されているイベントへ
さて、なんやかんやで高松駅に到着し、ここで川口屋漆器店のブースに入りお盆を手渡しできた。
その場で修理交渉を行い、修理内容を伝え、引き渡しから修理、引き取りの流れを話し、無事修理依頼を完了させることができた。凄くアナログなやり取りだったが、そこがよかったし、何より顔を覚えてもらえていたので顔パスできた。
実は2025年の初頭辺りに私は神戸阪急で川口屋漆器店の息子さんと出会っており、そこそこ話し込んでいたのだが、なんと相手がそれを覚えていてくれたのだ。息子さんのほうは普段工房にはおらず、以前工房でやり取りさせていただいたのはご主人のほうになるので、大分久しく会っていなかったのに覚えていて貰えたのはとても嬉しかった。
しかし、一昔前だったらいきなりお店の人に話しかけて交渉など到底無理だったが、マチアソビでの学びや、これまでのカンファレンスでの経験によって私はお店の人と話せる程度の能力を得ていた。自ら主体的に話し掛けていくというのは非常に役立つスキルだと思うので、今後も保っていきたいし、より伸ばしていきたいところである。
現地に来ることによって対面で説明できたので、伝わりづらそうな微妙な破損個所を容易に伝えることができたし、ついでにその場で漆器も見れたのはよかった。希望の茶托はなかったため、次に栗林公園で開催されている川口屋漆器展も出店している漆器展、第41回 香川漆器 伝統工芸士まつりに向かうことにした。
栗林公園に行くために、高松築港駅へ
高松に来るのは、これで三度目ということもあり、高松築港で琴電を見るのも当たり前のような光景になってしまった。
栗林公園駅到着
栗林公園は香川屈指の公園なので、さぞ立派な駅舎だろうなぁと思ったが、ホームは割としょぼかった。いや、琴電的には立派なほうだとは思うが…w
また踏切には改札を迂回しての侵入を防止するためなのかトゲトゲが置いてあった。普通に飛び越えられそうだし、そもそも改札を素通りすることは物理的に可能なので、どの程度意味があるのかは謎である。
ひょっとすると、かつて有人改札があった時の名残なのかもしれない。
ホームはしょぼかったが、駅舎はそこそこ立派だったので、やっぱり栗林公園なのだなぁ…!と思ったりした。
栗林公園までの道筋
駅を出てすぐに栗林公園への案内標識があった。400m。
ダートの看板。ダートは松山や、貞光でも見たので、ひょっとしたら四国ではポピュラーなのかもしれないと思った。
さっきの案内標識の下にあったりつりん病院もそうだが、この辺りにはやたら「栗林」の名を冠した場所が多い。栗林コミュニティセンター、栗林本通り、栗林幼稚園。
また最後の案内標識は松山・高知・徳島・高松駅と四国の中心地がすべて揃っていてオールスター感があるなと思った。
そして最初の標識もそうだったが、英語の案内が上書きされているのが地味に気になる。Gardenの前は何だったのだろうか?Koenだったとかかな?
そして栗林公園の前まで来ると、道を渡るための地下道もあった。ここでは横断歩道があったのでそちらを使うことにしたが、帰りに寄ったので、この地下道については後で紹介する。
栗林公園に到着
栗林公園に到着すると、焼杉で出来た風情のある門と、木々と屋敷、そして後ろに山が聳える立派な公園が出迎えくれた。
さてここで香川が誇る美しい公園を散策…と行きたいところだが、今回は時間的にそんな余裕がないので、軽く土産屋(かがわ物産館・栗林庵)を見たのち、漆器展に向かうこととした。
土産屋、かがわ物産館・栗林庵を見物
因みに土産屋に入るのは無料だが、公園内に入るのは有料であるため、公園内で行われている即売会を見に行くには必然的に入園料が必要だった。この即売会は商工奨励館で行われていた。
土産屋ではうどんより他の食べ物が目立っていた。
うどん県を自称するのに飽きたのかもしれないし、地元の人が多いのでうどんを余り前に出していないとかがあるのかもしれない。香川県の名誉のために言っておくと香川県はうどん以外の名産もかなり多いので、別にうどんを猛プッシュせずとも、割と成り立ったりする。
奥のほうに行くと香川の伝統工芸品のコーナーもあり、本日お世話になった川口屋漆器店を始めとし、様々な漆器工房の漆器があった。
漆器コーナーの裏には丸亀うちわコーナーもあった。丸亀うちわは一本の竹を割いて骨を作り、そこに紙を張り合わせた団扇が特徴的だ。
こういった伝統的手法で作られた手作りの団扇は結構高いが、四国団扇などメーカーの量産品ならそこそこ安い値段で買うことが出来る。因みに香川県は国産団扇のシェアトップで、香川県によると令和5年の団扇出荷額は31億1千5百万円で全国一位とある。
四国団扇は丸亀市に本社を置く団扇メーカーで、日本で初めて機械を用いて竹団扇を自動で製造することに成功したらしい。竹団扇は一本の竹を裂いて作るため、これを自動化したというのは大変すさまじいことだと思う。竹は天然物でどう裂けるかは不定だろうし、どう裂けるかもわからないものに紙を張り付ける作業もあるのだから、これは本当に凄いことだと思う。
因みに四国団扇は大阪関西万博の公式竹団扇も製造しており、私はそれを一本持っているが、中々いいものだ。
土産屋を出て、栗林公園へ入ってゆく
ここからは即売会の開かれている商工奨励館のある栗林公園の内部へと向かう。
土産屋を出ると香川県産の木材を使っていると書かれた東屋があり驚いた。大阪関西万博では高知県産の木材で大屋根リングを作ったと聞くし、松山でも愛媛県産の木材で作られた食器が売られていたし、徳島でもつるぎ町では木材の切り出しと搬出が行われていたので、ひょっとすると四国は林業大国なのかもしれないなと思った。四国は四国山地が大部分を占めているので、木が多いのは確かだろう。
四国には王子製紙の社有林もあり、王子製紙は国内民間企業で最大の林を保有すると書こうと思って調べたら、王子製紙は四国だけに森林を持っている訳ではなく、北海道から九州まで全国約650ヶ所に社有林・分収林を保有・管理しており、総面積は約1,880キロ平米に上るとのことだった。1,880キロ平米というのは香川県より僅かに広い程度なので、かなり広いことが分かる。
道中にはよく手入れされたいい感じの場所や栗林公園の起こりを説明する看板もあった。
そうして歩いていると東門、切手御門に到着した。ここが栗林公園の入り口になる。
左手を見ると結構リッチな券売機が設置されていて、ここで入場券を買えるようになっていた。
券売機は今時の話なので多種多様なキャッシュレスに対応していた。
それと最近このタイプの紙幣取り扱い機構をよく見るなと思う。従前なら自販機の紙幣周りといえばお札を入れるところと出てくるところが同じだったが、こちらは入れる場所と出す場所が分かれていて、結構革新的だ。
個人的にはこの機構はすごくいいと思っている。何故なら入れる場所を出す場所が同じだと機構が複雑になるだろうから、メンテナンスが大変になりそうだが、これはそれぞれ別々なので、機構を単純化できるのではないかという気がしている。またこの機構は釣札を一度に出すことが出来るため、利用者としても、一枚一枚取る手間が省けて楽である。
欠点は初めて見たときにギョッとするのと、場所を食うので従前の自販機と比べると装置の設置場所が変則的になることくらいだろう。
この機構は主に釣札が出る場所で採用されていると思うので、万札などが入る場所によくありそうな気がする。そして偽札が入れられると問題なので有人監視できる、こういった観光施設や、食堂みたいな場所での採用が多いように思う。
飲料自販機のような千円札しか入らず、釣札を出す必要性のない場所での採用はまずないだろう、たぶん。
栗林公園入場
入場券を買って中に入ると、まず鬼瓦が出迎えてくれた。鬼瓦の案内には2024とあったし、すぐそこに工房があったので、ここで作っているのかもしれない。
中はいい感じの公園だったが、時間が押していたので一瞥して右手に見える商工奨励館へ移動した。
商工奨励館で開催されていた、第41回 香川漆器 伝統工芸士まつりへ
商工奨励館に着くと、まず竹一刀彫実演販売会というのが開かれていた。
正倉院宝物の技を継承する一品らしく黄綬褒章も拝受したという名工が制作しているとのことだった。後継者がおらず、自身も高齢であり、あと何本掘れるかの世界とあり、伝統工芸の厳しさを感じた。
建物の中には昔描かれた栗林公園の絵も展示されており、非常に見どころがありそうだったが、私は時間がなかったので写真だけ撮影して飛ばしてしまったが、説明を読む限り、昔の栗林公園は武将の庭だったのかもしれない。
建物を進み、中庭に入ると香川漆器 伝統工芸士会の文字が見えた。ここが会場だろう。ワクワクしてくる。
中に入ると多くのテーブルがあり、各工房の漆器が並べられていた。壮観な光景だ。
ここには川口屋漆器店のご主人がおられたので、高松駅で修理品の引き渡しをしてきたことを伝え、希望の茶托についても聞いた見たが、この日は持ってきていなかったとのことで、後日修理受け取りの際に工房に伺って見させてもらうことにした。
因みにここでも顔を覚えられており、ちょっと感動した。話に花が咲きそこそこ話し込んだりもした。
川口屋漆器店以外にも見て回ったが、めぼしいものはなく、川口屋漆器店を懇意にしたいのもあったので、特に買わずに外に出た。
時間に余裕があったので再び土産屋へ
帰りのフェリーに乗るまでに少し余裕があるので土産屋に戻ってきた。
前に書いたもの以外に、小豆島名物であるオリーブの木を使ったまな板やオリーブの新漬けも見ることが出来た。オリーブの新漬けの写真はない。坂出金時などの野菜も売られていた。
オリーブの木は非常に硬く重かったので、あまりまな板には向いてなさそうだった。まな板は包丁の刃を傷めないために柔らかく、持ち運びのために軽いほうが良いので、基本的には杉や檜が好まれる印象だ。
ひとまず私はここで坂出金時とオリーブの新漬けを買うことにした。
栗林公園から栗林公園駅への帰路
さて、来るときに通らかった地下道のギャラリーに入ってみる。どうやらここには地元の人が制作した作品が展示されているようだった。阪神春日野駅とHAT神戸を結ぶ地下道に似た雰囲気を感じるが、あちらは小学校の作品展示だった気がする。一方でこちらはアダルト感がある。
地上に出てくると行きしに見た四国オールスター標識の裏側を観ることが出来た。栗林公園駅でなく、栗林駅と書いてあるが、これは今調べたところ、結構離れたところにあるJRの駅のようだった。
また美馬や穴吹といった単語が出てきたところで、つるぎ町のことを思い出して感慨深くなった。
栗林公園駅に戻ってきた
ちゃんとトイレがあり、立派な駅名標もあり、更に前の駅を発射した案内も出るというので、意外としっかりした駅だなと感心していた。
三条の手前にスペースがあるので、それより前の駅も出てくるのだろうか?
お?来たか?と思ったら回送だった。出入口のところにステップがついてるのが独特だ。
次に来た奴にはステップがなかった。車両によってステップの有無が異なるようだ。
高松へ戻ってきた
栗林公園駅から電車に揺られて高松築港駅に戻ってきた。香川は車社会のはずだが意外と人が多くて驚く。本数も結構あるので、需要があるのだろう。
高松駅に移動しようとすると毎回このラーメン屋に出くわすが、さぬきうどん駅を名乗る高松駅の真ん前でラーメン屋を営業するとは凄い性根だと思う。しかもここが徳島であるかのような風体である。いうて神戸の元町にある徳島ラーメン屋もこんな感じなので、どこもそうなのかもしれない。
帰りのフェリーバスに乗るために高松駅に戻ってきたら、イベントの出店は撤収が始まっていた。ちなみに川口屋漆器店のご主人はこの場所のことを「オルネ」と呼んでいたので、駅として利用していない人にとってはここはオルネなのかもしれない。オルネと呼ばれているのは駅ビルにORNEと書かれているからだろう。意味としては「居るね(おるね)」だと思われる。
高松駅前には近代的な高層ビルが聳えており、古めの建物が目立った松山や徳島とは一風変わった風を感じた。
フェリーバスで高松東港へ
フェリーバスがやってきたので、帰りのフェリーに乗るために乗車する。
玉藻城を眺めながら、いつか行きたいなぁ…と思っていたが、なんと次回修理受け取りの際に行くことになる。
高松東港にて
バスに揺られて高松東港に戻ってきたら、国土交通省の「幹線旅客流動実態調査」「幹線フェリー・旅客船旅客流動実態調査」という紙をもらった。
少子化や過疎化に伴う利用客数の変動とかを定期的に調査していたりするのだろうか?興味深い思いで記入して提出した。
帰り便、りつりん2に乗船
行きはあおいだったが、帰りはりつりん2だ。
りつりん2の搭乗口。
りつりん2を入ってすぐの内装はステンドグラスやレッドカーペットがあり、どことなく豪華客船がある。恐らくバブルのころに建造されているので、あの時期の高級感を演出する意図があるのだろう。
りつりん2の船内は、カジュアルで柔らかい風合いのあおい船内とは異なり、荘厳で高級感が漂う。ただ結構年季の入った船のなので、
前に乗った時は土産売り場のレジが有人だった気がするが、あおい同様にセルフレジに代わっていた。
指定席はがら空きで、自由席もスカスカだったので、次回から自由席にしようと決意した。
指定席は全ての場所にコンセントが生えているのに対し、自由席は数ヶ所にしかないので、仮に場所が取れてもそこに差異がある。
しかし食堂の券売機は据え置きで、特に変わっていなかった。あおいはタッチパネル式でキャッシュレスだが、こちらは旧来の現金式券売機だ。
ロッテの自販機もあおいにはなかった気がするので、恐らくこれもりつりん2の特徴だろう。
りつりん2船内での過ごし方
まずは定番の売店で食事をとった。この売店には様々な調味料があるため、好きに味付けができる。例えばたこ焼きは出てきたときは何もついていないが、好きなだけアオサと鰹節粉とソースをかけれる。青のりでないのが少し残念なところだ。
二枚目の写真は余りにもたこ焼きの写真が綺麗だったのでついでにあげてみた。人生でこれだけたこ焼きが映えるような綺麗さで撮れることもそうそうない気がする。
救命胴衣の試着があったので着てみたりもした。これで万一海難事故にあっても大丈夫だ。瀬戸内海は船の往来が多く、島も豊富にあるので救命胴衣を着て浮いていれば助かりやすいだろう。
これは売店で見かけた面白いものだ。まず旅行に使える歯ブラシや髭剃り、ナプキンから簡易枕、タオルにブランケット、そしてAnkerのモバイルバッテリーやUSBケーブルまで、一通りのものが揃えてあった。地味にUSB Type-Aオス Type-Cオスのケーブルがあるのもありがたい。
何より驚いたのが二枚目の写真にある、やたら小さな2口USB ACアダプタだ。
人生で見た2口USB ACアダプタの中で最も小さかったうえ、安かったので買った。ネットでググって出てくるものや、大抵の店に置いてあるものはいずれもこれより厚みがあったり、幅があったりで何とも言えないものが多いと思うが、これは圧倒的に小さい。
どのくらい小さいかについては、2025年に買ってよかったものにも書いているが、実測で縦56mm、横49mm、厚み16mm程度で重さも36gしかなかった。更にコンセント部が折りたたみ式なので、カバンの中で何かに刺さったり、邪魔になることもない。出力は大きくないものの、普通に充電できるため個人的には十分実用的だ。
ひとまずさっそく使ってみることにしたが、大変便利で助かった。私はこの翌日からUSBケーブルを二本持ち歩くようになった。
他にもお土産をいろいろ調達した。どれも美味いのだが、オリーブグミとオリーブチョコはかなり美味しい。美味しすぎるあまり無限に食べてしまうので気を付けないといけない。
他にも小豆島オリーブサイダーや小豆島オリーブオイルを使ったポップコーンも買った。どちらも美味かったが、小豆島オリーブオイルのポップコーンは癖が強いので好き嫌いは分かれそうだ。
またこの手の製品はご当地と別の場所でOEM生産されてたり、外の販社が売っていることが少なくないと思うのだが、小豆島のやつは製造者や販売者が小豆島になっていることが多いのも驚きだ。
りつりん2は大変快適で期間限定の雪見だいふくやスジャータのソフトクリームもあって、至れり尽くせりである。あまりにも快適なのでこういうことをしていると寝ることを忘れてしまう。特に夜行便でやるとつらい奴だが、それも含めてとてもいいと思う。
ゴザ入れというものもあり、これは寝るときに重宝した。「お一人様1枚のご利用でお願いします」とあるが、小さすぎて一枚では使い物にならないと思う。
身長170cmの私では三枚敷くと丁度いいくらいだった。カーペットの上で直に寝るのは質感的に嫌なので、ゴザの上で寝るのは快適だった。
有料席には無料席との間を区切るためのカーテンがあり、小豆島と書かれていた。試しに閉めてみようと思ったら動かないように結束バンドで金具に結ばれていたため、閉めることはできなかった。
恐らく今よりもっと乗客が多かったころは治安が悪かったであろう無料席と有料席を区切る目的で使われていたのかもしれない。
しかしこれまでジャンボフェリーといえば個室を取ることが多かったが、今回は予約が埋まっていたこともあり、雑魚寝指定席にしたが、結果的にこれは正解だった。
何故なら、りつりん2もあおいも個室のベッドが硬く快適でなかったり、空調が劣悪だったり、エンジン音がうるさかったりして非常に微妙なのに、個室だけあって運賃だけはめっぽう高い。しかし指定席は雑魚寝スペースであるため安いし、機関室から離れているためかエンジン音も少ない。また多くの人が入る場所なので空調もまともだ。個室の空調はりつりん2だとネカフェ個室のダクト空調を弱くした感じのやつなので、かなりきつい。暑すぎて地獄。
しばらくすると綺麗な明かりが見えてきた。明石海峡大橋と明石や垂水あたりの町明かりだろう。
そこから30分ほどで神戸港に戻ってくることができた。やはり神戸の夜景は煌びやかでいい。
三宮フェリーターミナルに着岸し、神戸フェリーバスがどうやって経営されているかを妄想する
りつりん2に別れを告げ三宮行きのバスに乗る。
この神戸フェリーバスというのはバス会社の名前なのだが、驚くべきことにフェリーターミナルと最寄り駅の連絡バス以外の事業を行っている気配がちっともない。いったいどうやって経営してるんだ…。
一応かつてはフットバスの運航を一部担当していたり、観光バスや、他の路線バス事業もしていたようなのだが、今はすべて撤退しているようだ。なので恐らく今はもうフェリー連絡バスしかしていないように見えるので、どうやって経営できているかが謎なのである。
フェリー連絡バス自体は時間帯や曜日によっては混雑がひどいので89人[1]乗っていると考えると、ジャンボフェリーとの連絡バスは運賃が230円なので満員なら一運行当たり20,470円の収入になる。往復8便あるため、全便満員なら単純計算で327,520円になる。但し満員になるのは週末の夜行便くらいなので、実入りはこの半分もないだろう。
ジャンボフェリーの隣の突堤にやってくる宮崎カーフェリーも神戸フェリーバスが担当で、往復4便あるそうなので同じく満員であれば163,760円の売り上げが期待できる。
仮にどちらも一日の売り上げが半分とした場合、245,640円が三宮エリアの売り上げとなるので、ギリギリなんとかなるくらいだろうか?
フェリーの運航時間の関係で営業時間が長いため、運転手が二交代だとすると二人分の日当と、会社の維持費などの経費を払っても何とか成り立ちそうだとは思った。とはいえ、平日にそこまで連絡バスの利用客がいるとは思えないので、現実はもっと厳しい可能性はあると思う。
とはいえ、バスを新車にして交通ICが使えるまでにしているので、一応利益は出ているのだと思う。確か前のバスは現金しか使えなかった。
しかし写真を見てみると89人は乗れなさそうな気もした。
三宮フェリーターミナル名物、小豆島貨物運輸
これは三宮フェリーターミナルに行くとよく見かけるトラックで、荷台側面に父母子の3人のカエルが描かれているトラックが特徴的な小豆島の陸運会社のトラックだ。荷台後部のエンジェルロードや小豆島の文字も小豆島間がすごくあって私は好きだ。つい目で追ってしまう。
背面に景勝地の写真を描いた物については小豆島の観光PRの一環としてやっているらしく、色々いな種類があるらしい。
小豆島貨物運輸株式会社は離島の陸運企業なのに鉄道コンテナを運べるトラックや、海上コンテナ輸送用トレーラー、ラフタークレーン、ショベルカーなども持っていて、保有設備が面白い会社でもある。
小豆島の陸運業者としては他にも有限会社丸島運送店というところがあり、こちらも大型トラックを多数保有している。恐らくジャンボフェリーのような貨客混載船が頻繁に寄港する上に、小豆島そうめんや、カドヤのごま油のように島外に輸出できる品物があることや、人口も2.5万人ほどおり、そこそこ規模のある島であり、なおかつ地続きでなく、大手陸運業者が入ってくる余地が少ないことから、このような物流業が発達したのだろう。
あとがき
小豆島貨物運輸を見て淡路島にもあるのかな思って調べてみた結果
何となく同じ瀬戸内に浮かぶ淡路島にもこういう独自の陸運業者はあるのかな?と思って調べたところ、淡路共正陸運株式会社や株式会社丸番荷役運輸という会社があることを知れた。
AKCと書かれたトラックは三宮でしばしば見かけるが、これは淡路共正陸運株式会社のロゴらしく、まさか淡路島の会社だとは思ってもみなかったので驚いた。株式会社丸番荷役運輸も事業内容にあったボルボの特徴的なロゴのトラックを見たことがある気がするが、たぶん会社名の部分はすり替え可能だと思うので確信は持てない。デコトラをメインに使っているようで面白い会社だと思った。
あとがきの本体
あとがきの本体とは…という感じだが、淡路島の業者の話を本筋に入れるわけにはいかない関係であとがきが二段構成になってしまったという。まぁあとがきというのは自由でいいと思う。キノの旅のあとがきも「まえがき」とか「うらがき」とか「あとがきのあとがき」とか色々あった気がするし、なんか本の真ん中あたりに出てくるのもあった気がする。つまりあとがきの本体があっても別に構いはしないというわけだ。
さて今回は修理に出した旅だったが、次は修理の回収と、今回買うことができなかった茶托を求めて2025年11月28日にもう一度香川に渡る旅を行う。そちらでは取引だけでなく、今まで時間の都合で難しかった観光も取り入れているので、後日そのことについても書いていきたいと思う。ただこの記事を書くのに7日かかっているし、そもそも3月25日に記事の枠を作って放置していたほどなので、観光要素が加わり、この記事より執筆量が増える可能性がありそうな次の記事がいつ出せるかは全くの未知数だが、まぁ程々にやっていきたいと思う。
時間がかかるところについては、基本的に枝葉を伸ばしまくりながら書いていくスタイルなので仕方ないところがある。私はその時思ったこと、感じたことを出来るだけ高い解像度ですべてログに残したいのだ。何故なら後から見たときに鮮明に思い出したいからね!
あとまだ去年の佐賀旅行3回セットとかも書きたいところがあったりするので、全て書き終えるころにはいつになっていることやらという感じである。
2025/07/28(月)また漆器を買った
投稿日:
香川漆器を買ったでも書いたが、スプーンの損耗が激しいので買い直すことにした。ついでに菓子切も買った。
今回購入したのはこちら。菓子切は高松の漆器工、中田漆器のもので竹の拭き漆。スプーンは三重県桑名市の籐芸という木のスプーンを専門に作っている会社の品で、材質はインドネシア産のサオの木とのこと。サオの木とはサワノキのことで、インドネシアの木だそうだ。
判り辛いがスプーンは曲面部分が完全な曲面でなく、多角形のようになっているようで、角の筋目が見えるのが面白い。形的にも以前より自然なので使いやすそうだ。
菓子切は五本もあるが、ひとまずはこの一本を使うことにした。五本あって選べるのは贅沢だ。香川漆器の技術は使われていないが香川県産の漆器という意味では香川漆器に含められるだろう。
これまでに買ったものと合わせると漆器もだいぶ増えてきた。
ただどうも漆器のスプーンは長持ちしないという話をちょいちょい見聞きするので、これもどれほど持つのかは謎である。前のよりは確実に持つと思うが…。
ひとまず漆器シリーズはいい感じに揃ってきたので、あとは育てていきたい感じだ。
2025/07/01(火)香川漆器を買った
投稿日:
去年の末に漆器を買ったわけだが、また買った。
今回は汁椀とお盆で、川口屋漆器店さんの工房に伺い、買わせていただいた。
今回買ったもの
工房に行って買ったのでオンラインショップで買うより安く譲っていただけた。恐らく送料も手数料も掛からないから安くなっていると思われる。
但し、この記事を見て安く買っていた人がいたから私も安くしてほしいということは言わないでほしい。私はあくまで善意で安くしてもらっているだけである。
汁椀
こちらは御椀 がら筋象谷塗という品だ。
汁椀は側面に細かな筋目が沢山入っており、ちょっとした高級感がある。外側は象谷塗という真菰の粉を漆の上に撒きて仕上げる香川漆芸の技法が使われていてマットな仕上がりになっているが、内側はすり漆塗になっており、木地が透けて見えるのが特徴だ。
木の密度が高いのか、薄いのにずっしりしており、硬い感じがする。特に高台は薄いのに、とても頑丈そうだ。
お盆
こちらは卓上膳 のみ目すり漆という品だ。
お盆は独特の表面になっており、裏面にも柄ある。これは木地に鑿を打ち表情を作っていると伺った。これを作れる木地職人はもう2人ほどしか残っていないそうで、後継者もおらず、手間がかかるため、貴重だそうだ。全面がすり漆塗になっており、木地がよく見えるが、鑿の入れ方や生地の密度の差によって、濃淡が現れているのが美しい。
盆としては厚みと大きさの割に軽く、持ちやすい。素材としては国産のトチノキを使ったものだそうだ。こちらも価格は12,000円ほどだったかと思う。
盆を買った理由としてはランチョンマットが欲しかったというところがある。そんなの100均のでも良さそうだが、100均のは使い捨てや布や竹ひご製など取り回しがイマイチよくなさそうで避けていた。
個人的にランチョンマットに求めるものはパッと水洗いして干せば乾くとか、ゴミ箱にクズを叩き落としたら終わりくらいのがよかった。なら安いお盆でいいじゃんと思うじゃん?
最近のお盆は滑らないのがウリになっていて、盆の上でトーストを食べたかすを落とそうとしても落ちないとか、板を組み合わせてる関係で目詰まりするとか微妙だったのだ。
だからと言って12,000円もする漆器の盆は行き過ぎでは?とは思わなくもないが、こういうのが家に一個でもあると風情があるじゃないか、というので買ったのである。
しかしトチノキというと、ツルギスタ巡礼で見てきたばかりなので、なんだか感慨深いものがある。
素材としては国産のミズメザクラを使ったものと伺った。
手持ち品との比較
汁椀については買い替え目的だったので、その比較。
前回買った汁椀の現状
前回も汁椀を買ったので、本当は二個もいらないはずだった。
しかしわずか半年でここまで漆が剥げてくると何とも言えない。しかし色合いや生地の見た目はこちらの方が好きなので、今回買った汁椀がどれほど摩耗していくのかを見つつ、古い椀も残しておこうと思う。
もし新しい椀も同様に摩耗するのであれば、そういうものだと割り切れるからだ。
とはいえ、新しい椀は12,000円ほどし、2.4倍ほどするため耐久性には期待したいところである。
参考までに同時期に買った箸は目立った摩耗が見られないので、工房によって耐久性の差があるのではないかと感じている。当たり前だが汁椀より箸の方が使用頻度は遥かに高い。
旧椀と同じ販売元のスプーンも摩耗が顕著なので、そうだと考えている。ちなみにこのスプーンは500円くらいで、非常に安く若干心配になった記憶がある。
上のスプーンと同じ日に買ったミニスプーンは摩耗がほとんど見られないが、これも確か旧椀と上のスプーンとは別の工房の製品だったと思う。こちらは1,000円ほどした記憶がある。
汁椀の新旧比較
一見すると今回買った椀の方が大きく見えるが、これは口縁(飲み口)が反っているためであり、容量的にはほぼ同じだ。
測ってみたところ新椀が360ml、旧椀が350mlだった。
旅路
さて四国といえば先週、つるぎ町に行くために来たばかりだが、今週もまた四国に行くはめになってしまったため簡単に旅路を書く。
旅の始まりは三宮バスターミナルから
今回もフェリーで行くため、三宮バスターミナルから始まる。フェリーで行く理由は単純で圧倒的な安さによる。
往復で取ってもバスの片道程度で行けるので非常に安い。因みに新幹線を使っていこうとすると4倍ほどする。つまりフェリー往復=バス片道、バス往復=鉄道片道という具合だ。
バスは安くない上に疲れる上、満員が多く乗りづらいため、選択肢としては微妙だ。
またもや新船あおい
乗船したのはまたもや新船あおい。先週は事故でドック入りしていたりつりん2がドック開けして正常ダイヤに戻ったため、二連続で乗ることになった。
向かいには宮崎カーフェリーの「フェリーろっこう」もいた。あおいと比べるとかなりデカい。
朝便は積み荷も車も少なかった。
意外と快適だった自由席
自由席に期待はしていなかったが、雑魚寝席があり、これが意外と快適だった。もう個室取らなくてもいいかもしれないと思った。
畳は折目邸で見た和紙畳とよく似たものが使われていた。
荷物置き場もあり、簡単な鍵もあるためセキュリティも多少はあった。
靴を脱ぎ履きするための椅子があるのも便利だと感じた。
キッズルーム
船内を歩いていると小さなお友達が描かれたピクトグラムがあった。
中には児童向けのプレイルームがあり、遊べるようになっているようだった。
アダルトルーム(ゲーセン)
大きなお友達向けの部屋もあった。こっちにはそういうピクトグラムはなかったと思う。
切符や耳栓をガチャガチャで売るという面白い光景も見られた。確かに自販機の設置コストを考えると安価な選択だ。
ただ、カラトリーは無人販売方式だったため、耳栓もこの方式でいいのでは…?とか思ったりはしたw
風光明媚な離岸風景
出航し、神戸の町並みと山を背景に見れる光景はとても見晴らしがよかった。これは夜行便では見れない景色だ。
海を切り、白波が立つ光景も見れた。
須磨の山肌に並ぶマンションと山の向こうに見えるタワマン
須磨の辺りに来ると山肌に張り付くようにマンションが叢生しており、山の向こうにはUR高倉台団地の一号棟と二号棟と思われるタワーマンションが見えた。
船上デッキと明石海峡大橋
船上デッキは消しを眺めるにちょうどいい場所で、更に瀬戸芸で作られたであろう作品の展示や、緑の広場もあり、充実していた。
オリーブの植木もあったが、今は植わっていないようだった。
明石海峡大橋をくぐることもでき、中々壮観な景色を見ることが出来た。夜行フェリーだと見れない光景なので貴重だ。
淡路島をまじかに見れたり、本州側も遠景出来たり、中々いいビュースポットだった。
橋をくぐると明石丸と書かれた釣り船もいた。
デッキ上にあったドコモの基地局
船の上で安定して通信できるようにするためなのか、ドコモの基地局らしきものがあった。他のキャリアのものは見当たらなかったが、やはりこういうカバー範囲の広さはドコモの強みだなと思った。
かつて2023年9月22日に、りつりん2に乗った時より、圏外が少なく、電波も安定しているように感じた。
一面の海原と小豆島
船はしばらく一面の海原を進んでいたが、しばらくすると何かの陸地が、ぼんやりと見えてきた。
船が近づくにつれ、陸地はみるみる明瞭となり、小豆島が現れた。
島の周辺にはプレジャーボートがぽつぽつ見られた。
島は意外と建物が多く、栄えてそうだった。
小さな属島にはペンションのようなものが見えた。
船はみるみる小豆島に接近し、街並みがよく見えた。新築も目立ち、活気がある。
山に縦筋のように張っている割れ目が気になる。少し調べた範囲では判らなかったが、少なくとも沢や登山道ではなさそうだ。
小豆島に接岸
時刻は11:28、小豆島に接岸した。
割れ目をズームしてみると電柱と電線が通っているように見えるので、その割れ目なのかもしれない。山上に最短経路で配電する電気の道なのだろう。
港側には何やらモンスターがいた。きっとあおいの上にいる猫と同じ、瀬戸芸のやつだろう。
ここからは主張の強い佃煮工場や、廃ホテルらしきものも見えた。Google Mapsで調べた感じ廃ホテルは寒霞渓荘というらしい。
下船客が多く、小豆島が人気の観光地であることを認識できた。
フェリーへのコンテナの扱いはなく、橋が下りることはなかったが、数台のトラックの乗降は見られた。
時間が時間なので乗船客はそんなに多くなかった。
小豆島から離岸し、軽食を摂る
下船後何かを食べる余裕がないことを思い出し、ここで昼食を兼ねた朝食を摂ることにした。
この時間帯はうどんの提供がないらしく、瀬戸内レモン味のチキンナゲットと単なるからあげ棒、オリーブポップコーンを頂いた。
オリーブポップコーンは独特の風味があってよかった。神戸の映画館でも売ってほしい。
窓際にあったPOPを見ると、ジャンボフェリーのレモンは冷凍しているので種まで食べられるらしい。健康的かもしれない。
POPの下にはudon-eatersなる謎の単語が書かれていた。
新たなる陸地、四国
何やらぼんやりと陸地が見えてきた。
陸地は徐々に姿を顕現し、香川のどっかであることが見て取れた。四国本島である。
しばらくすると高松っぽい景色が見えてきた。
高松着
まさか二週連続でここに来る羽目になるとは思わなかった。時刻は12:57、真昼間なので夜行便が着く早朝と違って明るい。
この時、送迎バスが見えないことに軽く違和感を覚えた。13:15にバスが来るというアナウンスが聞こたが、バスは一台しか来ず、積み残しが発生。次便は13:50と言う事で、時間が間に合わずタクシーに頼る羽目になってしまった。せめて志度線と長尾線がまともに接続してくれていれば…。
川口屋漆器店
時刻は14:09、来店予約より1時間も早く着いてしまったが、送迎バスと琴電を使うと想定より30分以上遅れることがわかっていたため、遅れるよりはマシだった。
着くとそこは、THE 家だった。入っていいのかわからないが、店の矢印ついてるし大丈夫だろうと高をくくり、息を吸うように中に入った。
鍵は開いており、家の中にも工房こっち、みたいな矢印があったので多分問題なかった。
誰もいない無人の店舗で品定めをしているとお店の人がやってきて色々お話を伺うことが出来た。
昔は旅館や料理店からの要望を聞き、それを作り問屋に卸していれば商売になったこと、座敷机の需要が強く、これがかなりの収益源だったこと、畳が無くなり、座敷机の需要も消え、食器は洋食器になり、最近は苦しいこと。問屋に卸しているだけでは成り立たず、地方巡礼が必要なこと、それさえも最近は陶器に押され厳しくなっていることなど。
伝統工芸を取り巻く環境は厳しく、ウレタン塗装や、漆器としての基準を最低限満たす安価な紛い物が増えていること、江戸切子のようなものも海外で安価に作られたものが出回っていること。
そもそも近代化の影響で伝統工芸品の需要そのものがないこと、何より作り手も使っていないので理解できると言う事。これは例えば伝統工芸人が伝統的な和服を着ているかといえば着ていないとか、そういった話。ユニクロのTシャツ着てるよねとか。
高齢化に伴い、前述のように木地を作る人や鑿を打つ人は減ってゆき、中々従前のようにはいかず、新しい道を模索するしかない中で、三代目がカラフルな漆器を使って洋食器に対抗しようとしている、生活する中で普通に扱える漆器を作る取り組み、代々続いてきた屋号を87.5みたいなのにされたりしたが、意外と話の掴みとして悪くないなど、興味深い話も色々と聞かせていただいた。
ちなみに塗師は多くいるらしく、これは石川と香川に無料で塗師を目指せる学校があることが大きいという。香川では毎年10人程度の塗師が誕生しているが、職人になっても食えないし、組合からの依頼をこなそうとすると専業にならざるを得ないため、大半は趣味でやっていると聞いた。
神戸からわざわざ来てくれたのだからと言って勉強して頂いたり、帰りは駅まで送迎して頂けるなど、休日なのに無理を言って開けて貰ったにもかかわらず、非常にありがたい配慮もいただき、大変いい思いが出来た。
他にも、もし漆器が痛んだ場合、物を送ってもらえれば見積もりののち、修理もしていただけるとのことで、出来るだけ長く使えるような配慮も嬉しかった。
ことでんの長尾駅
本来であれば往路はここから川口屋漆器店まで歩き、帰路も川口屋漆器店から歩くはずだったが、行きはそもそもタクシーで通過したし、帰りも送って頂いたため、結局歩くことはなかった駅。
終点の駅にしては小さいなと思ったが、駅舎は立派だった。
駅前はさびれていたが、四国八十八箇所の八十七番札所、長尾寺が近くにあった。この八十七番札所と八十八番札所の間にあるので川口屋漆器店は87.5というブランド名になっている。
駅には観光案内があった。87番札所と88番札所も描かれている。
ことでんでは全国共通ICカードを使うことが出来、便利である。当然SF扱いだが、PiTaPaも使えた。
券売機は更新する予算がないようで、そのうち無くなりそうな気配すら感じる。
列車本数は多くはなく、乗り継ぎを考えると少々ばかり制約を受けるのを感じた。とはいえ毎時2.5本あることを考えれば十分贅沢で、実用的である。
ホームにも名所案内があり、距離の単位表記が昭和レトロであった。
駅に入ると丁度列車がやってきたので乗車する。長尾ではそこまで乗っていなかったが、水田辺りで大量に乗ってきて、着席率は八割ほどまで増えた。
乗車口の戸が伊予鉄や徳島線同様、片開きであることや、連結部の貫通扉が伊予鉄同様存在せず、貫通孔の間口が広いことも興味深かった。
瓦町で下車
瓦町はさながら都会のターミナル駅である。松山における松山市駅というと大げさだが、そんな感じはする。
但し松山と違い高松はJRの需要も多いので、観光客を運んでくるだけのJR松山とは事情がだいぶ異なる。
JR高松は通学通勤需要があり、琴電瓦町は地域輸送の需要があるが、JR松山は観光需要しかなく、伊予鉄市駅は地元民の鉄道利用のほぼすべてといえる程度には需要があるだろう。
なんだか可愛らしいイラストの広告があったので撮影した。
祭事スペースではうちなーフェアが開かれていたので、三宮のわしたショップに売ってないようなものを幾つか買った。
IruCaの申し込みカウンターには毎日駅員が真心を込めてめくってそうなカレンダーがあった。こういうのがあるのはとても良い。
飯屋探しに商店街へ繰り出す
時刻は18:00、いい時間なので晩飯屋を探す。
これからアーケード街マンションにでもなりそうな空き地には青鬼の柵があった。松山はみきゃんだったが、高松は青鬼なのだろうか?すると徳島はスダチくんかなぁ…?
歩いていると徳島県のご当地VTuber、蒼藍アオのコラボカフェがあった。香川出張…?
しかしまさかこんなところで徳島との出会いがあるとは、今年は徳島と縁があるなと思った。
うどん屋は長蛇の列ができていたため、本格握りずしなのに59円から食べられるという怪しい寿司屋に入ることにした。
晩御飯、本格にぎり や台ずし
本格とは思い難い凄いハンマープライスだ。
店に入ると実際に人間が寿司を握っており、すしマシーンの姿はなかった。
しかも給与待遇もいいらしい。恐ろしい店…!
食べ物はどれもおいしくサイコーだった。
瓦町に戻る
食ったのでフェリーの時間まで休憩するため瓦町へ戻る。
先ほどの飯屋が入っているビルにソレイユという映画館があることを発見した。
名画座とロードショーが同居していることが興味深い。
商店街に戻ると古墳シスターズというだいぶファンキーな垂れ幕がぶら下がっていた。左から二人目が近所の八百屋の人に激似である。きっと神戸の八百屋から瓦町までライブに行ってるに違いない(それはない)
調べてみると古墳シスターズはバンドらしい。パンクバンドで、最初のころは音楽が出来なかったので奇声をあげたり全裸になったりしていたのだとか。ホームページの写真がすでにファンク。
土讃線と土讃戦をかけている?
そして瓦町に戻ってきた。
ここが新宿歌舞伎町ですと言えば信じてくれそうな人がいるくらい渋滞していて都会に見えてくる。ちなみに私は歌舞伎町に行ったことがないため、完全にいい加減なイメージだ。
瓦町駅に戻ると謎の展示があった。ガンダムに雪印、ケロロ軍曹にCCさくら、あのちゃん。びっくりするくらい何ら脈絡のない謎の展示があった。
STU48ではなく乃木坂を採用する百十四銀行を三度見くらいした。
最近は少子化で文化祭も県合同になってしまったのか…と思ったら、調べたところ文化祭の大会のようなものがあり、優勝すると東京に出られるみたいなのがあるようだ。
高松駅へ移動
高松築港、本日の最終電車ですに乗車しに向かう。フェリーバスに合わせてもうちょい後ろにあってくれると嬉しかったが、言っても仕方ない。
ホームに向かう途中で、琴電ではアクロバティックな遮断機くぐりが行われているのだなと眺めていた。
そして終電がやってきた。ワンマンだが瓦町からは車掌が乗っていた。
高松築港に着き、券売機を見るとこちらは新500円と新札に対応しているようだった。そういえば瓦町もしていた気がする。長尾が非対応だったのは利用者数の差だろうか。
築港から高松駅に向かう途中でまたもや徳島と出会ってしまう。
うどん県へようこそ!
夜の高松駅
潮の香りがするなと思ったら、海水を引き込んでいる池があった。
駅前では若い女性らがはしゃぎまくっており、高松感を感じた。
高松駅は終電を終え、すべて終わっているように見えたが、しばらくすると続々と列車が到着し、ぞろぞろと人が下りてきたので少し驚いた。
デジタルサイネージにデイパークがいて、こんなところでも徳島を感じた。
夜の高松駅前。
しばらく待っているとジャンボフェリーのバスがやってきた。
神戸行きジャンボフェリー
地味に高松から神戸にフェリーで戻るのは初めてだったのでワクワクした。
夜の高松東港
薄暗い中に光る灯たちが中々いい雰囲気を醸し出している。
帰りのフェリー
さぬきレモンうどんを頼んでみて、レモン食べチャレンジをした結果、確かに種も川も全部食べれるが、すっぱくて結構厳しかった。サクレみたいに冷えてないとダイレクトに来るので厳しい…。
グッズ売り場にはうどん持ち込み禁止マグネットがあり、これは中々わかってるデザインだなと感心した。
寝台が取れなかったので雑魚寝スペースを取ったが中々よかったので次回もまた利用するかもしれない。
見知らぬ人が私の席(寝床?畳?)で寝ていたが、他が空いていたため、船員に確認して他のところを使わせてもらうことにした。相手方は場所を間違えていたらしい。
三宮港に戻ってきた
いい朝焼けが見れた。まさか普段住んでいる場所でこんな景色が見れるとは…。
高松の風景との落差で、見慣れた景色のはずなのに、いきなり都会に来たような感覚に襲われた。
お土産
先週乗ったばかりなので沖縄土産が中心になるという摩訶不思議な結果となった。
しかし沖縄そばにも手延があるのは興味深い。わしたショップでみたことないぞ…。
あとがき
工房内には飯椀もあり、こちらは汁椀より厚みがあり、高台も太く高かったが、その体積の割に軽いことに驚いた。その軽い飯椀は国産のホオノキを使っていると聞き、基本的に木の密度で重さが変わるとのことだった。ホオノキは木目も美しく、正直どちらにするか悩んだが、口縁が反っている方が飲みやすくてオススメという言葉に押されて、今回のミズメザクラのものにした。
結果として、既存の汁椀と体感重量に差がなかったので良かった。
ひとまず漆器購入については、このくらいにしておいておいおい様子を見ていきたい。汁椀が二つあっても困ることはないし、今後何かがあっても買うようなことはもうないだろう。
しかしやはり、こういう一点物は通販でなく現物を見れた方がよい。手触りや色合い、木目などを比べて買うのは実際に見ないと出来ないことだ。
また今回の旅では瓦町で安くて美味い店を見つけられたことや、ジャンボフェリーの雑魚寝が予想以上に快適だったことなど、発見もあり、旅としてもいいものだった。
そして香川に来たはずなのに、妙に徳島との出会いがある旅だった。香川には何度か来ているが、観光目当てで来たことがないため、いずれ香川観光もしたいなぁ、と思うのであった。

















































































































































































































































