香川漆器を買った
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去年の末に漆器を買ったわけだが、また買った。
今回は汁椀とお盆で、川口屋漆器店さんの工房に伺い、買わせていただいた。
汁椀
汁椀は側面に細かな筋目が沢山入っており、ちょっとした高級感がある。外側は象谷塗という真菰の粉を漆の上に撒きて仕上げる香川漆芸の技法が使われていてマットな仕上がりになっているが、内側はすり漆塗になっており、木地が透けて見えるのが特徴だ。
木の密度が高いのか、薄いのにずっしりしており、硬い感じがする。特に高台は薄いのに、とても頑丈そうだ。
素材としては国産のミズメザクラを使ったものと聞いた。
前回買った汁椀の現状
前回も汁椀を買ったので、本当は二個もいらないはずだった。
しかしわずか半年でここまで漆が剥げてくると何とも言えない。しかし色合いや生地の見た目はこちらの方が好きなので、今回買った汁椀がどれほど摩耗していくのかを見つつ、古い椀も残しておこうと思う。
もし新しい椀も同様に摩耗するのであれば、そういうものだと割り切れるからだ。
とはいえ、新しい椀は12,000円ほどし、2.4倍ほどするため耐久性には期待したいところである。
参考までに同時期に買った箸は目立った摩耗が見られないので、工房によって耐久性の差があるのではないかと感じている。当たり前だが汁椀より箸の方が使用頻度は遥かに高い。
旧椀と同じ販売元のスプーンも摩耗が顕著なので、そうだと考えている。ちなみにこのスプーンは500円くらいで、非常に安く若干心配になった記憶がある。
上のスプーンと同じ日に買ったミニスプーンは摩耗がほとんど見られないが、これも確か旧椀と上のスプーンとは別の工房の製品だったと思う。こちらは1,000円ほどした記憶がある。
汁椀の新旧比較
一見すると今回買った椀の方が大きく見えるが、これは口縁(飲み口)が反っているためであり、容量的にはほぼ同じだ。
測ってみたところ新椀が360ml、旧椀が350mlだった。
お盆
お盆は独特の表面になっており、裏面にも柄ある。これは木地に鑿を打ち表情を作っていると伺った。これを作れる木地職人はもう2人ほどしか残っていないそうで、後継者もおらず、手間がかかるため、貴重だそうだ。全面がすり漆塗になっており、木地がよく見えるが、鑿の入れ方や生地の密度の差によって、濃淡が現れているのが美しい。
盆としては厚みと大きさの割に軽く、持ちやすい。素材としては国産のトチノキを使ったものだそうだ。こちらも価格は12,000円ほどだったかと思う。
盆を買った理由としてはランチョンマットが欲しかったというところがある。そんなの100均のでも良さそうだが、100均のは使い捨てや布や竹ひご製など取り回しがイマイチよくなさそうで避けていた。
個人的にランチョンマットに求めるものはパッと水洗いして干せば乾くとか、ゴミ箱にクズを叩き落としたら終わりくらいのがよかった。なら安いお盆でいいじゃんと思うじゃん?
最近のお盆は滑らないのがウリになっていて、盆の上でトーストを食べたかすを落とそうとしても落ちないとか、板を組み合わせてる関係で目詰まりするとか微妙だったのだ。
だからと言って12,000円もする漆器の盆は行き過ぎでは?とは思わなくもないが、こういうのが家に一個でもあると風情があるじゃないか、というので買ったのである。
しかしトチノキというと、ツルギスタ巡礼で見てきたばかりなので、なんだか感慨深いものがある。
その他
店内には飯椀もあり、こちらは汁椀より厚みがあり、高台も太く高かったが、その体積の割に軽いことに驚いた。その軽い飯椀は国産のホオノキを使っていると聞き、基本的に木の密度で重さが変わるとのことだった。ホオノキは木目も美しく、正直どちらにするか悩んだが、口縁が反っている方が飲みやすくてオススメという言葉に押されて、今回のミズメザクラのものにした。
結果として、既存の汁椀と体感重量に差がなかったので良かった。
旅路
さて先週、つるぎ町に行くために四国に来たばかりだが、今週もまた来てしまったので簡単に旅路を書く。
旅の始まりは三宮バスターミナルから
今回もフェリーで行くため、三宮バスターミナルから始まる。フェリーで行く理由は単純で圧倒的な安さによる。
往復で取ってもバスの片道程度で行けるので非常に安い。因みに新幹線を使っていこうとすると4倍ほどする。つまりフェリー往復=バス片道、バス往復=鉄道片道という具合だ。
バスは安くない上に疲れる上、満員が多く乗りづらいため、選択肢としては微妙だ。
またもや新船あおい
乗船したのはまたもや新船あおい。りつりん2がドック開けして正常ダイヤに戻ったため、二連続で乗ることになった。
向かいには宮崎カーフェリーの「フェリーろっこう」もいた。あおいと比べるとかなりデカい。
朝便は積み荷も車も少なかった。
意外と快適だった自由席
自由席に期待はしていなかったが、雑魚寝席があり、これが意外と快適だった。もう個室取らなくてもいいかもしれないと思った。
畳は折目邸で見た和紙畳とよく似たものが使われていた。
荷物置き場もあり、簡単な鍵もあるためセキュリティも多少はあった。
靴を脱ぎ破棄するための椅子があるのも便利だと感じた。
キッズルーム
船内を歩いていると小さなお友達が描かれたピクトグラムがあった。
中には児童向けのプレイルームがあり、遊べるようになっているようだった。
アダルトルーム(ゲーセン)
大きなお友達向けの部屋もあった。こっちにはそういうピクトグラムはなかったと思う。
切符や耳栓をガチャガチャで売るという面白い光景も見られた。確かに自販機の設置コストを考えると安価な選択だ。
耳栓はこの方式でもいいような気がしたが…w
風光明媚な離岸風景
出航し、神戸の町並みと山を背景に見れる光景はとても見晴らしがよかった。これは夜行便では見れない景色だ。
海を切り、白波が立つ光景も見れた。
須磨の山肌に並ぶマンションと山の向こうに見えるタワマン
須磨の辺りに来ると山肌に張り付くようにマンションが叢生しており、山の向こうにはUR高倉台団地の一号棟と二号棟と思われるタワーマンションが見えた。
船上デッキと明石海峡大橋
船上デッキは消しを眺めるにちょうどいい場所で、更に瀬戸芸で作られたであろう作品の展示や、緑の広場もあり、充実していた。
オリーブの植木もあったが、今は植わっていないようだった。
明石海峡大橋をくぐることもでき、中々壮観な景色を見ることが出来た。夜行フェリーだと見れない光景なので貴重だ。
淡路島をまじかに見れたり、本州側も遠景出来たり、中々いいビュースポットだった。
橋をくぐると明石丸と書かれた釣り船もいた。
一面の海原と小豆島
船はしばらく一面の海原を進んでいたが、しばらくすると何かの陸地が、ぼんやりと見えてきた。
船が近づくにつれ、陸地はみるみる明瞭となり、小豆島が現れた。
島の周辺にはプレジャーボートがぽつぽつ見られた。
島は意外と建物が多く、栄えてそうだった。
小さな属島にはペンションのようなものが見えた。
船はみるみる小豆島に接近し、街並みがよく見えた。新築も目立ち、活気がある。
山のような割れ目が気になる。少し調べた範囲では判らなかったが、少なくとも沢や登山道ではなさそうだ。
小豆島に接岸
時刻は11:28、小豆島に接岸した。
割れ目をズームしてみると電柱と電線が通っているように見えるので、その割れ目なのかもしれない。山上に最短経路で配電する電気の道なのだろう。
港側には何やらモンスターがいた。きっとあおいの上にいる猫と同じ、瀬戸芸のやつだろう。
ここからは主張の強い佃煮工場や、廃ホテルらしきものも見えた。Google Mapsで調べた感じ廃ホテルは寒霞渓荘というらしい。
下船客が多く、小豆島が人気の観光地であることを認識できた。
フェリーへのコンテナの扱いはなく、橋が下りることはなかった。
時間が時間なので乗船客はそんなに多くなかった。
小豆島から離岸し、軽食を摂る
下船後何かを食べる余裕がないことを思い出し、ここで昼食を兼ねた朝食を摂ることにした。
この時間帯はうどんの提供がないらしく、瀬戸内レモン味のチキンナゲットと単なるからあげ棒、オリーブポップコーンを頂いた。
オリーブポップコーンは独特の風味があってよかった。神戸の映画館でも売ってほしい。
窓際にあったPOPを見ると、ジャンボフェリーのレモンは冷凍しているので種まで食べられるらしい。健康的かもしれない。
POPの下にはudon-eatersなる謎の単語が書かれていた。
新たなる陸地、四国
何やらぼんやりと陸地が見えてきた。
陸地は徐々に姿を顕現し、香川のどっかであることが見て取れた。四国本島である。
しばらくすると高松っぽい景色が見えてきた。
高松着
まさか二週連続でここに来る羽目になるとは思わなかった。時刻は12:57、真昼間なので夜行便が着く早朝と違って明るい。
この時、送迎バスが見えないことに軽く違和感を覚えた。13:15にバスが来るというアナウンスが聞こたが、バスは一台しか来ず、積み残しが発生。次便は13:50と言う事で、時間が間に合わずタクシーに頼る羽目になってしまった。せめて志度線と長尾線がまともに接続してくれていれば…。
川口屋漆器店
時刻は14:09、来店予約より1時間も早く着いてしまったが、送迎バスと琴電を使うと想定より30分以上遅れることがわかっていたため、遅れるよりはマシだった。
着くとそこは、THE 家だった。入っていいのかわからないが、矢印ついてるし大丈夫だろうと高をくくり、息を吸うように中に入った。
鍵は開いており、家の中にも工房こっち、みたいな矢印があったので多分問題なかった。
誰もいない無人の店舗で品定めをしているとお店の人がやってきて色々お話を伺うことが出来た。
昔は旅館や料理店からの要望を聞き、それを作り問屋に卸していれば商売になったこと、座敷机の需要が強く、これがかなりの収益源だったこと、畳が無くなり、座敷机の需要も消え、食器は洋食器になり、最近は苦しいこと。問屋に卸しているだけでは成り立たず、地方巡礼が必要なこと、それさえも最近は陶器に押され厳しくなっていることなど。
伝統工芸を取り巻く環境は厳しく、ウレタン塗装や、漆器としての基準を最低限満たす安価な紛い物が増えていること、江戸切子のようなものも海外で安価に作られたものが出回っていること。
そもそも近代化の影響で伝統工芸品の需要そのものがないこと、何より作り手も使っていないので理解できると言う事。これは例えば伝統工芸人が伝統的な和服を着ているかといえば着ていないとか、そういった話。ユニクロのTシャツ着てるよねとか。
高齢化に伴い、前述のように木地を作る人や鑿を打つ人は減ってゆき、中々従前のようにはいかず、新しい道を模索するしかない中で、三代目がカラフルな漆器を使って洋食器に対抗しようとしている、生活する中で普通に扱える漆器を作る取り組み、代々続いてきた屋号を87.5みたいなのにされたりしたが、意外と話の掴みとして悪くないなど、興味深い話も色々と聞かせていただいた。
神戸からわざわざ来てくれたのだからと言って勉強して頂いたり、帰りは駅まで送迎して頂けるなど、休日のご対応にもかかわらず、非常にありがたい配慮もいただき、大変いい思いが出来た。
他にも、もし痛めば、送ってもらえれば見積もりののち、修理もしていただけるとのことで、出来るだけ長く使えるような配慮も嬉しかった。
ことでんの長尾駅
終点の駅にしては小さいなと思ったが、駅舎は立派だった。
駅前はさびれていたが、四国八十八箇所の八十七番札所、長尾寺が近くにあった。この八十七番札所と八十八番札所の間にあるので川口屋漆器店は87.5というブランド名になっている。
駅には観光案内があった。87番札所と88番札所も描かれている。
ことでんでは全国共通ICカードを使うことが出来、便利である。
券売機は更新する予算がないようで、そのうち無くなりそうな気配すら感じる。
列車本数は多くはなく、乗り継ぎを考えると少々ばかり制約を受けるのを感じた。とはいえ毎時2.5本あることを考えれば十分贅沢で、実用的である。
ホームにも名所案内があったが、距離の単位表記が昭和レトロであった。
駅に入ると丁度列車がやってきたので乗車する。長尾ではそこまで乗っていなかったが、水田辺りで大量に乗ってきて、着席率は八割ほどまで増えた。
乗車口の戸が伊予鉄や徳島線同様、片開きであることや、連結部の貫通扉が伊予鉄同様存在せず、貫通孔の間口が広いことも興味深かった。
瓦町で下車
瓦町はさながら都会のターミナル駅である。松山における松山市駅というと大げさだが、そんな感じはする。
但し松山と違い高松はJRの需要も多いので、観光客を運んでくるだけのJR松山とは事情がだいぶ異なる。
JR高松は通学通勤需要があり、琴電瓦町は地域輸送の需要があるが、JR松山は観光需要しかなく、伊予鉄市駅は地元民の鉄道利用のほぼすべてといえる程度には需要があるだろう。
なんだか可愛らしイラストの広告があったので撮影した。
祭事スペースではうちなーフェアが開かれていたので、三宮のわしたショップに売ってないようなものを幾つか買った。
IruCaの申し込みカウンターには毎日駅員が真心を込めてめくってそうなカレンダーがあった。こういうのがあるのはとても良い。
飯屋探しに商店街へ繰り出す
時刻は18:00、いい時間なので晩飯屋を探す。
これからアーケード街マンションにでもなりそうな空き地には青鬼の柵があった。松山はみきゃんだったが、高松は青鬼なのだろうか?すると徳島はスダチくんかなぁ…?
歩いていると徳島県のご当地VTuber、蒼藍アオのコラボカフェがあった。香川出張…?
しかしまさかこんなところで徳島との出会いがあるとは、今年は徳島と縁があるなと思った。
うどん屋は長蛇の列ができていたため、本格握りずしなのに59円から食べられるという怪しい寿司屋に入ることにした。
晩御飯、本格にぎり や台ずし
本格とは思い難い凄いハンマープライスだ。
店に入ると実際に人間が寿司を握っており、すしマシーンの姿はなかった。
しかも給与待遇もいいらしい。恐ろしい店…!
食べ物はどれもおいしくサイコーだった。
瓦町に戻る
食ったのでフェリーの時間まで休憩するため瓦町へ戻る。
先ほどの飯屋が入っているビルにソレイユという映画館があることを発見した。
名画座とロードショーが同居していることが興味深い。
商店街に戻ると古墳シスターズというだいぶファンキーな垂れ幕がぶら下がっていた。左から二人目が近所の八百屋の人に激似である。
調べてみると古墳シスターズはバンドらしい。パンクバンドで、最初のころは音楽が出来なかったので気勢を上げたり全裸になったりしていたのだとか。ホームページの写真がすでにファンク。
土讃線と土讃戦をかけている?
そして瓦町に戻ってきた。
ここが新宿歌舞伎町ですと言えば信じてくれそうな人がいるくらい渋滞していて都会に見えてくる。
瓦町駅に戻ると謎の展示があった。ガンダムに雪印、ケロロ軍曹にCCさくら、あのちゃん。びっくりするくらい何ら脈絡のない謎の展示があった。
STU48ではなく乃木坂を採用する百十四銀行を三度見くらいした。
最近は少子化で文化祭も県合同になってしまったのか…と思ったら、調べたところ文化祭の大会のようなものがあり、優勝すると東京に出られるみたいなのがあるようだ。
高松駅へ移動
高松築港、本日の最終電車ですに乗車しに向かう。フェリーバスに合わせてもうちょい後ろにあってくれると嬉しかったが、言っても仕方ない。
ホームに向かう途中で、琴電ではアクロバティックな遮断機くぐりが行われているのだなと眺めていた。
そして終電がやってきた。ワンマンだが瓦町からは車掌が乗っていた。
高松築港に着き、券売機を見るとこちらは新500円と新札に対応しているようだった。そういえば瓦町もしていた気がする。利用者数の差だろうか。
築港から高松駅に向かう途中でまたもや徳島と出会ってしまう。
うどん県へようこそ!
夜の高松駅
潮の香りがするなと思ったら、海水を引き込んでいる池があった。
駅前では若い女性らがはしゃぎまくっており、高松感を感じた。
高松駅は終電を終え、すべて終わっているように見えたが、しばらくすると続々と列車が到着し、ぞろぞろと人が下りてきたので少し驚いた。
デジタルサイネージにデイパークがいて、こんなところでも徳島を感じた。
夜の高松駅前。
しばらく待っているとジャンボフェリーのバスがやってきた。
神戸行きジャンボフェリー
地味に高松から神戸にフェリーで戻るのは初めてだったのでワクワクした。
夜の高松東港
薄暗い中に光る灯たちが中々いい雰囲気を醸し出している。
帰りのフェリー
さぬきレモンうどんを頼んでみて、レモン食べチャレンジをした結果、確かに種も川も全部食べれるが、すっぱくて結構厳しかった。サクレみたいに冷えてないとダイレクトに来るので厳しい…。
グッズ売り場にはうどん持ち込み禁止マグネットがあり、これは中々わかってるデザインだなと感心した。
寝台が取れなかったので雑魚寝スペースを取ったが中々よかったので次回もまた利用するかもしれない。
見知らぬ人が私の席で寝ていたが、他があいていたため、船員に確認して他のところを使わせてもらうことにした。相手方は場所を間違えていたらしい。
三宮港に戻ってきた
いい朝焼けが見れた。まさか普段住んでいる場所でこんな景色が見れるとは…。
いきなり都会に来たような感じに襲われた。
お土産
先週乗ったばかりなので沖縄土産が中心になるという摩訶不思議な結果となった。
まとめ
ひとまず漆器購入については、このくらいにしておいておいおい様子を見ていきたい。汁椀が二つあっても困ることはないし、今後何かがあっても買うようなことはもうないだろう。
しかしやはり、こういう一点物は通販でなく現物を見れた方がよい。手触りや色合い、木目などを比べて買うのは実際に見ないと出来ないことだ。
また今回の旅では瓦町で安くて美味い店を見つけられたことや、ジャンボフェリーの雑魚寝が予想以上に快適だったことなど、発見もあり、旅としてもいいものだった。
そして香川に来たはずなのに、妙に徳島との出会いがある旅だった。香川には何度か来ているが、観光目当てで来たことがないため、いずれ香川観光もしたいなぁ、と思うのであった。