2026/09/08(火)弘前に旅行に行ってきた記録 初日
時は7/27、ひょんなことから弘前城の現存天守曳家イベントの存在を知った私は弘前に行くことを決め、普段滅多なことがないと取らない航空券を珍しく取った。往復で取るのは人生初だ。また聖地巡礼や映画鑑賞以外でこういった旅をするのも個人的には珍しい。
旅行は8/21からの二泊三日で、大まかな流れとしては初日を移動日、二日目を観光日、三日目は観光して帰った感じだ。
この記事では初日、つまり移動日の事柄や、事前の印象などを扱う。
- 弘前に対する事前知識・印象
- 荷物整理
- 旅の前座
- 初日の計画
- 初日の旅
- 旅の始まりは阪急春日野道駅から
- 十三で宝塚線に乗り換え
- 蛍池でモノレールに乗り換え
- 入口を間違えて入った伊丹空港
- 入口を間違えて入っていたので搭乗ターミナルへ移動
- 預け荷物の預け先を探そうとして迷子になったり、四苦八苦したり
- 保安検査を抜けると飛行機が遅れていた
- 青森行きの飛行機に搭乗
- 伊丹空港離陸時の景色
- 雲の上へ
- 東北地方への上陸、秋田県と男鹿の話
- 青森県との邂逅
- 青森空港へ着陸
- 待ってくれていたシャトルバス
- 弘前駅前散策
- 弘前駅から宿へ向かう
- 投宿!
- 食べ物を求め、夜の弘前へ繰り出す
- 晩飯のためにいつものさかなや道場へ
- 居酒屋を出て宿への帰路
- ホテルへ戻り、就寝前に部屋を見渡し、アップルスナックを食べる
- あとがき
弘前に対する事前知識・印象
旅行語りに入る前に、旅行に行く前での弘前に対する私の印象としてはこんな感じだった。
ひろまえと読み間違えそうになる
弘前をヒロサキと読むのは地理の知識がないとなかなか難しいと思う。
幸い私は今年の2月に超カッコイイ弘前のトラックに出会っており、この時に読み方を調べていたためヒロサキと読むことができた。
思えばこれはフラグだったのかもしれない。
青森最大の都市だと思っていた
青森県最大の都市は青森市で、八戸市、弘前市の順なので、弘前市は第三の都市だった。八戸市も「はちのへし」であり、中々の難読である。
津軽ねぷこ
津軽ねぷことは、青森県のご当地VTuberである。彼女との出会いは再生履歴によると二年前、2024年6月6日まで遡る。
この頃はご当地VTuberに癖の強さや方言のキツさを求めており、そこにジャストフィットしたのが津軽ねぷこの存在だった。実際きつ過ぎて何を言ってるかわからないが、ある程度見ているうちに「へばな」「たんげ」など、津軽弁にあるいくつかの単語が分かるようになったし、今回の旅行でも周囲の話を聞き取るのにちょっと便利だった。
因みに津軽ねぷこはバーチャル弘前市の出身で、弘前周りのネタも度々している。これも今回弘前に行く切っ掛けになったことの一つだ。
8月に地震が起きていた
2026年08月01日に地震が起きていたので、旅行中に起きないことを祈った。とはいえ、今見返せば震度3なので知れていた。
荷物整理
飛行機を使ってない理由にも書いた通り、荷物をどうするかは課題の一つだった。
ボストンバッグを買おうとしたがめぼしいものなし
私は旅行に行くときに無印の折り畳みボストンバッグを使っているのだが、無印のサイトを見たところ、高機能版があるというので出発前の時間を使って見てきた。
結論を言うと、持ち手にクッションがあり、気室も多く、非常に便利そうだったが折り畳みサイズが大きすぎた。
参考までに手持ちの折り畳みボストンバッグを買ったときの写真はこれだが、大きさが全然違う。年に数えるほどしか使わないものに部屋を占領されたくないため、新しいボストンバッグを買うのは諦めて、手持ちで行くことにした。
荷物整理
文房具を買って筆箱の中身を整理したにもある通り、私は筆箱にハサミを入れて持ち歩いている。これは飛行機に乗るうえで壁の一つだった。持っていかなければいいと言われればそうなのだが、服がほつれたり、旅先で買った商品の袋が開かなかったりした場合にはあると便利である。
このため、ハサミの処遇をどうするかを中心に考えた。
取り敢えずボストンバッグに筆箱を丸ごと入れてしまう。ハサミだけ入れてしまうと出し入れが面倒だが、筆箱ごと入れてしまえば…!という発想。
ショルダーバッグごとボストンバッグに入れてしまう。私は普段ショルダーバッグに筆箱を入れて持ち歩いているが、これごと入れればいいのでは!?ということに気が付き試したところ、なんと丸ごと入った。これには驚いたが、このままいくことにした。
但し移動中はボストンバッグから出し、預け荷物にするときだけ入れることにした。これはショルダーバッグの中にある道具の出し入れが面倒だから。
ボストンバッグに入れたもの
ボストンバッグには二日分の衣類、電動歯ブラシ、歯ブラシ、入浴セット、3口のUSBアダプタとUSBケーブルを入れることにした。USBケーブルが一本しか見えないが、私は普段ショルダーバッグの中に2口USBアダプタと2本のUSBケーブルを携帯しているため、これで足りるのである。
そして預け荷物にするときにはショルダーバッグも入れた。
宿のコンセントが微妙だった時のことも考えて、延長ケーブルタップも持っていくことにした。これは結局使わなかった。
飛行機に乗ってる間暇になるかもしれないと思って文庫本も持ち込んだが、これも結局使わなかった。機内がうるさすぎて読書どころの話ではなかった。
旅の前座
この日は平日で有休をとっていたのだがスケジュールが大量にあってなかなか忙しかった。
まず最初は7時に起き朝自宅を済ませ病院に行った。前回行ったときに薬の在庫が少なく、少ししかもらえなかったため、在庫が補充されていることを願って再度行ったのである。
その後、先ほど書いた無印にボストンバッグの確認に行ったが、結局買わずに帰ってきて、旅支度をし、昼過ぎに家を出て伊丹へ向かった。
まるで旅行に行くとは思えないスケジュールである。
初日の計画
と言っても初日は移動日なので、移動しかないのだが、こんな感じで計画していた。なお後半は飛行機の遅延により一部リスケが起きている。
| 時刻 | 場所 |
|---|---|
| 14:44 | 阪急春日野道 |
| 電車 | |
| 15:21 | 阪急十三 |
| 15:23 | 阪急十三 |
| 電車 | |
| 15:33 | 阪急蛍池 |
| 15:37 | 大阪モノレール蛍池 |
| 徒歩 | |
| 15:40 | 大阪モノレール伊丹空港 |
| 徒歩 | |
| 15:46 | 伊丹空港 |
| 空港待機 | |
| 16:45 | 伊丹空港 JAL2157便 |
| 飛行機 | |
| 18:15 | 青森空港 |
| 空港待機 | |
| 森のレストラン「ライアン」でテイクアウトが取れる可能性がある | |
| 18:45 | 青森空港 |
| 弘南バス | |
| 19:39 | 弘前駅前 |
| 徒歩 | |
| 19:50 | 弘前駅前ホテル |
初日の旅
いつものことながら話が脱線しまくっているが、今回の記事は脱線具合が酷い。
旅の始まりは阪急春日野道駅から
旅の始まりがここから始まるのは過去の旅行記にもなかった気がする。
普通 阪急梅田行きに乗車し、そのまま十三まで赴いた。
普段塚口までしか利用しないので、塚口を出てからは十三を乗り過ごすまいと、次駅の表示をよく見ていた。まぁ仮に乗り過ごしても何とかなる程度の余裕は持っていたが…。
十三で宝塚線に乗り換え
十三に着くと急行の発着案内が出ており、停車駅が豊中~宝塚の間と出ていて驚いた。要するにその間は全飛ばしである。
駅で待っていると京都本線に梅田行きが佇む中、神戸本線に三宮方面行が入線してきて、すぐに宝塚本線の急行が入ってきた。この駅は同時期に列車が多数入ってくるので面白い。
しばらくして豊中駅の辺りに来ると伊丹空港が見えてきた。
蛍池でモノレールに乗り換え
阪急蛍池からは大阪モノレールに乗り換えである。
普段は109シネマズ大阪エキスポシティに行くために利用するので門真市行きに乗るのだが、今日は空港に用があるので大阪空港行きに乗った。一般論としてあそこは伊丹空港と呼ばれ、空港コードもITMであるため、大阪空港と言われてもピンとこないのが困りものだ。
モノレールは余り混んでおらず、楽に移動できた。
入口を間違えて入った伊丹空港
松山以来の伊丹空港だ。前回はANAだったが、今回はJALを利用する。
進むと高速道路の規制やシャトルバスの発車案内が出ていた。
出発時刻表がANAで違和感を覚えたが、この時はあまり気にしていなかった。
探すとちゃんとJALのもあった。ここの青森と書いてある奴に乗るわけだ。
551には行列ができていた。
この時私はオフラインで写真付きのメモを取る方法を検討しており、Obsidianが良いのではないかと試していたが、画像が原寸で乗るうえに横並びに出来ず、一度に一ファイルしか添付出来ないうえに、Androidの権限上、参照した画像はObsidianのディレクトリにコピーされるという振る舞いだったため、使うのを諦めた。
私は旅などのメモをSNSに取ることが多く、かつてはTwitter、現在はMastodonに取っているのだが、オフラインの時に上手くいかないのと、投稿画面を開いて登校するまでに時間がかかるとその場から動けないのがネックだった。これは私がブラウザを利用している関係で、投稿中にカメラアプリに切り替えるとアップロードが中断されるからである。つまり、投稿が終わるまで、メモの原資にする次の写真が取れないためロスが起きる。電波が悪い環境では10分ほど動けないこともあるし、オフラインだとそもそも詰んでいた。
それを解消したかったが、Obsidianではどうしようもないということが分かった。最終的に普段使っているメモアプリにタイムスタンプと時系列をつけてメモを取り、それを後から写真撮影時刻と突合することで解決することにした。幸い撮影したファイルはファイル名がタイムスタンプになっているため、成り立つ。
入口を間違えて入っていたので搭乗ターミナルへ移動
JALは北ターミナルとのことなので向かうことにしたが、今思えば根本的に入口が左右逆だったのである。
北ターミナルに来たものの、ここから先は保安検査場にしか見えず、手荷物を預ける場所が分からずうろたえた。どこにも案内がないのである。
例によって刃物などの危険物が捨てられていた。
預け荷物の預け先を探そうとして迷子になったり、四苦八苦したり
係員に聞くと預け荷物は1Fで預けるとのことで移動した。そういうことは保安検査場の前に書いておいてほしいものだと思った。
受付機で手荷物に貼り付けるラベルを印刷する。
やたら近未来的な機械で荷物を預ける。ラベル印刷もここでよくない?とか思った。松山の記録だとANAでは一体型だったので、なんとなく理不尽を感じた。
荷物をトレーに入れ、ラベルを貼ったが、こんだけ縦横無尽にバーコードが印字されているのに機械が中々バーコードを読んでくれず難儀した。
方向や角度が一致していないと読めないならQRコードにした方がいいと思った。QRコードには位置検出用のシンボルが入っているのでカメラの視界に入っている限り読めるのが利点だ。元々工場の生産ラインで従来型のバーコードが使いづらく、それを置き換える目的で作られているので、こういったケースでは非常に強みがある。
今では世界で普及しており、特にQR決済を生んだ中国では爆発的に普及しているQRコードだが、元々はデンソーの生産ラインの効率化のために作られた技術であることは意外と知られていないと思う。デンソーはトヨタの子会社で、雑に言うならQRコードを生んだのはトヨタということになる。デンソーの語源は電装であり、要するにトヨタ車の電装部品メーカーなので、あながち間違ってはいないとは思う。またQRコードという言葉はデンソーのシステム開発子会社である、デンソーウェーブの登録商標になっている。
取り敢えず荷物が潰されないことを祈ったが、松山の時無事だったので、きっと大丈夫だろうと考えた。
そんなこんなで預け荷物に手間取っていたら青森便の出発時刻が近づいていたので保安検査に進む。
手荷物はこんだけ。キノの旅は機内での読み物として持ち込んだ。今思えば鼻をかむティッシュとかも欲しかったなぁと思ったし、そういう雑貨類は全部ショルダーバッグに入れているため、飛行中は地味に不自由を強いられた。
とはいえバッグから出し入れしていると紛失にも繋がるので、ティッシュ程度ならまだいいが、なるべく飛行機に乗るから中身を一部出すというのは避けたいところである。こういう物品の位置を固定する手法というのは定位置管理といって、物はいつも同じ場所に置いておけば紛失を避けられるという話である。
保安検査を抜けると飛行機が遅れていた
保安検査に入る前は遅延表示なかったのに…。
保安検査を抜けると充実した土産屋があったので飲み物を買い、レジ袋を貰い、手荷物入れにした。
土産屋には淡路屋の弁当もあった。駅弁を空弁にする発想?
そして青森便は遅延していた。松山行きに乗ったときも遅延してたので、私は遅延を引くのが得意なのかもしれない。
待合室には「KONAN」と書かれたユニフォームを着た人が何人かおり、弘前から関西に何かの試合にきた高校生かなと眺めていた。
定刻より10分遅れ、16:55に搭乗開始が始まった。
青森行きの飛行機に搭乗
小型機だし、今回も松山同様に外歩くのかな?熱いのはやだなぁ…と思っていたらボーディングブリッジ付きだった。素晴らしい…!
座席は翼の後ろ辺り。翼にフロートのようなものが付いてるのが気になったが着水用だろうか?にしては小さいような…。などと思って眺めていた。
時刻は16:59、まだ飛行機は動いていない。
滑走路には荷物積み込み用とみられるカーゴが止まっており、こういったやつに入れてもらえてるなら預け荷物は無事ではないかと考えていた。
この記事を書いていて実際どうなっているのか調べたが、出てきたYahoo! 知恵袋の記事によると、こんな感じで積み込まれるようで、極端に柔らかいボストンバッグは上に積まれ、下には置かれないのではないかと思った。下に置くと上のバランスが崩れるから。いや、わからないが…w
遅れていたためか離陸は遅く、搭乗開始から13分後の17:08に動き出し、その11分後、17:23に滑走路に入り離陸をし始めた。つまり16:55の搭乗開始から離陸まで30分弱かかったことになる。
32Lとあることや後ろにある建物の形からして、左側の滑走路、B滑走路を南から北に進んでいるようだ。
伊丹空港離陸時の景色
時刻は17:24。離陸直後の景色。下に見える池は伊丹市の緑ケ丘公園とみられる。ここから大きく旋回する。
梅田方面のスカイラインが良く見え、都市を感じる。
高度を上げながら伊丹市上空を旋回し、大阪方面に回頭している。滑走路は北西向きのため、そこから北東に向きを変えるために反時計回りに回転していたのだろう。
恐らく大阪府に入り、ここは箕面上空辺り?山裾に生えている茶色の板マンのような建物がコスモフォレスタ箕面に見えるので、恐らくそうだと思う。真ん中の太い道は新御堂筋だろう。
雲の上へ
時刻は17:29。雲の上に出た。地上に何か光る建物が見える。
雲が晴れ、地上が見えてきた。
ゴルフ場と田んぼのある集落が合体した山の上が見える。ここは航空写真を眺める限り、高槻カントリー倶楽部とその周辺集落と思われる。
5分で伊丹から高槻までしか動いていないと考えると、加速が非常に悪いことが分かる。旋回しているので仕方がないが…。
17:34に青森空港到着が18:40とアナウンスがあった。18:45発のシャトルバスにはどう考えても間に合わないので、私はシャトルバスが待ってくれることを祈った。青森を信じた。田舎のバスは人情があるから…!という勝手な先入観で祈った。
時刻は17:38。離陸から15分。左手奥に見えるのは地形的に敦賀湾と思われる。
市街地の真ん中を貫くのが笙の川、そこから右手に出た┓型の出っ張りが川崎町の埋め立て地、その奥が金ケ崎町の埋め立て地とみられる。
航空写真で見るとこんな感じ。
時刻は17:40。しばらくすると入道雲が現れ、下界が見づらくなった。
奥の方ににょろにょろした川が見える。この高さから見えるこの規模の川なら一級河川だろうと思い調べたら、福井県を流れる九頭竜川っぽかった。
時刻は17:43。離陸から20分。富山湾とみられる場所まで来た。飛行機は一度軌道に乗るとすさまじい速度である。
恐らくこの辺。遠近法の関係でわかりづらいが、右側の四角い切り欠きは航空写真上の小さな四角い切り欠きだと思われる。
四角い切り欠き部分の航空写真拡大図。
時刻は17:47~17:48。私は眼下に広がる田園風景を眺めていた。
時刻は17:49。ここから見えるのは富山湾の真ん中あたりに位置する、岩瀬浜辺りと思われる。地形的には河口が真北を向いているが、写真では河口が東向きになっているため、恐らく旋回して機体が北向きになっている。
恐らくこんな感じで見ていたと思われる。
この辺りで機内放送があり「現在富山県黒部市上空を飛行していて、このあと佐渡島、秋田県上空を過ぎ、十和田湖から青森空港へ」という感じの放送が流れた。
その放送が終わって外を眺めていると一隻の船影が見えたが、ネット環境がないと思い込んでいたため何の船だったのかはわからない。あとから調べたらこの飛行機にはWiFiがあったようなので船舶レーダー24とかで特定できた可能性がある。
時刻は17:54。離陸から約30分。眼下は完全に雲海に包まれ、佐渡島を見ることは叶わなかった。
時折晴れ目が見えるが、海しか見えなかった。海に反射した夕暮れが雲の下から滲んで見える景色は綺麗でよかった。
そんな中で無料の飴の配布があった。松山便では気流の乱れによる機体揺れのお詫びという名目で配られていたが、今回は何もなく配られていた。松山の時とは飴のメーカーが異なり、前回は大阪の扇雀飴本舗だったが、今回は長野のアトリオン製菓だった。ANAとJALで違うので飴のメーカーも違うという話である。行き先が青森なのでりんご味にした。
時刻は18:14。離陸から約40分。雲が晴れ海が見えてきた。つまり陸地が近づいているということである。海に生える夕日が綺麗だ。
この2分後に「これから7分後にシートベルト着用サインが出ます」という放送が流れた。
時刻は18:18。離陸から約45分。こんなに綺麗な夕暮れを人生で見たことがあっただろうかというくらいの景色だ。
船影が見えたのでズームしてみた。何かの作業船のようだ。
東北地方への上陸、秋田県と男鹿の話
時刻は18:19。陸地が見えてきた。秋田県だ。
眼下には風力発電機がずらっと並んでいた。
防波堤の特徴的な形と風力発電機の林立からして、ここは飯島という場所だろう。
時刻は18:20。地面が裂けたような地形が出てきたと思ったら巨大な池と埋め立て地らしき地形が出てきた。当時は「本当にここが秋田県か?」とか大変失礼なことを考えていた。
Google Mapsで見た感じ、この辺りは八郎潟という地域のようで、なかなか見どころのありそうな場所に見えた。
田んぼの真ん中に凄い密度の集落があったり
周りに何もなく観光地なのか怪しい場所に観光案内所やなまはげの像があったり、とてもユニークだ。恐らくここが男鹿の入口で、ちょうど幹線道路があるので接地しているのだろう。
見た感じ船越駅が最寄り駅のようだが、土日祝は毎時一本未満と、佃駅と勝負できるレベルだったので公共交通機関でのアクセスは厳しそうだ。ここによる場合ついでに塩口や八郎潟調整池などの観光もセットにすると塩梅が良さそうだ。
またこの路線には蓄電池電車EV-E801系「ACCUM」(アキュム)が走っているらしく、行くのであれば是非鉄道を利用したい場所だ。車両のカラーリングが青と赤でなまはげなのもいい。
そして最終的には男鹿半島にあるどこかに泊まる感じだろう。男鹿水族館GAOの辺りはハイキングに良さそうな山も見えるため、そういうのにも悪くなさそうだし、なまはげ館なんかは是非行くべきスポットと言えるだろう。
半島内部はバス停に乏しいが、男鹿半島あいのりタクシー なまはげシャトルに事前予約しておけば、観光に困ることはないかもしれない。幸いなことに男鹿水族館GAOやなまはげ館、男鹿駅は巡回対象だ。
そういえば男鹿と言えば五能線から来たキハ40の縁で北条鉄道とコラボしてなまはげ列車をしていたのも記憶に深いので、兵庫県とも地味に縁がある。
さて、今回の旅行記に秋田県は関係ないのでこの辺りで本筋に戻ろう。たぶんこのネタはいつか男鹿に行くときに役に立つだろう。
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暇つぶしに機内の冊子を読んでいたがJ-AIRだと伊丹から高知と徳島はないということで何とも不憫な気持ちになった。きっとANAならあると信じたかった。まぁ飛行機を基本的に使わない私には縁のない話だが…。
時刻は18:24。離陸から約50分。夕日と合わさってなんだか綺麗な景色が見えたが、これ以上ここがどこか特定していると永遠に記事が書き終わらないので、東北にある風光明媚な場所としておこう。まぁ秋田或いは青森のどこかではあるだろう。
陸に向かって飛行機が斜めになっていることから内陸部に存在する青森空港へ向かっていることは解る。
そうこうしているうちに18:25、機内放送で「これより着陸態勢にはいります。20分程遅れていることをお詫びします。」という放送が流れた。忘れていたシャトルバスの不安が頭に浮かび頭をよぎった。別に乗れなくても次があるのだが、予約不能のシャトルバスで、機内は満席でただでさえ乗れるか怪しい。次の便となると積み残しが発生するかもしれない。なので、私は出来る限り本来接続予定のシャトルバスに乗りたかった。それにホテルのチェックインもある。いや、チェックインは詫びれば伸ばせるが…。
そしてまた冊子に目を戻し、J-AIRのCAのオススメする観光マップを眺めていた。行ける場所があればスケジュールを調整しようと思ったものの、特に行けそうな場所がなく、かわいい地図だなぁ…と眺めていた。地味に空港が二つあるのには驚いた。左側にあるのが青森空港で、右側は三沢空港というらしい。
三沢空港は伊丹便もあるので、南部[1]観光に便利かもしれない。但しシャトルバスはなく、定期観光タクシーを使わないと脱出できないようだ。
南部には放射性廃棄物処理施設があることで知られる六ケ所村や、横浜市と同じ名前を持つ横浜町、日本で最も最初に出来たひらがなの市であるむつ市[2]がある。また下北半島は南部地域を象徴する半島だ。
豆知識として六ケ所村で放射性廃棄物処理を行う企業の名前を日本原燃と言うが、この企業は青森県最大の企業で、その本社を六ケ所村に置いている。私は昔日本原燃のシステム開発に携わっていたことがあるので、なんとなく親近感がある。
衛星写真で六ケ所村を眺めると石油備蓄基地やメガソーラー、風力発電所、石油パイプラインと思しき施設など、エネルギー政策が充実していることが分かった。
青森県との邂逅
遂に青森県との物理的な接触が始まる。
時刻は18:25。再び現れた雲海の奥には岩木山と思しき山が見えた。地理的にこの辺りに他に高い山はないので確定だろう。
岩木山は1,625mと1,510mである氷ノ山より少し高い程度で、1,729mの大山より低いのに山頂が雲を貫いていて驚いた。氷ノ山も大山も雲を被っている印象はないので、なんと立派な山だろうかと感嘆した。
実は今回の旅行を計画している段階では岩木山を上ることも検討していたのだが、丸一日潰れるので諦めた経緯がある。そういったこともあり、私はこの山のことを事前に知っており、この時点で認識できていたという訳だ。
山頂が遠くに見えるので、この時点では青森県にギリギリ入ったところか、まだ秋田県か、県境あたりか、そこらへんだろう。
時刻は18:28。眼下には青森の町並み…というより田園風景が見えてきた。機体は着陸態勢に入り翼のブレーキがパカっと開いて中身の配線がむき出しになっていた。エッチだ。
ここがどこかはよく分からなかったが、中央下部に見える谷間に架かる橋梁その上にある高速道路かバイパスに見えるもの[3]と、その下の集落、その奥にあるうねった道、中央上部に見える河川、中央の山、左下に見える大きな建物を頑張って探せば特定できそうではある。また左下にある湾曲した道も手掛かりになりそうだ。
線路らしきものがない気がするので、近くに鉄道がない可能性もある。
時刻は18:30に撮影した写真では山の上に光るものが見えるため、山の上に何かあるのかもしれない。また奥側には大きめの市街地も見える。
時刻は18:31。日は陸に沈みかけ、潰れたように見える太陽がまた愛おしい。
日暮れである。
眼下はぼちぼち栄えてきた。街という感じだ。一見すると田んぼに見えるが、ズームすると樹木が見えるのでりんご畑もありそうだ。
時刻は18:33。離陸から1時間10分ほどが経過したころ。高度を落とし何とも山奥のようなところに降りてきた。奥の方には野焼きの煙のようなものも見えるが、野焼きにしては規模が大きすぎるか。
青森空港へ着陸
時刻は18:35。遂に青森空港へ着陸した。エッチなところのアップもおまけで付けておく。
シャトルバスに間に合うかどうかをひたすら考えていた。
機体がボーディングブリッジに近づくと別の飛行機がやってきた。私が乗っていたのが遅延していたからだとは思うが、この図だけを見ると青森空港は非常に着陸間隔の短い混雑空港に見えてくるので面白い。
時刻は18:36。機体は静止し、まもなく降機が始まった。18:40にはボーディングブリッジに入ることができたが、接続の猶予は僅か5分しかなかった。絶望的である。バスが待ってくれることを祈るしかない。とはいえバスも次便の折り返し運行があるので難しいだろう。
青森空港の待合はこの時間でも結構人がいた。
少し行くと預け荷物の受取所があり、ここでやっと青森らしい掲示物に出会えた。ねぶた漬。写真にある、ねぶたの下側に社名が入ってて広告になってるのが面白い。
時刻は18:42。預け荷物を受け取るためのコンベアは動いていなかった。絶望である。また先ほど後ろから来ていた飛行機は千歳空港から来ていることが分かった。
コンベアが回らないので辺りを見渡していると太平ビルサービス株式会社の広告を見つけ、姫路にもこんな名前の会社あったよなぁ…と思ったらそれは太平工材株式会社だった。太平工材はアースシネマズ姫路で映画を観ると幕間広告で流れる、おなじみの会社だ。
時刻は18:51。やっとコンベアが回り始めた。バスの発車予定時刻はとうに過ぎているので絶望しかない。
この5秒前に「遅れておりました青森市内行きのバスは間もなく発車しますので、お乗り遅れのないようにご乗車ください」と放送があり、ほとんど絶望していた。
コンベアを眺めていると、意外とボストンバッグも流れてるなとか、飛行機に積むことでも意識しているくらいに頑丈さのありそうな土産袋も流れていて驚いた。意外と柔らかい袋でもなんとかなるのかもしれないなとは思った。一方で街中ではぼろぼろのスーツケースも良く見るので、使用頻度によっては厳しいのかもしれない。私のボストンバッグに至ってはもう売っていないものなので、なるべく壊したくないなと思った。
時刻は18:52。荷物を拾って外に出ようとするとトイレの壁に2026年に青森県で開かれるスポーツの祭典か何かのラッピングがされていた。ボーディングブリッジにあったのも同じ奴だろう。
ホワイトインパルスという謎の宣伝があったが見る暇がなかったので歩きざまに写真だけ撮った奴。調べたところ青森空港の除雪隊の名前らしい。
青森空港は滑走路延長3,000m、幅60mあり、そのうち約55万平方メートルを除雪する必要があるらしく、ホワイトインパルスはこの面積を約40分で除雪するそうだ。
先ほど挙げた公式の記事は中々壮観で読みごたえがあったが、その感想を書くと永遠に記事が終わらないのでここでは省略する。
待ってくれていたシャトルバス
時刻は18:52:51。空港から出ると見覚えのあるバスがいた。そう、事前に調べていた弘南バスの空港シャトルバスの姿だ。発車予定時刻を過ぎていたのに、なんと待ってくれていたのだ。青森行きのバスは見えなかったので、恐らく青森行きは客を待たずに出て行ったのだろう。
発車されてはたまらないので走って近寄ったが、誰も乗る様子はなく、佇んでいた。
発車時刻表。毎時一本あるが、飛行機は一時間に数本来るため長いと一時間待ちになるダイアだ。とはいえ、あるだけありがたい。
時刻は18:55。定刻を10分過ぎ、雰囲気で乗車が始まった。
客が乗り始める中、運転士の人はまだ来ていない客を探すためか、空港へ向かっていた。
バスは完全キャッシュレスで、PiTaPaのSFを利用することができた。PiTaPaはご利用いただけませんも多い世の中で、これはありがたい。欲を言えばポストペイが良かったが、贅沢は言えない。
バスはカップホルダー付きのテーブル付きで、贅沢で、足元も広く快適だった。
乗車は8名ほどで、積み残しの心配はなかった。ほぼ満席[4]だった飛行機の利用客は恐らく地元民で車で帰ったのだろう。そもそも学生が多そうだったし。
空港を出てしばらくの道中は漆黒が続き、山間の道をひたすら走っていた。都市間連絡に使われている道なのか、交通量はそこそこあった。
下界に降りてくると車の数も増え、ツルハドラッグが現れ、ここが北海道に近いことを意識した。
次のバス停の案内ではバスが動くアニメーションが流れていてかわいかった。
田んぼとその向こうに見える街灯りがオレンジフェリーの松山から東予港行きのバスに乗ったときの車窓を思い出させてくれてよかった。
徐々に交通量が増えてきた。
時刻は19:32。今回の旅の目的地である弘前市に入った。
バスの車内を見渡すと、運転席に謎の鏡があった。何の鏡なんだろう?身だしなみを整えるため…?金色の額縁に入れられ、ただの鏡にしては、なかなか立派な様相だった。
時刻は19:44。旅先で懇意にしている居酒屋チェーンさかなや道場が見え、今日の晩飯が決まった。奥には弘前駅の駅ビルであるアプリーズも見える。
このバスは弘前駅から弘前バスターミナルへ向かうのだが、この写真の地点には弘前バスターミナル前というバス停があるため、ここで止まってもいいのでは…?と今では思ったりもした。
まぁ弘前バスターミナルは見た感じかなり巨大に見えるので、パーク・アンド・ライド目的の客にとってはそっちの方がありがたいかもしれないし、大型バスがここに止まると邪魔くさいとかもあるだろうから、ここに止まらないのも仕方がないのかもしれない。
時刻は19:46。無事今回の目的地、弘前に到着することができた。駅前はそこそこ賑わっていそうでいい感じに見えた。
運賃は安いとは言えないが、正直千葉ですら1日約100便を運行。乗降客数は1千人前後にのぼる路線を廃止にせざるを得ない事態なので、倍とってもいいんじゃないかとは思った。ぶっちゃけ足がなければ他に交通手段ないので、独占状態だしね。
昨今は交通を取り巻く情勢が厳しく、東京と伊豆諸島を結ぶ唯一の航路運航者である東海汽船が業務中の飲酒により業務停止の危機になったり、本土と隠岐諸島を結ぶ隠岐汽船では人員不足により減便運行となったりしている。隠岐汽船では人員獲得のために他県の高専まで出張って採用活動を行うまでに至っていると聞く。
物価は平成から今日までの間に随分と上がった。例えばカップヌードルは平成初期なら特売で68円で売られていたと思うが、今や考えられない値段だろう。最近だと100円を割ることはないのではないかと思う。そう考えると物価は1.5倍ほどに増えている。
西日本新聞の記事によるとカップヌードルは1971年では70円だったが、2023年では210円ほどになっている。つまり3倍だ。平成ベースでも1989年から考えると130円から210円ほどに増えている。これは約1.6倍なので、先ほど感覚で書いた特売の内容とも一致する。
しかし公共交通機関はどうだろう?100円の運賃が160円になったかと言えば、なっていないと思う。
神戸市営バスの運賃推移によると平成元年が180円くらいで、令和4年が210円なので僅か1.1倍しか増えていない。しかもこれは市営バスなので税金負担ありきの価格だ。
民間のバスがどれほどかまで調べていると記事の本筋から過大に脱線するので調べないし、書かないが、恐らくそんな劇的に増えていないと思う。
その間にもバスの座席は減り(タイヤの上とか)、非常停止ボタンやバリアフリーに配慮し高架になり、モータリゼーションで客が減って収益が悪化している。徳島和歌山航路は維持困難のため廃止になるという話もあるし、恐らくどこの公共交通も収益が昭和より落ちているのに、物価比で言うと運賃が落ちている。
この状況で採用しようとすれば業務中に酒を飲む程度の規律しか持てない人材か、それすら来ないかの世界になってくるわけだ。
そう考えると冬に豪雪があり、路面に塩が撒かれ、車体が錆び付く厳しい環境を走る弘南バスがこの運賃を維持しているのは凄いし、安いしもっと上げていいと思う。
いやー立派なバスである。とても田舎に走ってるバスとは思えない。香川でさえ、とんでもない骨董品が走ってるので、ちゃんとこういうのが買えるのは凄いなと思うのだった。
またこれは、あとで書くが、弘南バスも路線バスはかなりボロボロだった。ただ骨董品クラスは見なかった。琴参バスなんかはかなりヤバいのがあるので…。
弘前駅前散策
バスを降りて真っ先に目に入ったのは「JR駅前地区ねぷた愛好会」の文字だった。恐らくこの中にねぷたが入っているのだろう。
ねぷたというのはねぷた祭りで使われるだんじりの一種で、和紙で作られた巨大な灯篭をだんじりに乗せたもので、ねぶた祭りで使われる青森ねぶたとよく似たものである。弘前ではねぷた、青森ではねぶたと呼ばれるらしい。
そこから左を見るとJR弘前駅ビルが建っており、アプリーズという文字と申し訳程度に書かれた弘南鉄道の文字が見える。中々立派な駅舎だ。
ビル前にはBE KOBE的なものとしてHIROSAKIのロゴが置いてあった。淡路島にもAWAJIの奴があるが、みんな好きよねこういうの。サイズは小さく、上に人間が乗れるようなものではなかったと思う。Oの字がりんごになっているのが青森県らしくていい。
弘前市はりんごの産地として有名らしく、弘前市によるとりんごの生産量日本一だそうだ。
最新の情報は確認していないが、パッと探して出てきたものでは2006年時点では176,600tの生産量を誇り、2位の長野市の39,143tを圧倒的に引き離しぶっちぎりのトップだった。以降は青森県の自治体が並ぶが、どこもそれ未満であるため、弘前市が青森県のりんごを支えているといっても過言ではない。
| 市町村 | 生産量(t) |
|---|---|
| 青森県弘前市 | 176,600 |
| 長野県長野市 | 39,143 |
| 青森県青森市 | 36,900 |
| 青森県平川市 | 32,900 |
| 青森県黒石市 | 30,100 |
| 青森県板柳町 | 26,400 |
| 青森県南部町 | 20,700 |
| 青森県五所川原市 | 20,600 |
| 青森県鶴田町 | 19,600 |
| 青森県大鰐町 | 19,000 |
これは兵庫県のたまねぎのほとんどが南あわじ市に集中しているのと同じで、地場産業として確立しているのだろう。参考までに作物統計調査 作況調査(野菜) 確報 平成28年産野菜生産出荷統計 によると兵庫県でたまねぎの作付けデータがあるのは淡路島のみで、その中でも南あわじ市がぶっちぎりで収穫量が多い。
| 自治体 | 作付面積(ha) | 収穫量(t) | 出荷量(t) |
|---|---|---|---|
| 南あわじ市 | 1,380 | 73,500 | 69,800 |
| 洲本市 | 104 | 5,350 | 4,650 |
| 淡路市 | 65 | 3,340 | 2,730 |
余談だが作物統計調査 作況調査(野菜) 確報 令和6年産野菜生産出荷統計統計では、たまねぎについて兵庫県全体で77,600tの収穫があり、全国三位の収穫量を誇るが、このほぼすべてが淡路島で生産されていると考えると中々すごい話だと思う。
駅前はとにかくりんごだった。徳島駅前が阿波踊りに支配されているのに近い感じだ。
駅前はホテルが多く、三方をホテルに囲まれていた。これは鉄道を利用する地元民が少なく旅行客や出張客のような人しか訪れないためだろう。
とはいえ、駅から5分も歩けば大型スーパーや複合商業施設も見られ、駅周辺は航空写真を見ても栄えていたため、徳島と比べると駅前集中型に見えた。
駅前には地下道もあり、都会さを感じた。
バスターミナルもそこそこの規模で驚いた。流石に徳島や姫路には劣るものの、車社会と思われる場所でかつ、県央でないにしては規模があると感じた。
弘前駅から宿へ向かう
さて、ここまでで駅前にデカいホテルが三つもあったわけだが、どこも値段が高すぎるので少し離れた安宿へ向かう。
この旅行では駅から徒歩2分ほどの弘前駅前ホテルを利用した。アートホテル弘前シティの裏側の寂れた何とも言えない空間に立地していたが、一泊7,500円+宿泊税と駅前では一番安価だったのでここにした。
私は普段の旅行ではWeb予約を使っているのだが、ここは電話で予約した。電話したときに聞こえてきた女将さんの津軽訛りに感動した記憶がある。
Webで提携している予約サイトより電話の方が安くなりそうな気配をホテルのサイトから感じ取ったので電話で予約したが、特に安くはならなかったようだ。まぁ手数料分ホテルは儲かってるはずなのでお布施として考えたい。このホテルのサイトは情報が随分古いようで、恐らくこの価格体系はもう存在せず、朝食も既に提供されていないようだった。
個人経営のホテルだが、結構大きめのビルで、こういうビルタイプを見ると一体どういう経緯で作られたのか不思議に思うことがしばしばある。建設費もかかっただろうに…。個人経営でビルタイプのホテルそのものは各所に存在するため、存在すること自体は別に不思議ではない。
ホテルの周辺は居酒屋やスナックが点在していたが、人通りが少なく寂れていた。
ホテルに入ると、ねぷた・弘前城の桜まつり・岩木山が描かれたマットが出迎えてくれて、弘前を強く感じることができた。
入口にはりんごの種類が大量に描かれたポスターがあり、非常に青森を感じた。
ピンクの公衆電話の横にはりんごがあり、りんごを無限に感じることができた。
フロントにも弘前のりんごポスターがあり、りんご一色だった。隣の仕掛け時計も味があってよかった。
ホテル内の通路はネカフェの個室やオレンジフェリーの個室通路に似たような感じだった。空調はなく、蒸し暑かった。
また節電のためか人感ライトになっており、普段は真っ暗だった。階段にはライトがなく、通路のライトは通路に入らないと点かなかった。健康のためにと階段を使ってきたが、暗くて何度か躓いたので以後はエレベーターを使うことにした。
通路にはねぷたの絵柄のような凧があって弘前を感じた。
投宿!
という訳で宿の部屋に入ってゆく。
部屋は十分な広さがあり窮屈さを感じなかった。
布団は昭和な感じだったが、寝苦しさがなく、ふかふかでよかった。ベッドはマットレスの上に何もないのか、スプリングが直接当たっている感じがして何とも言えなかったが、寝るのに支障はなかった。
個人的にビジネスホテルではベッドに巻き込まれている掛け布団を剥がす作業から始まるのだが、そういう手間がないのも良かった。
机と椅子もあり、手すりのない椅子もあったため、机で作業するのにも悪くなさそうに見えた。ただ机が低いのでPC作業では腰をいわすかもしれない。この旅行では作業していないので実際のところは不明。
机の上にはお茶が1パックだけあり、高知から来ていて長旅をしているなぁ…と感じた。
部屋の天井にあった埋め込み型エアコンは使われておらず、新しめのエアコンが入っていた。しかも結構いいやつだ。
ドアロックはチェーン式で、中々レトロでよかった。オートロックはないので締め出しの心配がないのも良い。
鍵はプラスチック製の角柱で往年のルームキータイプ。これも良かった。
眺望は隣のホテルと住宅街が見える程度で特に何もなかった。しかしスマホで夜景を取ると光がぐにゃぐにゃになるので何ともイマイチだ。
かといってAI補正で綺麗に見えるだけで別物が描かれてるとかは嫌だし、一眼は高いし重いしかさばるし、難しいところである。
食べ物を求め、夜の弘前へ繰り出す
ホテルから出るときに暗い階段で躓くのを避けるためにエレベーターを利用したが、中々レトロでよかった。
エレベーター内にはかつて存在した朝食レストランの名残が残っていた。箸置きがりんごなのがいい。
エレベーターで1Fに出ると電子レンジとオーブントースターがあり簡便な調理ができるようになっていた。
このホテルにはコインランドリーがないため、これが唯一に近い設備だと言える。
ホテルを出ると居酒屋やスナックが、まず目に入る光景があった。これは室内備え付けの飲食店何内にも掲載されていた店らだ。
津軽衆という店が気になり確認してみたところ。看板のテンションから津軽ねぷこの「楽しい!安心!安全!」みたいな雰囲気を感じた。
貝焼味噌が気になったが串揚げの店に見えたのと、何があるのかがよく分からなかったので利用を見送ることにした。
花火の音が聞こえたので気になって、開けた場所に出たところ。
弘前城の方向から花火が出ているのが見えたが、すぐに止んでしまった。
近くには異彩を放つチケット屋と、平成を感じる洋風な建物があった。
晩飯のためにいつものさかなや道場へ
ひとまず予定通りさかなや道場にやってきた。地元メニューが多いので当たり店舗だ。
この時、時刻は20:23だったがLOが22時ということで安心して利用できた。
しかし浜名湖Pay、博多系Pay、沖縄Pay、北陸Pay的なものが利用可能に見えるがPiTaPaはご利用いただけませんとあり、悲しみを覚えた。いつだってPiTaPaは蚊帳の外である。
さかなや道場 弘前駅前店に入店すると、ねぷたをイメージした飾り布や、ねぷた祭りの小道具、レジには小さなねぷたがあったり、金魚ねぷたの風船や、漁港の木箱をイメージしたものなど、中々の雰囲気が出迎えてくれた。
席に着くと、当たりのさかなや道場には必ずある、地場メニューと手書きの紙チラシがあった。
色とりどりのメニューが並ぶが、ホタテ貝焼き味噌は先ほど津軽衆で見たメニューと同じものだろう。他にもせんべい汁やいがめんち、つゆ焼きそばなど青森らしい品が並んでいる。
この時私はつゆ焼きそばの存在に気が付いておらず、翌日別の場所でこの食べ物の存在を知ることになる。
他にも弘前店限定メニューがあった。あいにく黒石豆腐は売り切れとのことだった。
まずは鮪の入った刺身盛りと〆鯖刺しをいただくことにした。
〆鯖刺しはたなかの柿の葉寿司に匹敵するクオリティでなかなか良かったが、刺身盛りはどうにもグランドメニューのようで微妙だった。基本的にさかなや道場のグランドメニューは微妙である。何故なら冷凍だから…。この店ではなかったが、過去にシャーベット状態のが出てきたことがあるので、冷凍であることに間違いはないと思う。
店の入口にデカデカと鮪が貼ってあったのと、津軽湾は鮪で有名らしいので頼んでみたが、メニューのどこにも青森成分がない辺り、どうやらこの刺身盛りは青森と無縁だったようだ。
醤油は北海道のものが使われていたようで驚いた。
ホタテ貝焼き味噌。味噌+だし玉子とじ+香味野菜+豆腐+ベビーほたて?と言った感じ。
具だくさんで美味しい玉子とじみたいな感じでよかった。ホタテの貝殻の上に載っているのもいい。
ホタテの貝柱も唇も紐も全部入っててホタテ成分に満ち溢れていた。
後で知ったのだが、この料理は地元では貝焼味噌と書いて「かやきみそ」と読むらしい。かつては貴重な天然ホタテの巨大な貝殻を各家庭で脈々と使っていたのだとか。
旨かったので二つ食べた。
あんこうの共和え。あんこうの肝、身、皮、ひれ、卵巣、胃袋、えら、これら七つ道具を味噌で和えたものらしい。
濃厚でクリーミーな感じで完全に酒のつまみ向けだと思った。美味しいけど濃すぎて単品で食べるには微妙に感じた。なおここは居酒屋である。
いがめんち。さつま揚げの一種。
いわゆるイカ天に人参やワケギを入れて唐揚げにした感じに感じた。お好み焼き天のイカ玉から紅ショウガを抜くと近い感じになると思う。
宮崎県水野蒲鉾の白身魚のさつま揚げ。撮影前にひと切れ食べてしまった。
食べる足強め、甘み強めのさつま揚げ。おろし生姜で食べたが、そこまで特筆する何かは感じなかった。
青森はおろか東北ですらないため、グランドメニューだと思われる。前はなかったような気がする広島や新潟のメニューもあったので、もしかするとグランドメニューを更新して、各地のメニューをいくらか取り込んでいるのかもしれないなと思った。
〆のせんべい汁。まさかの燃料2個入りでコンロがゴージャスだった。
せんべい汁ってなんだろ?って思って途中で蓋を開けてみたが、字そのままでせんべいが入った汁だった。
出来上がりはこんな感じで、ふにゃふにゃになったせんべいが入っている。
せんべいは味が染みていて、もちもちして、コシがあり、やや芯が残り粉っぽさがあるものの味が染みてて美味しかった。味噌煮込みうどんのうどんを水団にしたらこんな感じになりそうだ。
調べたら南部せんべいと言うこの料理専用のせんべいが使われてるらしい。元々飢饉対策で小麦粉で作ったせんべいを備蓄して食べていたところに起源があるのだとか。
デザートは北海道から花畑牧場カタラーナ。たぶんグランドメニュー。
プリンをアイスにしたような食べ物だった。
岡崎おうはんの卵を使ったというプリン。鶏で岡崎と言えば愛知だろうから、名古屋コーチンの親戚だろうか?たぶんこれもグランドメニューだろう。
ちょっと硬めのプリンと言う感じだった。
食べ終わって会計に行くと、レジの上に看板娘の名刺があって驚いた。これまで看板娘がいた店は記憶にない。店長らしき人物に二つ名が付いた名刺は見たことがあるので、店舗によってその辺りの特色があるのかもしれない。さかなや道場はチェーンだというのに、実に粋な店である。
是非レジ上のねぷたを撮影してくださいということで、お言葉に甘えて撮らせてもらったもの。
ねぷたには表と裏でそれぞれ意味があるということを聞いたが、あまり深くは知らないとのことだった。
この写真を見返していて思ったが、手前の小さいねぷたも撮らせてもらえばよかった。
このうんちくに書いてあると思いますと言われて紹介されたものを読んでみたが、ここには表についてしか書かれておらず、この時点ではよく分からなかった。この謎については翌日判明することになる。
居酒屋を出て宿への帰路
さて、いつも通り酒を言って気を飲まず食うだけ食ったので居酒屋を出て宿へと戻る。ここから宿までは徒歩5分程度と、非常にアクセスがいい。
さかなや道場から出ると目の前にやたらデカい交番があって驚いた。交番と言うよりクソデカい駐在所に見える。
実はこの周辺には面白いものがあるのだが、この時点ではまだ気が付いていなかった。
アートホテル弘前シティの横を通り過ぎるとねぷたが置いてあったので撮影していた。確かに表と裏で雰囲気が違う。
そして弘前ねぷたは300周年を迎えているらしい。
これを見た後、ホテルのフロントに入り、朝食だけ食べることが可能か確認した。問題ないとのことだったので、翌日の朝食会場をここにすることにした。
アートホテル弘前シティの中にはセブンイレブンが入居しており、ホテルの中と、外から直接出入りできるようになっていたので入ったら、青天の霹靂が酒になっていた。
青天の霹靂は酒米じゃないはずなのに酒になっていることに驚いた。一般的に日本酒は酒米で作られるので、ちょっと例外的に思う。普通の米だと小さい分、歩留まりが良くなさそうだが、どうなのだろうか?
また大関がいて、製造地がちゃんと西宮だったので兵庫を感じることもできた。
このセブンは土産が豊富にあり、とにかくりんご推しだった。南部せんべいもあったが、明らかに落花生が入っており、鍋に入ってたのとはだいぶ様子が違った。
ひとまずアップルスナックは全種買っておいた。
その他、丸中製菓のドーナツや、ローゼン[5]尼崎工場のベルギーワッフル、淡路島の藻塩を使ったちくわなどで兵庫成分を感じていた。やはり旅先で兵庫を見かけるといい気分になる。
宿への帰り道では九州で導入されたと聞く軽四タクシーを見かけ、弘前にもいるのかと思った。
しかしこの辺り駅前なのに生垣からコオロギの鳴き声がしてすごい。あと湿度が低いのと涼しくて歩きやすいと感じた。北日本も気温が高くなるとはいえ、やはり神戸よりは涼しいなぁというのを思った。
ホテルへ戻り、就寝前に部屋を見渡し、アップルスナックを食べる
さて、いよいよ初日も終わりである。
ベットの枕元には1つだけだがコンセントがあり、充電に重宝した。
他にも使えそうなものとしてはデスク下に二口、冷蔵庫の上に一口あったが、私は枕元のだけで十分だったが、机の上でノートPCを開くなどの用途では机下の電源は重宝しそうだ。
今時モジュラージャックが壁から生えてるのも中々見ないのでちょっと驚いた。
壁には青い森信用金庫のカレンダーが貼られていた。
風呂は三点ユニットバスで、アパホテルよりは広かった。ボロさはあるものの綺麗に保たれており、風呂に入るという用は問題なくこなせそうだ。なお私はこの旅行中ホテルの風呂を使うことはなかった。
寝る前にお土産用に買ったアップルスナックを広げ、パッケージ裏のキャラクターがすごい独特だなと眺めていた。
ひとまず王林を食べたところ、甘みのあとに酸味が来て謎の食べ物感。砂糖使ってないのが素晴らしいものの糖質は高めだなと思うなどしていた。
GPTに聞いたところ、乾燥によってりんご酸が濃縮され酸味が強まっているのではないかとのことだった。
りんご食べてる感はあって悪くはないがすんごい高いので高い。450円。りんご2個相当らしいのでそう考えると安い。
まぁ淡路島の玉ねぎチップスも大概か…(玉ねぎ1個使って15gで450円)
あとがき
というので初日が終わった。ここまで書くのに8月27日から書き始めて9月8日にもなってしまった。二日目もまたのんびり書いていきたい。
弘前旅行以外にも、まだ書けていない高知や坂出の話も書きたいので、当面は旅の記録を刻むことに注力したい感じだ。
2026/08/19(水)元旦にモニタが壊れた結果、壮大な旅が生まれた
今年の元旦、突如モニタが壊れたので買い替えたときの話。
経緯や結果は元旦にモニタが壊れたので買い替えた話の方に書いているので、こちらの記事ではその過程を記す。
結果としてすごい旅になった。
モニタが壊れ、買いなおしたが納得がいかなかった一日目
VAモニタがディスコンになっており、IPSしかないっぽかったので、仕方なくIPSモニタを買いに行くことにした日。
仕方なくIPSモニターの買い出しに舞多聞のパソコン工房へ
時間も時間なので就寝し、13時ごろに起きてモニタの買い出しに行くことにした。VAモニタがないのは仕方がないのでIPSモニタにすることにした。
ひとまず在庫確認の取れた舞多聞のパソコン工房に行くために地下鉄に乗った。モニタは電話で取り置き依頼をして確保した。
舞多聞に着いたところ。元旦の舞多聞は激しい渋滞に見舞われていた。ここは平日でも渋滞するので、元旦ならなおさらである。
元旦から営業してくれていて助かった。これで取り敢えずモニタはどうにかなる…。
入口にえなこのポップがあったのでパソコン工房はえなこ推しなのかもしれない。若作りしてるけどもういい熟女だよなとは思う。
舞多聞のパソコン工房には中古のGPD Win mini R5が入っていて驚いた。GPDは小さいのはいいのだが重量が普通のノートPCと大差ないか、軽い場合はバッテリー容量が少なすぎて役に立たないのがネックだ。
他にもPCケースの中に液晶モニタを入れて何か表示しているのがあったが、12,980円は高すぎる。
IPSモニタの購入に成功したので帰路へ
無事、新モニタとしてiiyama ProLite XU2492HSU-B6を購入することができた。ひとまずこれでメインモニタは安泰。そう思っていた時代が私にもありました。
しかし舞多聞へは地下鉄駅からバスで行くわけだが、複数の系統が並走する幹線なので本数が無数にあるのが便利だ。参考までにこれは帰りの時刻表である。
逆に元旦の生田川はスカスカだった。ここは平日だとトラックや営業車などで大渋滞だが、元旦なのでそれらも休みで動いていなかったのだろう。
買ったモニタを設置してみると色味と目が…
この写真は購入したIPSモニタを設置したところ、左が新しいIPSモニタ(メイン)、右が前から使ってるVAモニタ(サブ)
画面のサイズの微妙な違いやヒンジの細さや発色は最悪我慢しようと思ったが、全体的に映りがシャープで輝度が高すぎて目が痛くなるし幾ら調整しても目が痛い。
しかもこのモニタはコントロールボタンが画面の背面にあり、眼の痛さと調整のし辛さで発狂しそうになった。
両方ともIPSモニタにすれば両方とも揃うので、取り敢えず揃えるようと考えたが、ここからが長い旅路の始まりとなった。
偶発的にVAモニタに出会えた奇跡的な二日目
翌日、USBケーブルの買い出しへ
翌日は新しいモニタに据え付けのUSBハブを使うためにUSB3.0ケーブルの買い出しに出ることにした。まずは高速神戸のソフマップに向かった。
USB3.0延長ケーブル0.5, 1.0mと、それを収めるケーブルチューブを探しに行った。
まずは高速神戸にやってきた。時刻は12:14。
これは高速神戸の西改札の反対にあった古そうな通路を思わず撮影したもの。
年明け二日目ということもあり神戸タウンもデュオ神戸も人で溢れていた。
ハーバーランドのホテルの銘板がマリオットになってて、こんなとこにマリオットあったっけ?と思ったらホテルクラウンパレス神戸は神戸マリオットホテルになったらしい。
外を見ると雪が降っていた。
USBケーブルを求めumieのソフマップへ
時刻は12:41。写真を撮ったり人混みや雪を眺めたり、マリオットホテルに夢中になっていたら10分程度の距離を歩くのに25分もかかっていた。
ソフマップでは初売りをしており、よさげな小型PCがあったものの、およそ小ささに見合わない重量だったので、すぐに忘れた。
店内を探してみたもののUSB3.0延長ケーブル0.5, 1.0mと、それを収めるケーブルチューブは見当たらず退店した。
1Fの通路では親子連れがピタゴラスイッチに夢中になっていた。
次は三宮のジョーシンに向かうべく、地下鉄海岸線に乗車した。
海岸線はよく空気輸送だとかなんだとか揶揄されるが、年明けでない平日でも普通に客が乗っていたりする。たぶん赤字なのは鉄輪式リニアだったり、距離が異様に短かったり、自動運転できるのにしてなかったり、乗客数とは別のところにあるような気がしている。
鉄輪式リニアは普通の鉄道と違い、惰性で走れないので電気を食うし車両も特殊になるし、トンネルの断面を小さくするために採用してる関係で車両も小さくなり、乗れる客も減るという、利点が欠点を上回る乗り物なのが良くない。それでいて距離が短ければ赤字にもなるのではないだろうか。
三宮のジョーシンへ
時刻は13:54。
USB3.0延長ケーブル1.0mはここで手に入れることができた。
しかしネットで調べてた感じ京都まで行かないと0.5mのUSB3.0延長ケーブルがないという衝撃の情報を得た。当時ネットで調べた限りでは西日本には名古屋、京都、福岡にしか存在しなかった。
五時間待てば梅田のヨドバシでも受け取れたようだが、そんなに待ってられないので仕方なく私は京都に向かうことにした。
京都のヨドバシへ
という訳でJR三ノ宮から新快速で京都に向かうことにした。駅に来たら丁度新快速が入るところでいいタイミングだった。この時点で時刻は14:21。
新快速なら、乗り換えなしで52分で京都まで行けるのでありがたい。その気になれば毎週末京都旅行だって出来てしまう近さだ。とはいえ京都に行くことは二年に一度あるかどうかだが…。行きやすいことと、実際に行くかどうかは別という話である。
という訳で京都駅に到着した。年明け二日目ということもあり人混みが酷い。人をかき分けて改札から出た。
この時点で時刻は15:17。
改札から出ても人まみれ。京都市中心部はどこもこんな感じで、インバウンバウンという感じだ。
ヨドバシの混雑もひどい。幸い通販受け取りカウンターはガラガラだったので一瞬で受け取って帰った。
帰りもホームの混雑がひどかった。次はケーブルチューブの調達へ梅田に向かった。このとき新快速に乗ったつもりが快速に乗ってしまっていた。サンダーバードに抜かれて気が付いた。ただ新快速に乗っても梅田までの到着時刻に大差はなかったので問題はなかった。
梅田のヨドバシへ
JR大阪駅は京都駅と比べると空いていた。不人気都市梅田。
何故人はヨドバシをハシゴするのか…。いや、ヨドバシをハシゴする人間は普通いないと思いますが…。この時点で時刻は16:26。
結局ケーブルチューブは在庫がなく収穫がなかった。
甲子園のららぽに行けばあるだろうかと、お次は甲子園へ。
ららぽーと甲子園のエディオンでケーブルチューブを探しているとまさかのディスコンになったiiyamaのVAモニタと出会う
この時点で時刻は17:32。
ららぽーと甲子園のエディオンに入りケーブルチューブを物色しようとしていたその時、目の前にディスコンになり、Amazonにしかなく、Amazonでは出荷に数日かかるはずだったiiyamaのVAモニタが転がっていた。
目を疑った。エディオンの通販サイトにも掲載のない商品だったので、なおのこと驚いた。恐らく店舗の展示在庫処分なのでネットに掲ってないパターンなのだろう。ソフマップにでもこういうのはあるので家電店にはよくあることだ。ニトリのようにガチガチに管理してる店では見られない光景だけに私は驚いた。
今まで使っていたシリーズとは微妙に違い、拡張コンストラスト比も低かったが、他のメーカーと比べれば断然高い。これは買いだと確信した。
これが手に入るならケーブルチューブはいらないし、頑張って探して買ったUSB3.0ケーブルも要らない。というか別にモニタのUSBハブ用のケーブルなんかUSB2.0でもよかった。
しかしモニターアームに取り付けて使うには邪魔なので、脚を外して買えないか店員に聞いたところ、固着していて外せないと言われた。しかし何としてでも欲しかったので、他店に在庫がないか聞いたところ、キセラ川西のエディオンになら一個あると言われ、調べたら閉店前ギリギリに滑り込める経路が出たので取り置き依頼をして向かうことにした。
この時に店員の端末を覗き見し、キセラ川西以外にも近隣に在庫があることを掌握していた。
どうにかして閉店前にキセラ川西へ向かう
まずはららぽ前からバスに乗り、JR甲子園口を目指した。時刻は17:49。正月なのでキセラ川西のエディオンは一時間早い19時閉店で、ここに間に合わせる必要があった。
JR甲子園口駅の手前は、およそバスが通るとは思えない路地だった。
バスは定刻1分強遅れの18:04に甲子園口に到着し、無事18:07発の普通列車に連絡することができた。ここがズレてたらおしまいだったので助かった。
なんか今日京都行の列車に乗ったような気がしたが、気にせず京都行と書かれた列車に乗車した。まぁこちらは快速ですらない普通だが…。
甲子園口駅から普通で尼崎駅に到着した。Yahoo!乗換案内では特急に連絡と出ていたので特急券を買っていたが、ホームには快速がおり何とも言えない気持ちになった。調べたところ、快速でも間に合った。
買ってしまったものは仕方がないので特急こうのとりに乗車した。尼崎から川西池田に行くためだけの特急。快速が1駅止まるのに対し、特急なら無停車という違いがあるが、所要時間は僅か1分差で、川西池田駅からキセラ川西最寄りのバス停に行くだけならどっちでもよかった。この時点で時刻は18:16。閉店まで45分を切っていた。
まぁ急いでいて碌に確認する余裕もなかったので仕方がないと、この時は特急で僅か10分だが優雅な旅を楽しむことにした。
川西池田に到着してからバスを探したが、バスターミナルがやたら広く、どこのバス停から出るか特定できず見逃してしまったが、次のバス停まで猛ダッシュすることで無事乗車することができた。これに乗れてなかったら終わってた。最終手段として頭の中にタクシーがよぎっていたほどだ。
この時点で時刻は18:40、エディオン閉店まで20分。
何とかどうにかたどり着いたキセラ川西
最寄りバス停から微妙に離れているキセラ川西まで駆け足で向かった。この時点で時刻は18:48、エディオン閉店まで12分。
経路としては、ららぽ前→バス→甲子園口→普通→尼崎→こうのとり→川西池田→バス→キセラ川西で向かった。距離にして35.2kmらしい。
この手前に三宮→京都→梅田→甲子園の移動があることを考えると割と頭おかしいと思う。どんだけ電機屋ハシゴしてるんだ…。
時刻は18:50。エディオン閉店10分前、店の前ではポップの撤去など、閉店に向けた準備が進んでいたが、無事入店することができ、展示品でなく新品を購入することができた。
奇跡的な巡り会わせでiiyamaのVAモニタを入手した帰路
帰りはバスがなかったが、キセラ川口の近くに能勢電の絹延橋駅があることを知り、そこから帰ることにした。川西池田はちょっと歩きたくない距離だった。
駅の近くには立派な橋梁があり、新猪名川大橋といい、阪神高速11号池田線に掛かる日本最大級の2径間連続プレストレストコンクリート斜張橋らしいことがWikipedia調べによってわかった。
典型的な上下線のホームが分離していて、車道で連絡するタイプの駅だった。一回間違った方面で改札すると出るのが面倒な奴。
きぬのべばし。この時点で時刻は19:05。ケーブルとケーブルチューブを買いに来たつもりがまさかの本来欲しかったモニタの近似品に出会い、こんなところまで来ることになるとは予想だにもしなかった。
列車の本数はそこそこあった。
やってきた列車には古参のヘッドマークが付いていた。阪急車なのに目立つワンマン表示があるのは衝撃的だった。今津線や甲陽線にはこんなのなかった気がする。
車体側面には能勢電のマークが入っていた。
そこからは川西能勢口を経由し西宮北口へ。
西北に着くと、ホームの立ち食いそば屋、若菜そばでかすうどんとてんぷらを注文。
今津北線を眺めながら食べていた。
今津北線は運行間隔が短いが、到着するたびに多くの客を吐き出していた。これは食事を終えて撮影したもの。
食事を終えると今津南線に移動し、阪神本線に渡った。
阪神本線今津駅に到着すると新型のセルフレジ置いていることに気が付き、少し驚いた。ローソンのセルフレジは有人レジを転用した友人と無尽の切り替えができるモデルが主流で、セルフ専用レジは少ないからだ。
記憶を辿ると四年ほど前にリンクスクエア新宿のローソンに試験運用中というテプラが貼られて運用されていた記憶があるが、試験運用が終わり、普及期に入ったということだろうか?
という訳で今津駅のホームにやってきた。今津駅は阪急改札出たとこと三宮方面ホームにカロリーメイト自販機がある他、梅田方面ホームにもカロリーメイトが入った自販機があり、改札外にはローソンとマツキヨがあったのでカロリーメイト天国だった。
高速神戸行きの普通に乗車し、西宮で直通特急に乗り帰宅した。
やたらめったら移動した二日目
この日だけで乗った交通機関は大分変化に富み、次のものに乗車した。
- 阪神本線 普通
- 高速神戸へ
- 神戸市営地下鉄海岸線
- 高速神戸から三宮花時計前へ
- JR山陽本線・東海道本線 新快速
- 三宮から京都へ
- JR東海道本線 快速
- 京都から大阪へ
- 阪神本線 直通特急
- 梅田から甲子園へ
- 阪神バス 甲子園口行き
- ららぽーと甲子園から甲子園口へ
- JR山陽本線 普通
- 甲子園口から尼崎へ
- JR福知山本線 特急こうのとり
- 尼崎から川西池田へ
- 阪急バス 川西池田駅行き
- 川西池田からキセラ川西・総合医療センターへ
- 川西能勢口から乗ったのに川西池田に行く不思議なバスだった。恐らく循環バスなのかな?
- 今調べたら次の勝福寺前で降りたほうがキセラ川西に倍くらい近かったらしい。キセラ川口ってバス停に名前付いてるのに…
- 能勢電妙見線 普通
- 絹延橋から川西能勢口へ
- 阪急宝塚線 普通
- 川西能勢口から十三へ
- 西北に行くなら宝塚に行った方が早かった可能性がある
- 川西能勢口から十三へ
- 阪急神戸本線 特急
- 十三から西北へ
- 阪急今津線 普通
- 西北から今津へ
- 阪神本線 普通
- 今津から西宮へ
- 阪神本線 直通特急
- 西宮から御影へ
- 阪神本線 普通
- 帰宅用
USBケーブルとケーブルチューブを買いに行ったはずが、途中で存在しなかったはずの幻のモニタを発見してしまったせいで壮大な旅になりすぎてしまった。
さて、ひとまずこれでメインモニタの原状復帰は叶ったわけだが、サブモニタの寿命が気になったため、予備としてもう一枚買うことにした。幸いなことにもエディオンで店舗端末を覗き見したときに、まだ在庫のある店舗があることを見れていたため、入手可能なことは解っていた。
予備のVAモニタを求めた三日目
ららぽーと甲子園で在庫店舗の聞き込み
予備のモニタを獲得すべく、この日もまたららぽーと甲子園へ向かった。目的は在庫店舗の確認だ。
前回は店舗のPCで在庫検索をしてもらったので見やすかったが、今回は店員の業務スマホだったため、1画面に1店舗しか出てこなかった。堺と橿原だけは覚えた。
無事在庫のある店舗を教えてもらうことができたものの、複数教えることはできないとのことで、堺の店舗に向かうことにした。
在庫のある堺へ向かう
という訳で甲子園から難波へ向かう。
近鉄難波では噂の新型車両を見れて良かった。近鉄らしく旧車と合体してキメラになっていた。
南海難波方面は黒山の人だかり、人の海で京都より多いんちゃうかと思った。奈良・関空需要でこの辺りは混雑するのだ。
南海難波駅。デカい階段である。
時刻表。私は南海を使うときは毎回特急サザンの指定席を買うので今回も買った。
サザンには自由席と指定席があり、自由席に乗る分には追加料金は不要だが、ロングシートなのと混んでるのと、大阪のおばちゃんがうるさいので個人的には指定席派だ。指定席は確か500円とかだったと思う。安い。
指定席は運よくサザンエクスプレスを引くといい思いができるが、大抵は旧車のサザンなので、JRのローカル線のクロスシートに毛が生えた程度の席になる。確かリクライニングは出来たと思うし、寝やすかったと思う。
会員登録なしでWebで指定席券を変えるのが南海の好きなポイントだ。
ホームはこんな感じ。ラピートがいないときは比較的空いていると思う。
最新鋭みたいな感じではなく、割と古めなところもいい。
ラピートも来たので撮影しておいた。恐らく日本で最も変な形をした電車の一つだと思う。ラピートは料金が高いが中は結構ボロいので、前に観光で乗ったときはイマイチだった。なんかバブリーな感じはあったと思う。
列車は難波を出ると通天閣を横目に割と爆走してくれる。ここはJR阪和線と競合しているため早くないとやってられないだろう。
堺に到着し、モニタを購入
という訳で堺に着いた。堺市は政令市だが、地下鉄もモノレールもないし、鉄道駅も碌にないという何ともな場所である。古墳が多いのがポイントらしい。
ホームには飲料とカロリーメイトの自販機があった。
これはサザンの扉。縄やレールのようなものがついてるのがレトロでいいなと思う。
改札。岸和田駅と比べると桁違いに人がいて驚いた。
クレカタッチのやつが地面に接地したタワー型になってるのが珍しいなと思った。よくあるのは壁に貼り付けてあったり、気合で既存の改札にこじつけて宙に浮かせてるやつだと思う。
外に出て駅舎を見てみるとなかなか立派だった。
しかし堺市の中心部ではないからだろうか、駅の規模のわりに人はまばらだった。駅直結の大型商業施設も見えるが、入ってみるとがらんどうでよく潰れないなと思った。
数名、一桁程度しか人がいなかった岸和田駅よりは栄えてるのでまだマシかもしれない。とはいえ岸和田駅に行ったのは何もない単なる週末ではあるから、単純比較はできないかもだが…岸和田駅にこんな施設ないし、きっと今もガラガラだろう。
ひとまず駅ビルの中にあるエディオンで目的のモニタを新品購入し帰ることにした。堺のエディオンは店員以外人が見えないと言っていいレベルで、恐ろしく空虚だった。
帰路はサザンプレミアム
帰りはサザンプレミアムを引くことができ、いい思いができた。
難波まで戻ってきて近鉄に乗り換えると伊勢参りや春日大社参りの人で電車が満員だった。
また、ひのとりに5周年アニバーサリーと書かれていた。
予備モニタの入手
そうしてかれこれ予備モニタを入手したのであった。これでサブモニタが寿命を迎えてもしばらくは凌ぐことが出来そうだ。
その次の交換をどうするかまでは考えていないが、その時はその時でまた考えたい。
しかし、この出来事のせいで後に資金ショートを起こしてしまうとか、この時はまだ考えてもいなかったのであった。ただこの当時でもリボ予定は計画していたため、モニタを三枚も買う羽目になったのはキツいなと思ってはいた。なおこの時買ったIPSモニタはジモティで売って処分した。
あとがき
モニタが壊れ、その買い替えに追われ、しかも買ったモニタの一枚が無駄になるという散々な三箇日であった。
2026/07/01(水)須磨浦山上遊園に行ってきた
これは去る5月23日、須磨浦山上遊園へ行ってきたときの記録である。
旅行記放置しすぎなので書いていこうキャンペーンの一環で淡路市に初上陸してきた話に続き、連続して書いている。
一体何ヶ月分放置するつもりなんだ…。MECEにならずノイズが増えるばかりの技術記事より、もっとMECEの余地が根本にない日記のようなものを書くべきだろう。
記憶にある限り今回で三度目の来訪だ。
この回の訪問では前回、3月9日の訪問時に撮影した箇所の写真を撮らなかったため説明用の写真が足りず、一部に3月9日に撮影した写真を混ぜており、その旨の言及をしている。
須磨浦山上遊園とは?
須磨浦山上遊園とは、書いて字のごとく須磨浦の山の上にある遊園地である。
場所として山陽電車須磨浦公園駅直結というアクセス至便の立地にある遊園地だ。駅直結なのでひらパーみたいに駅から歩く必要はない。駅直結だけあり、運営者は山陽電車である。
遊園地としては昭和に作られた懐かしの遊具や施設を満喫でき、瀬戸内を望む山の上なので大変眺望が良いことが挙げられる。子供が来ても面白が少ないかもしれないので、どちらかといえば大人向けだろう。
例えば日本一乗り心地が悪いことで知られるカーレーターや、日本に5つしか残っていないといわれる回転展望台、現役のジュークボックス、インベーダーゲームといったものや、落下防止装置のない観光リフト、サイクルモノレールなどがある。
ネット上ではガラガラでスカスカで今にも潰れそうな遊園地と紹介されることも少なくないが、私が前回行ったときはそこそこ混んでおり、待ち時間0秒というほどではなかった。遊具によるが5分は覚悟した方がいいだろう。
旅の始まりは阪神三宮駅から
三宮で写真を撮っていなかったので阪神三宮駅から阪神の特急に乗車し山陽須磨へ移動したところ。
ここ数年の山陽電車はJR西日本に倣ってベンチの向きを線路に平行にしているため、山陽須磨のベンチの向きも平行になっている。今年の3月9日には既にこうなっていた。
山陽須磨から海側へ目を移すとJR須磨駅が見える。JRの須磨駅は須磨浜に面しており、駅を出たらすぐ砂浜という夢のような駅である。
山陽須磨で周囲を見渡すと神戸が坂の町と呼ばれている理由がよく分かるくらいには坂が良く見える。
この駅にはカロリーメイトの自販機があるので、小腹が減ったときにも安心だ。改札を出ればコンビニもあるが、動きたくないときには重宝するだろう。
なお、この写真は3月9日に撮影したものである。
しばらく待っていると普通電車がやってきた。これに乗って隣駅の須磨浦公園駅へ向かう。タイミングがいいと二枚目の様な新しい車両が来ることもある(二枚目は3月9日撮影)
須磨浦公園駅に到着
須磨浦公園駅で列車を降りると須磨浦山上遊園のレトロな看板などが出迎えてくれる。
ホームを出ると眼前は瀬戸内海で、非常に眺めがいい。
海側から駅舎を望むとこんな感じ(3月9日撮影)
この日はよく並んでいたが、三宮・姫路1dayチケットを持っていた私はこの行列をスキップしてロープウェイ乗り場へ向かった。
まずは眺望のいいロープウェーから
ロープウェイ乗り場へ向かう階段も中々のレトロさだが、この日は外国人も目立ち、少し驚いた。ただインバウンド客というより、神戸に住んでる外国人が大半で、ごく僅かに訪日客がいるくらいに見えた。
理由として、そもそも神戸ではムスリムのような人は普通にいるし、東南アジア系の人も多く見えたからだ。近場にあって手ごろに遊べるので遊びに来たとか、そんな感じだと思う。一応英語対応もしてるし。
さていよいよロープウェイが見えてきたので乗り込む。
座席には山陽電車のモケットが使われており、これは新型車両のものなので、割と最近モケットだけリニューアルされたものとみられる。
この写真は3月9日に撮影している。
搬器は古くはないものの、新しくもない。そんな感じである(3月9日撮影)
さて動き始めると最初に目に入るのは写真中央左手に見える神戸市営須磨海づり公園だ。昔は奇妙な円盤状の建物があったのだが、老朽化で撤去され、随分シンプルになった(3月9日撮影)
神戸市は釣り禁止エリアが多いが、ここでは合法的に好きなだけ魚を釣れる。但し有料である。
ロープウェイが高度を上げてくると西には須磨浜から神戸市街、ポートアイランド、神戸空港などを一望でき、更に奥には大阪まで一望できる。
正面を見ると海づり公園、奥の陸地は紀伊半島、つまり和歌山県だ。
海を往来する船舶も良く見え大変眺望がいい。
余談だがロープウェイに乗らなくても登山道を歩くことで山上遊園にアクセスできるため、ロープウェイ代をケチりたいとか、健康になりたい人は登山道を歩いてもいい。ここの登山道は六甲全山縦走路に指定されているので、非常に名のある道になっている。但し登山道を行くなら最低でも運動靴は履いてきた方がいいだろう。
日本一乗り心地が悪いことで知られるカーレーターへ
ロープウェイを降りると次はカーレーターだ。これに乗ってメインの場所まで行く。山上遊園なので山の上に行くための乗り物が多い(3月9日撮影)
「揺れ続けて60周年」「唯一無二のカーレーター 60周年」などとめでたい感じの搬器が走っている。ちゃんちゃんこみたいなやつ乗りたかった。
この動画を見ると、かなり揺れているのが分かると思う。この通りガタガタしているため、日本一乗り心地が悪いといわれている。なお一枚目の動画は3月9日に撮影したものである。
原理的にはローラーの上に乗ったコンベヤの上を走行していると思うのが、乗降口に来るとタイヤの上に直乗りするので、揺れが強まり、乗り心地が悪化する感じだ(3月9日撮影)
カーレーターは世界でもここにしかない珍しい乗り物なので、この乗車体験は貴重だ。
カーレーターは乗り心地が悪いことばかり注目されがちだが、実は眺望もいい。このように淡路島と明石海峡大橋を望むこともできる。
日本で五基しかないとされる回転展望閣へ
カーレーターに揺られて坂を上っていくと回転展望閣に到着する。実は兵庫県は回転展望閣のメッカで、最盛期は全国最多の三基存在したそうだ。現在でも二基は生きていて、もう片方はポートタワーの中にある。
回転展望閣に入るには料金が必要だが、三宮・姫路1dayチケットを持っている場合は無料で入れる。
展望閣内はこんな感じでゆったりと回っている。
このフロアは喫茶室コスモスという軽食店になっているが、この日は満席だった。
回転展望閣は回転する性格上、東洋経済のやたら詳しいレビューによると荷重に制約があり50席しか設けられないそうだ。そのため面積に対しての定員は少なめである。
仕組み的には床下に3本のレールがあり、その上に車輪の乗った床があり、一番内側には24個、中央と外側は48個の車輪がついているらしい。つまり合計で120個の車輪がある。これをモーターを使って駆動させることで回しているようだ。
点検は3カ月に1回のペースで行っています。モーターのある部分の床が開くので、ここから車輪に油を差すなどを行っています。つい最近だと、10年以上ぶりにモーターを新調しました。この時はぜんぶで約1000万円の費用がかかりました。3年ほど前には車輪も全部替えました。車輪が一番消耗するんですよ。なお、年間のランニングコストなどは特に計算していません
このようなコメントもあり、維持費は安くはなさそうだ。また先の記事には回転レストランよりもカーレーターのほうが、より高額なメンテナンス費用が発生しているともあった。
須磨浦山上遊園には専属の保守業者がいて面倒を見ていてくれているようだが、全国に設置された当時はどこもがそうだったわけではなく、設備更新方法が不明なまま閉じられた場所もあるのではないかと書かれていた。ただ、ここの場合は鉄道会社が運営していることからレールや車輪、モーター、電気系などの調達そのものは他所より容易な可能性はあるかもしれない。
先の東洋経済のレビューによると喫茶室コスモスは平日に50組~100組。土日祝日は150~250組ほどが来店するとのことで、中々盛況のようだ。1組あたりの平均単価は1500円前後。看板メニューは税込700円のクリームソーダと、税込600円のピザトーストとのこと。そして、ここの食材はロープウェイとカーレーターを利用して運ばれてきているらしい。
そしてここもまた眺望がよく、淡路島や明石海峡大橋や、垂水区の住宅街や、西区の辺りまで一望することができた。眼下に移る観光リフトも楽しみだ。(三月にも行ったが…w)
山の中にポツンと移る場所も須磨浦山上遊園の一部らしいのだが、ここには行けていないのでまた頃合いを見ていきたいと思う。
回転しているので船が行き交う様子が見れる時もある。
壁には県外からの来訪者の漫画も掲示されていた。掲示されている漫画はこれ以外にもあるので興味のある人は是非現地で見てほしい。
来援記念ノートにはタイ王国からの来訪が記録されていて驚いた。まさかさっきロープウェイ乗り場ですれ違った在日タイ人らしき集団はわざわざ海外旅行で来ていたのか…!?
最近は著名人の来訪も多いのか、最近書かれたサインも多くあった。ポプテピピックで有名な大川ぶくぶのサインまであった。大川ぶくぶはいとうのいぢと並び、兵庫県を代表するイラストレーターなのだが、以前、加東市の広告を描いてたり、ここにサインを残していたり、何とも古郷思いの方だなと思った。
この日は残念ながら屋上には登れなかった。
回転展望閣の二階へ
二回にはかつてロープウェイを制御していたという機器が置かれていた。
なんとマスコンは中を開けることができる。
中を開けてぐりぐり動かすと中の動きがよく分かる。詳しい仕組みはわからないが異なる長さの金属の接点が回転により端子と触れ合っているように見えるので、恐らく一つ一つのラインがスイッチのような働きをしているのではないかと思う。
触れるラインが増えるほど電流が多く流れ、モーターがよく回るとか、多分そんな感じだと思う。知らんけど。
二階にはこの他にもインベーダーゲームや懐かしのアーケードゲームが多数並んでおり、いい雰囲気だった。
腹ごしらえに一階の軽食店へ
一階に降りるには一度外に出ないといけないので、外に出たところ写真撮影用の顔ハメ板が置いてあり、外国の方に大人気だった。
さて、そんなこんなで一階にある軽食店にやってきた。喫茶室コスモスは混雑している上に高いので、空いているであろう一階の方に来たのだが、予想通りガラガラだった。
メニューはコスモスと比べるとだいぶ庶民的で、価格も安価だ。しかも三階で売られている神戸六甲アイスクリームがこちらにもある。神戸六甲アイスクリームは一部のスーパーでも売られていて非常においしいやつである。
そして三階のやつには喫茶室コスモスという名前があるが、こっちには特に名前がなかった。
キャッシュレスの時代なので、しっかりキャッシュレスにも対応している。
という訳で食事とした。なんとも映えない食事だが、フランクフルトには粒マスタードがあり、ケチャップもいい感じのラインで塗られているし、たこ焼きもちゃんと船に入っているあたり、チープではあるものの雰囲気はしっかり出ている。
レシートは回転展望閣BBQということになっていた。BBQの受付が偶然軽食も出しているということなのかもしれない。
そしてなんとこのフロアには現役のジュークボックスもある。
このジュークボックスは中に円を描くように大量のレコードが入った場所があり、お金を入れて曲を選ぶと、このレコードを収めている台座が回転し、アームがレコードを掴み、レコード盤にセットし、再生が始まるといったものだ。
レコードが入ったスロットを特定している仕組みは不明だが、古い機械なので複雑なことはしていないと思われる。恐らく選曲ボタンに応じたスロットにレコードをセットしていて、それを取り出しているだけだと思う。
Wurlitzerのアーカイブサイトによると、ボタンを押すと対応するピンが跳ね上がり、レコードを格納する盤面が回転し、検知機に衝突したら停止という機構のようだ。
確か逆回転もしてたような気がするので仕組み的には上記ページそのものだと思う。
たぶん今の人が実装しようとしたらQRコードや、RFID、OpenVisionとかを使うかもしれないが、古い機械なので至ってシンプルだ。つまり、ボタンとスロットが合致しない状態でレコードがセットされていれば違う曲が再生されたりはあるだろう。
また、この機体はDeutsche WurlitzerのX2で、1976年に制作されたモデルのようだ。つまり50年間動いていることになり、恐らくこの建物とほぼ同年齢なので、当時は新品で納入された個体なのだろう。それが今までこうして動き続けているというのは何とも素晴らしいことだ。
天井にはNationalのレトロな電灯もあった。電球はLEDに変えられてそうだが、この電灯カバーは何とも趣がある。
観光リフト乗り場に向かっているといい感じに成長した木を切り倒す告知があり、ちょっと寂しい思いになった。
安全装置のない恐怖の観光リフトへ
そもそも安全装置の付いた観光リフトの方が少ないと思うが、それはさておき乗り場へやってきた。
写真にある通り、安全バーやシートベルトなどの安全装置はないタイプだ。松山城にあるのと同じようなタイプだが、あちらより屋根が立派である。落ちても死ぬことはないと思う。
まずはリフト乗り場前でチケットを買う(3月9日撮影)。基本的に往復を買うが、帰りを歩く人は片道でもよい。ハイキング道があるので徒歩でも戻ってこれる。
新札対応は片方しかないのと、ここは現金しか受け付けていないので注意。どうしてもクレジットで払いたい人は麓の受付まで戻ってAチケットを買ってくるしかないと思う。
乗り始めはこんな感じ。結構傾斜があり、最初は怖いがなれれば何ともない。そのうち手すりに摑まらずとも平気になる。
左奥に見える謎の建築物は花の広場というらしいが、一度も行ったことがないので、また機会があれば行こうと思う。噂では廃墟らしい。
乗り場の案内でも花の広場だけ「営業中」ではなかった上、なんか明らかに安っぽいラベルが貼ってあったので、つまりそういうことなのだろう。
ここもまた眺望がよく、淡路島と明石海峡大橋、そして垂水、明石方面を一望できる。加古川にある製鉄所もぼんやり見えている気がする。
谷底付近は谷合の上を通りかなりの高さがあるため、高所恐怖症の人にはお勧めできない。(3月9日撮影)
そして観光リフトが谷底に入ると、最大の名所が訪れる。
なんとここには摂津国と播磨国の国境があり、その上を通れるのである!!!(3月9日撮影)
こんなところは早々ないので、ここを超えるためだけに乗っていいともいえるのが、この観光リフトだ。少なくとも私は最初このリフトに乗りに来たときは、これを見るために乗った。
そして同時に海側を見れば壮大な谷が見える。いい景色だ。
ここを過ぎればあとは登っていくだけである。
ワイヤーを通している鉄塔をよく見ると昭和三十四年七月 山陽電気鉄道株式会社とあり、非常に長い間、大切に扱われてきたことが分かる。
イラストの注意書きには日本語、英語、中国語、韓国語が併記されており、昨今のインバウンドを意識していることも伺える。
リフトで対岸に着くと自然いっぱい山上遊園の門が迎えてくれる。
前回3月9日に来たとき営業時間が終わっていて乗れなかったサイクルモノレールに乗るのが今日の目的だ。きっと空中を走るので怖いはずだ…!という期待を胸に向かう。
途中でトイレに寄ったが、山の中にある古い遊園地にしてはちゃんとウォッシュレットで感動した。ただ、恐らく和式便所を改造しているようで、部屋が凄く狭かったのと、カバンなどをかける場所がなかったのでやや困った(清掃中で床が水浸しだった)
空中散歩を楽しめるサイクルモノレールへ
意外と人がいてちょっとした列ができていた。列は外国人がメインだった。
ここも支払いは現金のみと思われる。
さて番が回ってきたので乗っていく。らくしーchannelというYoutubeによると、手前側が去年入った新車で、奥側が45年前の車両らしい。また線路長は180mあるとのことで、結構漕ぎごたえがある。
作られた年代が分かる仕様の表示板と、遊園地らしい身長制限の奴もあった。
漕ぎだしはこんな感じ。
高さはそんなになく、揺れもないので特に怖さは感じなかった。鷲羽山ハイランドのスカイサイクルの予習として使うにはイマイチかもしれないと思った。
相変わらず眺望は抜群によく、淡路島と明石海峡大橋と垂水と明石の街並みが良く見えた。供用中だが工事中の高速道路?とやたら広い空き地が見えたが、こっちは住宅の分譲地だろうか?
垂水JCTかな?と思ったが、小さすぎるのと、方角的に名谷ICだと思った。垂水JCTはもっと北にあるのでたぶん見えない。
写真や動画を撮りながら止まったりゆっくり進んだりしていたが、それでも前が詰まっているので、存分に形式を楽しみながら進めるのがここの良いところだと思った。
ちなみに私の後ろの人は電話でキレ散らかしながら漕いでいたが、タイ語か何かを喋っていたので何を言っているのかは全く分からなかった。
1/4ほど進んだところは何故か木がなぎ倒されていた。景観のためにしてはやりすぎな気がするので謎だ。台風で倒れたにしては局所的すぎる気もした。
山の中にデカいマンションがぼこぼこあって見ごたえのある景色だ。
1/2ほどで開けたところを抜けて内側に入ってくると壁が見えるようになる。何かの制御盤がいた。
ゴール手前に来ると海が見え、再び眺望が良くなった。
サイクルモノレールを降りると「この水は飲めません」と書かれた蛇口を見かけた。昔は飲めたが、今は水道管の腐食や、蛇口の衛生面などで飲めなくなったとかなのだろうか?
蛇口が下を向いていることから、そもそも飲用目的の設置ではないのかもしれない。飲用目的なら上に開店する蛇口か、先が丸くなった噴水タイプみたいなやつだと思うし。
ハイキング道みたいな場所があったので入ってみたが、勢い余って下山してしまいそうなので戻ることにした。
もしかしたらこの先に「花の広場」があったのかもしれない。
帰路へ着く
帰りの観光リフトで帰っていく。やはりなかなかの角度だ。
来るときは摂津国から播磨国に入ったが、今度は播磨国から摂津国へ帰ってゆく。
撮影物の中に混ざっていた謎の写真。恐らくカーレーターの乗降口にあるタイヤだと思う。
ロープウェイで下山。この日は三宮・姫路1dayチケットで来ており、姫路市立水族館でナマコを撫でる予定だったのだが、予定の時間をかなりオーバーしていた。
最終受付時間に間に合う電車に乗れるかどうかというぎりぎりのラインだったが、ロープウェイが降り切る寸前に電車が見えたので、この日は姫路に行かず帰ることにした。
一応ロープウェイを降りて走ったものの、改札口に着いた頃には電車の最後尾が過ぎ去るところで、まぁ無理だった。というか間に合ってもナマコ撫でる時間があったか疑わしい時間だったので仕方がない。
そして三宮方面ホームに着くと留置線から須磨浦公園発の特急が出てきたタイミングだったので、これで帰りましたとさ。
あとがき
ジャンルを旅行記にしているが、果たしてこの記事は旅行記なのか…?小旅行を増やすべきでは…?とか思ったが、深いことは考えないことにした。これ以上ジャンル増えても管理に困るし…。
「おでかけ」にジャンルをリネームするのも考えたが、おでかけにしては巨大すぎる記事もあるしなぁ…。よし、この話は忘れよう。
三宮・姫路1dayチケットが神過ぎる話
三宮・姫路1dayチケットは阪神三宮から山陽姫路が一日乗り放題になる企画乗車券だ。
本来阪神三宮から山陽姫路の往復運賃は1,920円だが、このチケットは1,590円で購入できるため、このチケットを使うことで安く往復できるうえ、更に途中下車し放題になる。
更に須磨浦山上遊園の入園料や一部の遊具利用が無料になるという特典まである。これは正規料金では1,500円するため、1,590円で須磨浦山上遊園の一部を無料で遊べて、更に三宮と姫路を往復できることになる。ついでにコンチェルトまたはルミナス神戸2で行われるクルージングの1,000円引きまでついてくる。
要するに1,590円で(1,920 + 1,500 + 1,000) - 1,590で2,830円ほどお得になる計算だ。電車賃分は途中下車すればするほど初乗り料金が相殺されるのでお得になる。
それで山陽電車は経営的に大丈夫なんか?という話もあるのだが、このチケットが売れても売れなくても電車と遊園地は回っており費用が掛かっているため、チケットが売れた時点で売れないよりはマシなのである。そして売るためには来てくれるよう安くする必要があるわけだ。
しかも客が遊園地に来れば飲食や、追加で観光リフトに乗ったり、カーレーターに乗りまくるなど、追加でお金を落としてくれる可能性もあることを考えれば、空気を運んで一円も入らないよりは割引してでも売って来てもらった方が収益に繋がるという話だ。この手のチケットは買ったけど使わないまま期限を迎える人もいるため、そういった埋没分も考えれば、売れれば売れるほど良く、成立するのだと思う。
ちなみに私が須磨浦山上遊園に初めて来たときも、このチケットがあったからこそ来たし、例外なくこのチケットで来ているので、有効活用している人物の一人である。しかもまんまと罠にハマって追加料金まで払ってる。でもそれでいいのだ。これでも正規料金より安いし、ここにも続いてほしいしね。
そして基本的に三宮から姫路に行くときはこのチケットを買っているので、時間に余裕があるときは遊びに来ている。とはいえ、姫路に用事があって暇な時というのもそんなにないので、寄れていないことの方が多くはあるが、3割くらいは来てると思う。
姫路市立水族館でナマコを撫でられなかった話
直近でやりたいことリストに書いているネタだが、これは後日触りに行ったので、また別で記事にしたいと思う。いや、でもこっちは大したネタではないので書かないかも…w
ひとまず今回は「書きたいけど書けてない日記のネタを書く」にある「須磨浦山上遊園に行った話」が書けたので良しとする。
2026/06/30(火)淡路市に初上陸してきた話
投稿日:
去る6月28日、日曜日のお話。
この日は13時に起床し、なんとなく外出したくなったので福良を検討していたが渦潮クルーズに行くには微妙すぎる時間だったので、淡路島のどこに行こうかなと思って考えていたら、そういえば淡路市に行ったことがないなと思ったので、淡路市に行ってきた話。
- 旅の始まりは神姫バス三宮BTから
- 車窓からの景色。三宮~高速舞子まで。本土区間
- 車窓からの景色。明石海峡大橋~目的地淡路ICまで。淡路島上陸。
- 淡路サービスエリア(下り)に到着
- 待望の大観覧車へ
- 下り線のサービスエリアは淡路色の強い土産店と、淡路色そこそこの飲食店が多めだった
- 淡路ハイウェイオアシスへ向かう道中
- 西洋の農村的な風情が漂う淡路ハイウェイオアシス
- 生のさわらと淡路島たまねぎを味わいに、食事処へ
- 食事を終え、ハイウェイオアシス見学へ
- ハイウェイオアシスの土産店へ
- 帰路、岩屋港まで散策する
- 岩屋港に到着し、ジェノバラインへ乗船
- ジェノバラインに乗船し明石港へ
- 三宮までの帰路
- おみやげ
- あとがき
旅の始まりは神姫バス三宮BTから
淡路島に行くなら鉄板といえる神姫バス三宮BT。バスの入出庫風景が非常に独特でうなぎの寝床ともいわれる場所だ。
ここに入るバスは手前の狭い道からバックで曲がりながら入庫するのだが、前の道がお世辞にも広くないので偶に入庫が上手くいかず何度も切り返しをしているバスを見ることもある[1]。
バスターミナルに入ると五色・高田屋嘉兵衛公園行きのバスがちょうど出るところで、悠長に写真を撮影していたら搭乗口の発車案内から消滅したので軽く焦った。
高速バスのところに書かれている「五色・高田屋嘉兵衛公園」「洲本バスセンター」「福良」は全て淡路島行きのバスで、それが三連で、それも30分以内に並んでいることから淡路島行きのバスの多さがよく分かる。実際三宮から淡路島に行くのは簡単で、思い立ったらバスターミナルに行けば行けるレベルだ。
余談だが神戸市内から淡路島に向かうバスは平日の6:55~7:50の55分間が最も本数が集中しており、この時間帯には9本ものバスが存在し、5分に一本出ている。休日にはこれだけの本数が存在しないことから通学・通勤用だと思われる。
休日でも洲本行は毎時2-3本、福良行きは1本程度存在し、他の方面も毎時一本程度はあるので、思いついたら淡路島は意外と簡単だ。
また今回の目的である淡路市は淡路島の入口にあたる地点に存在するため、一部を除いて大抵が止まるためアクセスが容易である。
という訳で無駄に行灯のフォントがかっこいいバスに乗車する。発車一分前。
車窓からの景色。三宮~高速舞子まで。本土区間
ニジゲンモリバスがすれ違う地味に貴重なシーンに出会えた。ニジゲンモリは淡路市に存在するテーマパークで、淡路島を代表する大規模観光施設となっている。
ニジゲンノモリの運営は元を辿るとパソナで、パソナは淡路市内で複数の観光施設を運営しており、この関係でパソナが本社事業の一部を淡路島に移したことから、パソナの島と呼ばれるようになった要因の一つとなっている。
生田川出入口から阪神高速に入ったところ。淡路島行きのバスは大体ここから高速に入るが、稀に反対方向の山手方向から行くこともある。
高速に上がってすぐの港。この辺りは倉庫が多いためか、荷役用の船っぽいのがよく見える。
ここはゴルフショップの倉庫と打ちっぱなしが融合してるのが凄いと思う。
上組のロゴがあるのでずっと上組の施設だと思っていたのだが、調べたところつるやゴルフの施設らしい?
もしかしたら上組がつるやゴルフに土地と建物を貸しているのかもしれない。
この打ちっぱなしは駐車場に屋根があり、屋根に太陽光パネルが貼ってあるのが合理的だ。車が熱くなるのを防ぎ、ついでに発電もできるというのはいいアイデアだと思う。
ポートアイランドの手前に来ると複数の高架が入り交ざり、入り組んだ光景が垣間見える。目の前の道は二階建てになっていて、下側が西行き、上側が東行きの構造になっている。
この辺りは衛星写真で見るといかに複雑かがよく分かる。
しばらく行くとメリケンパークやポートタワーも見える。
そしてすぐにumieの看板が見え、万葉俱楽部とハーバーランドを過ぎ去る。
この万葉俱楽部は中に映画館があると聞くが、まだ行けていないのでいつか行きたい。偶に万葉倶楽部の温泉輸送車も見るし、家のポストに割引券が入っていることもあるのだが、なんとなく行けていない。
兵庫区感の漂う景色を眺めていると神戸市バスの基地を発見した。
周囲にはデンソーテンやバンドー化学など、重工業の町らしい建物が目立つ。
車窓からの景色はすぐに川崎車両に移り、京阪の車両らしきものが見えた。構内には線路があるのにタイヤを履いていたのでちょっと不思議だなと思った。手前にトレーラーらしき車両が見えるので、ひょっとしたら陸送するために置いているのかもしれない。
川崎車両本社ビルは何度見てもいい感じだ。
須磨の辺りで山が開けるとクレーン船が見えた。この後もう一隻のクレーン船を見ることになるが、どこかで工事した帰りだろうか?
垂水JCTの前に入ると混んできた。
この辺りは山にへばりつく住宅地と明石海峡大橋、そして淡路島が見えて眺望がいい。
垂水JCT内の分岐。改めて考えると淡路島というICや自治体があるわけではないので、淡路島という括りは雑だなと思うものの、直感的で解り易くもあるなと思うなどした。淡路島は淡路島だもの。
垂水JCTは日本最大のジャンクションとして知られており、非常に複雑で迷子になりやすいらしい。このバスは右下から入ってきて左下に出る感じ。
何度見ても神戸淡路鳴門道という全部くっつけましたみたいな道の名前がいい。
ゲートをくぐると事故車両が安置されていた。
三宮を出て初めての停留所、高速舞子に到着した。
余談だが高速舞子で乗る方が運賃が安く、所要時間も短くなる。理由は単純でバスは三宮を抜けるのに渋滞にハマり、高速道路に乗ってからも山側に大きく迂回するからだ。鉄道に渋滞はないし、海沿いをずっと走るため、明石海峡大橋の付け根にある高速舞子バスストップまでの所要時間が短い。
参考までにバスと鉄道で、三宮から高速舞子までどれだけ差があるか図にしてみた。赤がバス、緑が鉄道だ。これでバスが鉄道に勝つ方が無理である。
但し高速舞子から乗る場合、一度JRに乗り、舞子で下車し、そこから凄く高い場所にある高速舞子バス停まで登らないといけない。エレベーターはあるが面倒である。そもそもバスと接続する鉄道のダイアを調べる時点でもう面倒である。
しかし安くて速い上に、周囲は住宅街なのもあり、ここでの乗客は写真の通り多い。神戸市内発淡路島経由のバスのおおよそ全て、つまり淡路島行きのほかに、徳島、香川、愛媛、高知行きのバスもここに止まる。このため連休の時などは人が柵からあふれかけていたり、バスが本線上で渋滞していたりするので、一種の名所みたいなところだ。
三宮から乗る利点はこの面倒な乗り換えがない点だ。そして高速舞子から乗るということは多客時に乗れない、補助椅子になるリスクも孕んでいる。
因みにこのバス停は乗車専用のため降車できない。更にここを出るとその後のバス停は降車専用になるため、降りる客がいないほどバスが速くなる。ただ台風で無客でもない限りほぼすべてのバス停に止まるため、あまり期待しないほうがいい。
平日で明石海峡大橋封鎖の噂が流れるほどの天気で、淡路島内の企業が出社自粛を出しているときに乗ると三宮→洲本が高速舞子を除いてノンストップになり30分くらい早着することも経験上あったが、まずそんなことはない。
車窓からの景色。明石海峡大橋~目的地淡路ICまで。淡路島上陸。
さて、高速舞子を出るとバスはすぐに明石海峡大橋に差し掛かる。ここからはひたすら景色がいいゾーンだ。海を見るとまたクレーン船がいた。さっき見たときから一分しか経っていないため、恐らくさっき見たものと同じ船だろう。
対岸に見えるのが国の海の島として知られる淡路島である。他にも花とミルクの島とか玉ねぎの島とかパソナの島とか様々な異名を持つが、個人的には玉ねぎの島である。
政府統計によると昨年の兵庫県全体での玉ねぎ出荷量は77,600t、淡路島三市で69,180tということで、約89%を淡路島が占めている。特に南あわじ市が突出して多い。恐らくこれは淡路島の中でも平野部が多いからだろう。
都道府県別だと4位の長崎が28,500tらしいので、淡路島単体で長崎県の2.4倍ほど作っていることになる。
眼下に垂水の明石海峡大橋関連の観光施設が見える。
海を眺めるだけでいろいろな船が見えて面白い。デカい船が目立つのでプレジャーボートがミニチュアに見えてくる。
陸の方を見ると目的地である淡路市の観覧車が良く見える。ここから向かうのはあの観覧車のある場所だ。
クレーン船に近づいてきたのでズームで撮ってみた。土を積んでいるので浚渫船か何かだろうか?左下の黄色いバケットみたいなやつがかっこいい。たぶんクレーンの先に取り付けて掘るのに使うのだろう。
そしてバスは淡路島に上陸した。橋の上を走っている時間は短いのでつかの間だった。
横の一般道を見ると島なのに自転車レーンが整備されていて驚いた。淡路島にはアワイチと呼ばれる自転車で淡路島を一周する企画があるからかもしれない。
淡路SAの観覧車が近づいてきた。
淡路ICで下車。このバス停は恐らく淡路島の中で最も非島民の降車が多いバス停の一つだと思う。理由として淡路ICバス停は淡路SAに直結しており、淡路SAは観覧車を有するほどに観光地として整備されているほか、ニジゲンノモリの入口にもなっているからだ。
私は淡路島には年数回来ているが、ここで降りるのは初めてだ。十中八九は洲本に行くからだ。一応福良も二度いったことがある。ただ福来行きについては一回は陸の港西淡で係員の人と歓談してたらバスが通り過ぎた結果、未遂に終わっている…。
よって今回が淡路市初上陸となった。
この時刻表を見た感じ、どうやら洲本方面行のバスで淡路ICで客を拾うバスが一日一便だけ設定されているらしい。破れてて読み取れないが、どうも最終的に淡路に戻ってくるように見える。他にも地味に洲本方面行で途中のバス停で客を拾うやつがあるらしい。淡路島内の高速バス停はどれも住宅地から離れた不便な場所にあり、どれほど需要があるのかは謎である。
衛星写真で見ると解るのだが、淡路島内の高速バス停の大半は駐車場を併設しているので、パークアンドライドが基本になっている。これは自家用車で島外に出ようとすると高速代と明石海峡大橋が高く、更に明石や神戸、梅田に出ると駐車場代もかかるため、バスに乗って節約するためだと思う。また島外への通勤通学の場合は定期を使うことで島外にタダで出放題になるのもある。つまり島内を移動するだけなら高速バスを使う意味は薄い。
淡路サービスエリア(下り)に到着
淡路サービスエリアへはまずこの細い階段を下りていく。知識として知ってはいたが、いざ実物を見るとわくわくしてくる景色だ。
階段を降りると道案内が書いてある。ニジゲンノモリ1,600mは割と気が遠くなる数値だが、無料シャトルバスが運行されているらしいので、これに乗っていくことができるようだ。本数はかなり多い。岩屋港が始発らしいので、明石からジェノバラインを利用していくのも一つだろう。
因みに今回ニジゲンノモリ方面に行っていた人は一人だけに見えた。
ニジゲンノモリ方面。このトンネルを抜けた先に無料送迎バスのバス停があるようだ。
サービスエリア方面。私がまず向かうのはこちら。
トンネルを出ると丁度乗ってきたバスが出発したところだった。
下を見ると明石海峡大橋を描いたマンホールが設置されていた。
前を向くと夢にまで見た観覧車が見えた。いつもここを通るたびに、垂水から淡路島を見るたびに、あのデカい観覧車に乗りたいなぁと思っていたものが、今まさに眼前にある。つまり乗れる!!
もうこの時点でワクワクしてきた。
進んでいくと明石海峡大橋とデカい船が見えた。左手にやたら派手な家が見えるが、これはカフェらしい。
道に北淡運送と大きく書かれたトラックが見えるが、北淡は「ほくだん」と読む。淡路島には北淡(ほくだん)、南淡(なんだん)、西淡(せいだん)という地名があり、これらの「淡」を「だん」を読むのが特徴だ。なお東淡は聞いたことがない。たぶん東は東浦だと思う。
私は西淡という異名を始めて音で効いたとき結構驚いた。
余談だが淡路島は鉄道貨物や運送トラックでよく見るAKCの本社[2]もあり、陸運業も盛んな島である。
そんなこんなで観覧車の下に来たが、いったん観覧車を後にして景色を眺めに行く。
山に埋もれた高速道路がいい感じだ。スタジアムの照明みたいなやつは何だろう?
明石海峡大橋が良く見える。夜に着たら絶対に景色がいいやつだ。
手前の港は恐らくジェノバラインが発着する岩屋港だと思われる。
実は明石海峡大橋は夜になるとライトアップされるのだが、私はいつもバスの中から見ており、バスは動いているのでライトアップを撮ろうにも上手く撮れないうえ、そもそもこの瞬間が見えるのが淡路島側からだと一秒もないのである。
恐らく淡路島側からライトアップを見たり撮るなら夜に淡路SAに着て撮影して帰るのが最も無難だろう。本土側からなら垂水からいくらでも好きなだけ見れるので造作もない話だが、私は夜中に明石海峡大橋を率先して見に行こうとしたことがないため、大抵電車の車窓から見ており、まともに撮影できたためしがない。
よく使うジャンボフェリーの夜行便からでも見れるとは思うが、寝てるので難しい。明石海峡大橋の手前まで起きてたら寝る時間が無くなってしまう。
反対側にはスタバとミスドがあり、客でごった返していた。
様々な船が往来しており、何時間でも眺めていられるような風景だ。本土側からだと海に近い高台から見れる場所がないため、ここは非常にいいスポットだ。
二枚目は須磨浦山上遊園や神戸市街の方までよく見える。
いい感じの撮影スポットもあった。まぁまぁ並んでて大変だった。
この辺りで飯を食ってると食べ物がトンビに攫われることがあるらしい。まるで漫画の世界だ。
待望の大観覧車へ
さて、海ばかり見ていても仕方がないので大観覧車へ向かう。
振り返ると駐車場があったが、見事に満車だった。
という訳で観覧車へ向かう。絶対に高いやつと思いながら向かっていた。
観覧車の手前には淡路島の観光マップがあった。属島がしっかり書かれているほか、その土地の果物や魚介なども書かれていて面白いと感じた。
観覧車の手前には小さな遊園地もあり、ちびっ子たちが遊んでいた。全てコイン式で、係員がいなくても動くやつである。鉄道の奴もコイン式っぽかった。
観覧車の料金は意外と安く良心的に感じた。しかもキャッシュレス対応である。ここ島だぞ?
立派なチケットが出てきて感動した。
さて観覧車に乗車する。客は多くなく、一組しか並んでいなかった。たぶんゴンドラの3割くらいしか乗ってないと思った。しかしスタッフは多く、3人もいたうえ、専用のユニフォームまであったので力が入っていた。
ゴンドラが徐々に高度を上げ、駐車場の混み具合がよく分かるようになってきた。手前のドッグランには犬が放たれていた。
海側に目をやると、この日二隻目のクレーン船を見ることができた。FUKADA SALVAGEと書かれているので深田サルベージ建設のもののようだ。恐らくさっき見たのも同じ奴だろう。
この手のクレーン船は西日本に多いことが知られているが、この理由は恐らく西日本には大型の橋脚が多数あり、その建設需要が高いためと思われる。
例えば大きなものでは関門橋、瀬戸大橋や明石海峡大橋、大鳴門峡、しまなみ海道などがあるし、小規模なものでも神戸大橋や神戸スカイブリッジなど、多分無数にある。
深田サルベージ建設公式サイトを見るとその需要が西日本に集中していることがよく分かる。
面白いのは橋をくぐるときはクレーンのアームを下ろしているのに、橋を通過しきってしばらくすると上げていたことだ。さっきのクレーン船もアームが上がっていた。もしかすると下げていると都合がよくないのかもしれない。
もう一度駐車場に目を見やると車がどんどん入ってきていた。よく見ると大型車のところに乗用車が息を吸うように止まっていることに気が付いた。あと「えひめ」と書かれたトラックのフォントが可愛いなとか。
奥にやたら湾曲した高架橋が見えるが、これは上下線にあるサービスエリアを連絡する橋で、上下線は無料で往来できるらしい。この橋は観覧車同様かなり目立ち、本土側からもよく確認できるので、事情を知らないと謎の巨大モニュメントに見えるやつだ。
ここでUターンして入ってきたICで出るとどうなるのだろう?と思ったがJB本四高速によるとしっかり料金を取られるらしい。
淡路SAで折り返し走行される場合は、入口ICから淡路ICまでの料金と淡路ICから出口ICまでの料金を合算した料金が必要です。
間に検問所があるので、そこでETCが通過した記録を取っているのだと思われる。
また海へ視線へ戻すと、明石海峡大橋の付け根辺りに大きめの船がやっていているのが見えた。もしかしてこれがジェノバラインだろうか?
こうやって視線を回していると色々見えて飽きないものだ。
上り側のSAの手前にため池があるのに気づいた。淡路島はため池の数が多いと聞くが、まさか高速道路の中にまであるとは…。
SAの裏には従業員用の駐車場に見えるものもあって、なるほどここから通勤しているのかと思ったりもした。
眺めていて後で向こう側にも行こうと思った。
海に視線を戻すと先ほどの船が岩屋港と思われる場所にやってきており、サイズ的にこれはジェノバラインだなと思った。
何やら立派な施設が見えたが、これはTHE PASONA natureverse retreatというパソナのリゾートホテルで、6月23日にオープンしたばかりの施設らしい。なんとなく大阪関西万博の大屋根っぽさがある。
公式サイトは横文字が多くて何を言ってるのかイマイチわからないが、恐らく自然と健康をテーマにした施設なのだろう。しかしホテルの名前にパソナとつけてしまうのはどうなのだろう?私はパソナというワードに良いイメージがあると余り思えないので割と不思議だ。まぁ、淡路市がパソナの天下にあるということを示すいいモニュメントにはなりそうだが…。
眼下を見下ろすと淡路ICの入口に「淡路SAには行けません」と書かれた看板が見えた。誤進入が多いのかもしれない。
再び駐車場に目をやると、大型車のとこへ入っていく乗用車が見えたので、多分止めるところを探すのが面倒だし、ここ空いてるから止めようという感じなのかなと思った。
観覧車を降りると先ほど観覧車の中から見た立派な建物の案内があった。淡路ハイウェイオアシスというらしい。
以前調べたときに、向こう側に鰆の刺身が食べられる店があることを発見したので昼食に利用しようと思った。
下り線のサービスエリアは淡路色の強い土産店と、淡路色そこそこの飲食店が多めだった
さて、何はともあれ下り線のサービスエリアの中に入っていく。
入口の案内を見ると中には名物的な料理店が多くあるように見えたが、ここでは食べないので飲食店はスルーする。
昔福良で買った善太の乾燥玉ねぎを切らしていたので土産屋に入ると、淡路島ムードが迎えてくれた。
こちらは関西から四国に行くルートのため、大阪、神戸、京都の土産も目立つ。
淡路は徳島に近いためか、徳島土産も多くあった。半田そうめんまであった。
京都や神戸のパンも売られていたが、神戸で全く見たことがないパンだったので個人的には謎だった。
淡路に因んでなのか淡路屋の駅弁も売られていた。この小ロットをよくここまで持ってくるなと感心した。淡路屋は神戸市東灘区の弁当屋であり、朝に新神戸に行くと納入風景を見ることができるのだが、やはりここにも自社で運んできてるのだろうか…。
しかしいくらどれほど島外の土産物があったところで、淡路島特産品の強さは健在である。
最後に食堂を一瞥。ほどほどに淡路島らしいラインナップがあった。同時にもう一押し足りない気もした。淡路島バーガーを名乗るなら玉ねぎと肉をもっとプッシュしてほしいなとか、そういうのがもっと欲しかった。オニオンリングだけじゃねぇ…。
外には屋台のような店もあり、下りSAは全体的に軽めな感じだなというのを覚えた。屋台は余り淡路感がなかった。
淡路ハイウェイオアシスへ向かう道中
さて、下りサービスエリアを満喫したところで、最初来たトンネルに戻り、逆方向へ進んでいく。
トンネルを抜けるとすぐにバス停があり、土日祝のみの運行ではあるものの、運行本数が毎時一本とかなり多い観光用のバス停を見かけた。
またここには一切かかれていないのだが、ニジゲンノモリのシャトルバス時刻表もここに来るらしく、シャトルバスの方はパソナ関連施設を周遊する経路になっており、平日にも走っているようだ。こちらは毎時一本以上あり、20時便があることから、遅くまで使えて便利かもしれない。
ハイウェイオアシスの看板を見て、すぐ横を見ると謎の階段があったので上ってみることにした。もしかするとショートカットかもしれない!
一体この先に何があるのか…!と登っていくと…。
なんとこんなところに稲が植わった田んぼがあった。ここまで田植えしに来てるの凄くない?
恐らく高速道路の工事か何かで様々な事情により残った田んぼなのだろうか?農機具のタイヤ痕が見えるため、多分あの階段を使ってアクセスしているわけではなさそうだ。
こんなところ私しか来ないだろうなということで景観写真も撮っておいた。
降りてきたので道案内通りに進むが、空から葛の蔓が垂れ下がっており、人が通っているのか怪しい歩道だ。
少し歩くとハイウェイオアシスの看板と入口が現れた。
めちゃくちゃ高速道路の入口っぽい。いやまぁ、サービスエリアに入れるんだからそうか。
ひとまず道なりに歩いていく。車道はまっすぐなのにやたら遠回りでぐにゃぐにゃしている。
案内標識が乏しくてわかりづらいのだが、ここが淡路ハイウェイオアシスの歩行者入口である。車は入口からまっすぐ進めば入れるが、歩行者は何故か駐車場のような場所を大回りさせられる。
ここだけ案内看板がなく、何も考えず道なりに進むとハイウェイオアシスはここを戻るみたいな看板があるので案内に従ってると、ここを進むとここを戻るの間で無限ループになってしまう。ここを曲がるの看板が足りない。
先へ進むと妙に手入れされた看板とトンネルに出会う。ここを抜けると淡路ハイウェイオアシスだ。
西洋の農村的な風情が漂う淡路ハイウェイオアシス
トンネルを抜けると丁度ニジゲンノモリバスが止まっていた。
駐車場には奈良観光、みつわバス、湖国バス、ニシワキ観光バス、大上観光バス、帝産観光バスが止まっていた。奈良、大阪、滋賀、西脇、丹波篠山、京都辺りから来ているものと思われる。
奥に行くとありがちな寂れたゾーンが現れたが進撃の巨人コラボイベント受付徒歩15分という文字が見えるので、恐らくニジゲンノモリ入口と思われる。たぶんバスが来た直後だけ賑わってるような場所。
こちらは下りSAと異なり、だいぶん雰囲気がいいところだ。
下りより高台にあるため眺めもいいが、海が遠いのであまりよく見えない。
建物が無駄にいい。下りSAから見たときもかなりいい感じだった。
なんというかガラス張りの温室と西洋の農家の家を合体させたような、風情のある建物だ。
中も雰囲気があるし、募金したくなる変な仕掛けがあるのも面白いと思った。
起きてから何も食べてないのと脚が痛いのもあり、私は鰆の刺身を求め飲食店へと向かった。
店への道中にはAI感の漂う地方創生ゲーム的な何かの掲示があった。ふと「淡路島日本遺産RPG はじまりの島」のことを思い出したりした。
個人的にはゲームにするとプレイ時間が取られて面倒なのでスタンプラリーにするなら素直にスタンプラリーにした方が開発費がかからず、誰でも参加できるので良いのではないかという気もしている。
景品も洲本オリオンの銀幕を新しくするとか、コモード56の空き店舗レンタル一ヶ月無料とかみたいなのがあると面白くなったりしないかなとかは思った。
生のさわらと淡路島たまねぎを味わいに、食事処へ
さて妙な御託は脇に置いておき飯屋へ入る。
生さわら丼御膳と迷ったが、さわらが入っている淡路玉葱御膳を選ぶことにした。
大変たまねぎな御膳。器からすべてがたまねぎである。左上の玉ねぎはお土産用らしい。
真ん中のどんぶりは玉ねぎのかき揚げがメインだが、鱧の天ぷらも入っていてた。
みそ汁はねぎとたまねぎとわかめしか入っておらず、これ以上なくたまねぎだった。
右上のは玉ねぎを丸ごと使った煮物で、玉ねぎはそのまま食べられるよう、ホロホロになるまで煮込まれていた。
これでもかというほどの玉ねぎ尽くしだったが、いずれの玉ねぎもおいしく、とてもよかった。ここまで玉ねぎ尽くしな料理を食べれる場所も中々ないと思う。
そして夢にまで見た生のさわら!柔らかく甘みがあってよかった。
さわらは炙りやたたきであれば割と見かけるのだが、生となるとなかなか貴重である。
食事を終え、ハイウェイオアシス見学へ
食事を終え店を出るとジャンボフェリーのあおいが航行していた。まさか淡路島から間近に見れるとは思わなかったので思いがけない出会いだった。
建物の外に出ると中々インパクトのある顔ハメ板があった。
奥の方には淡路島生パスタと窯焼きピザのお店があり、更に奥にはペット同伴化のレストランもあった。
ここからの眺望も乙なものだ。
水飲み場があったのでお金がなくても水が飲めて安心!
駐車場とオアシスを結ぶエスカレーターは下りが故障していた。
駐車場に降りると超巨大なトイレがあった。このサイズなら何人トイレに行きたくなっても大丈夫かもしれない。いや実は見せかけだけで意外と便器はないかもしれないが…。
ここでは上りのSAへの道を探してみたものの見つからないので断念した。
帰る途中でGoogle Mapsを見たりググって調べたりしたが、どうやら上りのSAは徒歩では行けないようだった。
ハイウェイオアシスの土産店へ
最後にハイウェイオアシス内の土産店を見ていくことにした。淡路島を出るときに通るところだけあり、淡路島土産の多さは下りより良く目立つ。
四国土産と並んでもなお圧倒する淡路島土産。微妙に明石が混ざっている。
淡路島土産のいもけんぴは高知のはりま屋から来ていた。高知の日記も書けていないのでまた書きたいものだ…。はりま屋にも行ったのだ。
たまねぎみたいなバウムというのがあり、淡路島の玉ねぎを使ってないなら一体淡路島要素はどこにあるのだろう…と思ったら、公式サイトによると淡路島産のコメを使った米粉や、淡路島産の鶏卵、淡路島の酒粕やはちみつが使われているらしい?
しかし淡路島の牛乳は使われていないっぽい?
玉ねぎも売っていた。しかも安い。買おうか悩んだが1kgも食べれないのでやめた。
他にもひたすら淡島のお土産がこれでもかと並んでいた。
食べ物以外にも瓦もあった。つるぎ町観光記にも書いたが、淡路島は瓦が伝統工芸の一つにあるので、その関係だろう。
しかし瓦からこれだけのグッズをひねり出せるのも大したものだ。
松山にあるみかんの蛇口の玉ねぎ版があった。しかもなんと無料である。かなり熱いので落とさないように注意しないといけなかったが、美味しかった。
飲み終わった容器でどこから来たかのアンケートも取っていた。兵庫に入れたが、今写真を見たら神戸があることに気が付いたので惜しかった。
大まかには兵庫や阪神圏から来ている人の比率が多いようだ。基本的にこの手の観光地は地元の人間が一番多いと思う。国宝姫路城ですら姫路市民の利用が最多だったはずだし。
美味しそうなアイスもあったがどう考えても持って帰れないこと、ここで食べると太ることから購入を断念した。
この箱の厚みにたまねぎが丸ごと一個!?嘘やろ!?と思ったら、そんなものは入っていなかった。
オアシスの一角では七夕の準備がされていた。
帰路、岩屋港まで散策する
時刻は18:40。いい時間になってきたので淡路島から帰路に就く。
バスで帰るのも無粋なので、運動も兼ねてジェノバラインに乗るべく岩屋港へ向かう。
なおこのルートはニジゲンノモリ公式サイトによると危険[3]らしい。
淡路ICに帰りのバスがいるように見えるが、無視して通り過ぎる。
岩屋港が見えてきた。
観覧車から見た十字路に入る。道の駅あわじというのが気になる。
どことなく南国の空気が漂う太い歩道を降りてゆく。
住宅街に近づくと葛の蔓がもじゃもじゃしてきていた。道が葛で覆われていないことから草刈はされているものと思われる。
ヤンマーのトラクタを置いている家があった。カッコイイ。
こんな観光客が来ないであろう場所から眺める明石海峡大橋とアンカレイジも悪くない。
ここから生活道路に入るので速度に気を付けないといけない。いや、私は歩行者なので関係ないが…。
降りていくので当然だがここの道はそこそこ坂である。
降りていくと古めの住宅が並ぶ住宅街に入ってきた。手前の家庭菜園の規模がデカいのと、右手の廃アパートのような建物が哀愁を誘う。
ここから道が細くなり坂の急さも増し、軽トラの通り道みたいになってきた。
坂の傾斜がきついからか、1Fが車庫で家本体はその上にあるデカい家があった。こういう家は神戸でも西岡本とか、急斜面にある高級住宅街に行くとよく見るが、この家は上に載っているのが従来型の日本建築というのが特筆すべき部分だろう。
西岡本にある家は基本洋風というか、漆喰や焼杉などのない普通の家だ。
廃アパートのような建物の横に来ると、なんと二棟が合体していることが分かった。ちなみにこの時点で一部屋に灯りが点いており、人が住んでいることが確認できた。
アパートが気になりすぎたので回り込んでみようとしたら手前にデカい家があった。この辺りは地味に高級住宅街っぽさがあるのかもしれない。
そしてアパートの前には数台の車が確認できた。この時点で廃アパート疑惑がだいぶ薄れたが、駐車場として使われているだけの可能性もあるので接近してみることにした。
普通にめちゃくちゃ人が住んでおり、大変失礼だった。
1、2とあるので公営住宅かな?と思ったが、アパート名が見当たらなかったので何なのかはわからなかったが、ググった感じしあわせハイツ淡路岩屋1と2らしい。
この辺りは昭和に良くあったであろう細い路地がまだ残っていてよかった。中途半端な地方都市だとこういう場所は雑草で藪になっていたり蜘蛛の巣が張っていたり、ごみが捨てられていたりでまともに通れないのだが、ここは現役の通路として生きていると思った。恐らくこの通りにある家は、こちら側に玄関があるのだと思う。
淡路市立石屋小学校の連絡通路の下をくぐる。この辺りは岩屋という地名のはずなのに小学校の名前が石屋なのは面白いなと思った。
この辺りは昔ながらの後継が残っていて非常にいい地域だ。
廃墟があったので表札を見てみた。どうやらこの辺りはかつて津名郡淡路町だったらしい。
道や景色が渋い…。
ビールケースや椅子の置いてある建物は地域の老人とかの集会所だろうか?
まっすぐ突き進むと廃材置き場のようなところに出てきた。
この辺りは二車線道路で、幹線っぽさがある。ビデオ・酒と書かれた店も気になる。
適当に港がありそうな方角に進んでいると岩屋商店街の看板が現れた。恐らく先ほどの十字路の横道に繋がる場所だろう。
今はもう存在しない「淡路町」の文字がまだ残っているところが味わい深い。とはいえ、商店街によくある専用の街灯が残っているあたり、まだ有志によって景観や設備の維持はされているのかもしれない。
どこねっとの看板は新しく、これを見た感じ商店街にはまだ生きている商店が点在してそうだった。
恵比須神社があった。エビスは地方によって微妙漢字が違うので面白い。
そして荒廃しておらず、今でもちゃんと手が入ってそうなのがいい。
岩屋港に到着し、ジェノバラインへ乗船
そしていよいよ岩屋港に着いた。
明石行き(13分)高速艇 ジェノバラインの文字がまぶしい。
駐車場はもう使われておらず、従業員用になっているように見えた。ここにも淡路町の名残があった。町営。
しかも町の文字が塗り替えられた痕跡があるので、かつては村営とかだった可能性がある。
恐らく元々は廃止されたたこフェリーの名残ではないだろうか?船に車を積むと高くなるから駐車場に入れて歩いて乗る的な。
岩屋港の前に着くとロータリーにはアワイチのモニュメントが置いてあった。時間があればこの向かいにある島に行きたいところだったが、もう時間が遅いことと、船が着岸していたため乗船を優先することにした。
ここがジェノバラインに乗船するための場所、岩屋ポートターミナルだ。新しく綺麗でいい感じの建物である。
生しらす丼ののぼりがあることから軽食も摂れるのかもしれない。
時刻は19:15。寄り道しながら写真撮りながらのんびりやってきて35分なので、普通にくればオアシスから徒歩15分そこらで来れるだろう。
ターミナル内はこんな感じで、自販機に机があり、ゆったりできそうな感じだった。
コインロッカーもあるので荷物を預けることもできる。写真は見切れているが、切れている部分をよく見ると中型くらいのロッカーもあるように見える。
シャッターが色々閉まっているが、日中なら食堂や受付窓口が開いている感じだろうか?
見た感じ乗船客はそこそこおり、列ができていた。
切符売り場は現金のみだが、新札に対応していた。
切符は回収されるので持ち帰れなかったが、写真を撮っておいた。700円で船旅ができるなら安いものである。
ジェノバラインに乗船し明石港へ
どうでもいいがジェノバと言うとFF8を連想してしまう。
悠長に写真を撮っていたら出航しそうだったので改札へ向かう。
今回はまりーんふらわあ2という船に乗る。現在通常運航の船がドック入りで原付が乗れない案内がされていたので、これは予備船らしい。
車を積めない分、旅客定員は217人と多い。
階段を上ってみると風通しのいいデッキ席があったのでこちらを利用することにした。
目の前にまりん・あわじと書かれた船がいたが、恐らくこれが通常運航で使われている船だろう。横にドックらしきものが見えるので入渠中なのだと思われるが、淡路市の名前が書かれているのが面白い。
どうやら淡路市の建造した船をジェノバラインが運行しているようだ。
まりーんふらわあ2のデッキ席には簡易ではあるもののペットボトルホルダーがあり、充実していた。
これは特に意味もなく岩屋港から明石港までを録画したもの。淡路島ののどかな風景が徐々に明石市の都会な景色に代わっていくような感じがある。
よく見ると明石海峡大橋の下をくぐれるので回数券を買って往復しまくればくぐり放題である。
途中で阪九フェリーともすれ違っている。
明石港に着いたので下船してゆく。
1Fの通常座席はこんな感じ。
時刻表を見ると平日の多い時では時間3本も出ていてかなりの本数だ。解り易さのためだろうが、小型船という船名すらない船がいるのも面白い。
明石港側にも結構客がいて、橋があって自転車やバイクが載せられない状態でも需要はあるんだなというのを感じた。
淡路港側のターミナルはしょぼく、待合室という感じだった。
岩屋港とは異なり券売機も二台中一台が旧式で、旧紙幣や硬貨は使えなかった。
建物はいい感じなので勿体ないなと思った。子午線ラインという愛称も明石らしくていい。
建物の前は広めになっていてロータリーとして使えそうな感じがあった。
明石市側の乗り場周辺は飲み屋くらいしかなかったので、何か食べたい場合は事前に持ち込んでいるといいかもしれない。
三宮までの帰路
今年も魚の棚で半夏生七夕夜市が開かれるようで交通規制の案内が出ていた。夜市とかもうずいぶん長いこと来てないし来てみるのもありかもなぁとか思った。
道なりに交差点に出ると駅の案内が出ていて便利だった。
三白館の前では解体工事か新築工事がされていた。恐らくマンションか住居ができると思うので、明石駅前とはいえ商店街の衰退は避けられない宿命であることが垣間見える。
魚の棚までやってきたらあとはもう余裕である。全然関係ないが私は魚の棚を「うぉんたな」と読む明石の習わしが好きだ。
魚の棚の雰囲気はいつ来てもいいものだ。
淡路島を出て明石に着き、一気に都市部に出てきたような景色だ。
前は歩道橋に名前がついていなかった気がするが、いつの間にか名前がついていた。
都会だ…。
パピオス明石には明石高校の生徒が描いたかわいらしいイラストが掲示されていた。真鯛に真蛸に天文台、そして明石海峡大橋。まさに明石である。なお明石海峡大橋の本土側所在地は神戸市であり、明石市からは単に橋が見えるだけである。
おしゃれで広いスペースの奥に駅が見え、都会を感じる。神戸の人間が何言うてんねんという感じではあるが、まぁはい。
照明のいい感じの明るさと景色。
都会的な電光表示!
駅!鉄道!
改札に吸い込まれると丁度いいタイミングで新快速が来ていた。岩屋港に着いた時もちょうどいいタイミングで船がいたし、この日はタイミングがとてもいい日だった。
そして三宮に帰ってきて、旅は終わりを告げた。
おみやげ
大体たまねぎ。四国成分ちょっぴり。
玉ねぎ系は神戸でも物産店に行けば買えたりするので特に買って帰る意味もなかったが、なんとなく買って帰ってきている。
淡路島なら善太の乾燥玉ねぎが手に入らないかな?と思っていたが、それが手に入らなかったのは残念だった。たぶん善太のは南あわじ市までいかないと難しいのだと思った。
あとがき
何はともあれ、これにて淡路市、洲本市、南あわじ市のすべてに上陸したので、自治体レベルでは淡路島完全制覇である。
今回の収穫としては淡路市には岩屋港周辺に道の駅などの面白スポットがありそうなことが分かったので、気が向いたら運動がてらまた行くかもしれない。ただこの手の旅ブログネタが蓄積しすぎて書けていないので、まずはそっちを吐き出したいところもあり…難しい。行けば行くほど溜まっていってしまうというか…。
そういえばどこねっとの看板は全国津々浦々で見かけるが一度もHPを見たことがないので見てみたら、東京にある株式会社JKKなる会社がやっていることが分かった。小字未満の粒度で存在すると思うが、よく作ってるなと感心する。どこにでもあるので登録料で稼いでいるとも思えないし、どうなっているのだろう?
2026-07-02追記
なんか知恵袋とかを見ると営業マンが来て登録料を取ってるらしい…。全国津々浦々にあって無数の商店が載っているのに、とんでもない所業だ…。
半年で3000円ほどらしいが確かに膨大な掲載店から取れればかなりの収益になりそうだ。しかも淡路市の文字が入っていたあたり、自治体の公認をとってやってる可能性もある。
プラ段製看板の制作費はしれてると思うので、いい事業なのかもしれない。
他にも追加料金でブログとかも作れるそうだが、どれほどの店がやってるのかは果たして謎である…。
2026/04/29(水)去年、香川漆器を修理に出した話
川口屋漆器店で2025年6月28日にお盆を購入したが、角にぶつけてしまいお盆に欠けを作ってしまったので、これを修理に出しに行った話。
この記事では半年ほど前の事柄を扱うが、これはブログの執筆速度が現実の出来事に追い付いていないため、大分遅延した執筆となっている。
- 修理依頼に高松へ飛ぶ
- 旅の始まりは三宮バスターミナルから
- あおいで高松へ
- 神戸側瀬戸内海の景色
- 小豆島の景色
- 高松東港へ
- 高松駅で開催されているイベントへ
- 栗林公園に行くために、高松築港駅へ
- 栗林公園駅到着
- 栗林公園までの道筋
- 栗林公園に到着
- 土産屋、かがわ物産館・栗林庵を見物
- 土産屋を出て、栗林公園へ入ってゆく
- 栗林公園入場
- 商工奨励館で開催されていた、第41回 香川漆器 伝統工芸士まつりへ
- 時間に余裕があったので再び土産屋へ
- 栗林公園から栗林公園駅への帰路
- 栗林公園駅に戻ってきた
- 高松へ戻ってきた
- フェリーバスで高松東港へ
- 高松東港にて
- 帰り便、りつりん2に乗船
- りつりん2船内での過ごし方
- 三宮フェリーターミナルに着岸し、神戸フェリーバスがどうやって経営されているかを妄想する
- 三宮フェリーターミナル名物、小豆島貨物運輸
- あとがき
修理依頼に高松へ飛ぶ
川口屋漆器店のブログを観察し、高松駅前と栗林公園に出店するという情報を掴み、2025年10月19日に高松に飛ぶことにした。
工房は土日基本休みなのと、長尾にアクセスするのは大変だったので高松でやり取りできるのはいい機会だった。
旅の始まりは三宮バスターミナルから
香川に行くときの鉄板コースである。
神戸フェリーバスがバスを新しくしているのは知っていたが、それに初めて乗った。
前のバスは動くたびに車両後方の方向幕が揺れて五月蠅かったので、それがないだけでも、ずいぶん快適だった。当然バスそのものが綺麗なのも嬉しかった。
あおいで高松へ
この日は朝の便で高松に行くことになったので、あおいに乗船した。あおいは中の設備が綺麗なのと、畳があるので好きだ。勿論、りつりん2もバブリーな内装があって、それはそれでよいのだが、カーペット敷きよりは畳だろう。
何度かジャンボフェリーを利用して分かったこととして、バスでフェリーターミナルにきて先頭に並んでいれば問題なく自由席が取れるということだ。
三宮フェリーターミナルであればポスターが貼ってある壁の前、高松東港であれば通路に並んでいれば行けると思う。
神戸側瀬戸内海の景色
海と、行き交う船と、陸の街というので、何度乗っても眺望がいい。
小豆島の景色
もうだいぶ見た景色だが、小豆島に上陸したことはないので、そのうち行きたいところだ。行こうと思えば行ける所だけに行っていないのは惜しいとも思える。
高松東港へ
何やら巨大なタンクを作っている工場があることに気が付いた。
高松駅で開催されているイベントへ
さて、なんやかんやで高松駅に到着し、ここで川口屋漆器店のブースに入りお盆を手渡しできた。
その場で修理交渉を行い、修理内容を伝え、引き渡しから修理、引き取りの流れを話し、無事修理依頼を完了させることができた。凄くアナログなやり取りだったが、そこがよかったし、何より顔を覚えてもらえていたので顔パスできた。
実は2025年の初頭辺りに私は神戸阪急で川口屋漆器店の息子さんと出会っており、そこそこ話し込んでいたのだが、なんと相手がそれを覚えていてくれたのだ。息子さんのほうは普段工房にはおらず、以前工房でやり取りさせていただいたのはご主人のほうになるので、大分久しく会っていなかったのに覚えていて貰えたのはとても嬉しかった。
しかし、一昔前だったらいきなりお店の人に話しかけて交渉など到底無理だったが、マチアソビでの学びや、これまでのカンファレンスでの経験によって私はお店の人と話せる程度の能力を得ていた。自ら主体的に話し掛けていくというのは非常に役立つスキルだと思うので、今後も保っていきたいし、より伸ばしていきたいところである。
現地に来ることによって対面で説明できたので、伝わりづらそうな微妙な破損個所を容易に伝えることができたし、ついでにその場で漆器も見れたのはよかった。希望の茶托はなかったため、次に栗林公園で開催されている川口屋漆器展も出店している漆器展、第41回 香川漆器 伝統工芸士まつりに向かうことにした。
栗林公園に行くために、高松築港駅へ
高松に来るのは、これで三度目ということもあり、高松築港で琴電を見るのも当たり前のような光景になってしまった。
栗林公園駅到着
栗林公園は香川屈指の公園なので、さぞ立派な駅舎だろうなぁと思ったが、ホームは割としょぼかった。いや、琴電的には立派なほうだとは思うが…w
また踏切には改札を迂回しての侵入を防止するためなのかトゲトゲが置いてあった。普通に飛び越えられそうだし、そもそも改札を素通りすることは物理的に可能なので、どの程度意味があるのかは謎である。
ひょっとすると、かつて有人改札があった時の名残なのかもしれない。
ホームはしょぼかったが、駅舎はそこそこ立派だったので、やっぱり栗林公園なのだなぁ…!と思ったりした。
栗林公園までの道筋
駅を出てすぐに栗林公園への案内標識があった。400m。
ダートの看板。ダートは松山や、貞光でも見たので、ひょっとしたら四国ではポピュラーなのかもしれないと思った。
さっきの案内標識の下にあったりつりん病院もそうだが、この辺りにはやたら「栗林」の名を冠した場所が多い。栗林コミュニティセンター、栗林本通り、栗林幼稚園。
また最後の案内標識は松山・高知・徳島・高松駅と四国の中心地がすべて揃っていてオールスター感があるなと思った。
そして最初の標識もそうだったが、英語の案内が上書きされているのが地味に気になる。Gardenの前は何だったのだろうか?Koenだったとかかな?
そして栗林公園の前まで来ると、道を渡るための地下道もあった。ここでは横断歩道があったのでそちらを使うことにしたが、帰りに寄ったので、この地下道については後で紹介する。
栗林公園に到着
栗林公園に到着すると、焼杉で出来た風情のある門と、木々と屋敷、そして後ろに山が聳える立派な公園が出迎えくれた。
さてここで香川が誇る美しい公園を散策…と行きたいところだが、今回は時間的にそんな余裕がないので、軽く土産屋(かがわ物産館・栗林庵)を見たのち、漆器展に向かうこととした。
土産屋、かがわ物産館・栗林庵を見物
因みに土産屋に入るのは無料だが、公園内に入るのは有料であるため、公園内で行われている即売会を見に行くには必然的に入園料が必要だった。この即売会は商工奨励館で行われていた。
土産屋ではうどんより他の食べ物が目立っていた。
うどん県を自称するのに飽きたのかもしれないし、地元の人が多いのでうどんを余り前に出していないとかがあるのかもしれない。香川県の名誉のために言っておくと香川県はうどん以外の名産もかなり多いので、別にうどんを猛プッシュせずとも、割と成り立ったりする。
奥のほうに行くと香川の伝統工芸品のコーナーもあり、本日お世話になった川口屋漆器店を始めとし、様々な漆器工房の漆器があった。
漆器コーナーの裏には丸亀うちわコーナーもあった。丸亀うちわは一本の竹を割いて骨を作り、そこに紙を張り合わせた団扇が特徴的だ。
こういった伝統的手法で作られた手作りの団扇は結構高いが、四国団扇などメーカーの量産品ならそこそこ安い値段で買うことが出来る。因みに香川県は国産団扇のシェアトップで、香川県によると令和5年の団扇出荷額は31億1千5百万円で全国一位とある。
四国団扇は丸亀市に本社を置く団扇メーカーで、日本で初めて機械を用いて竹団扇を自動で製造することに成功したらしい。竹団扇は一本の竹を裂いて作るため、これを自動化したというのは大変すさまじいことだと思う。竹は天然物でどう裂けるかは不定だろうし、どう裂けるかもわからないものに紙を張り付ける作業もあるのだから、これは本当に凄いことだと思う。
因みに四国団扇は大阪関西万博の公式竹団扇も製造しており、私はそれを一本持っているが、中々いいものだ。
土産屋を出て、栗林公園へ入ってゆく
ここからは即売会の開かれている商工奨励館のある栗林公園の内部へと向かう。
土産屋を出ると香川県産の木材を使っていると書かれた東屋があり驚いた。大阪関西万博では高知県産の木材で大屋根リングを作ったと聞くし、松山でも愛媛県産の木材で作られた食器が売られていたし、徳島でもつるぎ町では木材の切り出しと搬出が行われていたので、ひょっとすると四国は林業大国なのかもしれないなと思った。四国は四国山地が大部分を占めているので、木が多いのは確かだろう。
四国には王子製紙の社有林もあり、王子製紙は国内民間企業で最大の林を保有すると書こうと思って調べたら、王子製紙は四国だけに森林を持っている訳ではなく、北海道から九州まで全国約650ヶ所に社有林・分収林を保有・管理しており、総面積は約1,880キロ平米に上るとのことだった。1,880キロ平米というのは香川県より僅かに広い程度なので、かなり広いことが分かる。
道中にはよく手入れされたいい感じの場所や栗林公園の起こりを説明する看板もあった。
そうして歩いていると東門、切手御門に到着した。ここが栗林公園の入り口になる。
左手を見ると結構リッチな券売機が設置されていて、ここで入場券を買えるようになっていた。
券売機は今時の話なので多種多様なキャッシュレスに対応していた。
それと最近このタイプの紙幣取り扱い機構をよく見るなと思う。従前なら自販機の紙幣周りといえばお札を入れるところと出てくるところが同じだったが、こちらは入れる場所と出す場所が分かれていて、結構革新的だ。
個人的にはこの機構はすごくいいと思っている。何故なら入れる場所を出す場所が同じだと機構が複雑になるだろうから、メンテナンスが大変になりそうだが、これはそれぞれ別々なので、機構を単純化できるのではないかという気がしている。またこの機構は釣札を一度に出すことが出来るため、利用者としても、一枚一枚取る手間が省けて楽である。
欠点は初めて見たときにギョッとするのと、場所を食うので従前の自販機と比べると装置の設置場所が変則的になることくらいだろう。
この機構は主に釣札が出る場所で採用されていると思うので、万札などが入る場所によくありそうな気がする。そして偽札が入れられると問題なので有人監視できる、こういった観光施設や、食堂みたいな場所での採用が多いように思う。
飲料自販機のような千円札しか入らず、釣札を出す必要性のない場所での採用はまずないだろう、たぶん。
栗林公園入場
入場券を買って中に入ると、まず鬼瓦が出迎えてくれた。鬼瓦の案内には2024とあったし、すぐそこに工房があったので、ここで作っているのかもしれない。
中はいい感じの公園だったが、時間が押していたので一瞥して右手に見える商工奨励館へ移動した。
商工奨励館で開催されていた、第41回 香川漆器 伝統工芸士まつりへ
商工奨励館に着くと、まず竹一刀彫実演販売会というのが開かれていた。
正倉院宝物の技を継承する一品らしく黄綬褒章も拝受したという名工が制作しているとのことだった。後継者がおらず、自身も高齢であり、あと何本掘れるかの世界とあり、伝統工芸の厳しさを感じた。
建物の中には昔描かれた栗林公園の絵も展示されており、非常に見どころがありそうだったが、私は時間がなかったので写真だけ撮影して飛ばしてしまったが、説明を読む限り、昔の栗林公園は武将の庭だったのかもしれない。
建物を進み、中庭に入ると香川漆器 伝統工芸士会の文字が見えた。ここが会場だろう。ワクワクしてくる。
中に入ると多くのテーブルがあり、各工房の漆器が並べられていた。壮観な光景だ。
ここには川口屋漆器店のご主人がおられたので、高松駅で修理品の引き渡しをしてきたことを伝え、希望の茶托についても聞いた見たが、この日は持ってきていなかったとのことで、後日修理受け取りの際に工房に伺って見させてもらうことにした。
因みにここでも顔を覚えられており、ちょっと感動した。話に花が咲きそこそこ話し込んだりもした。
川口屋漆器店以外にも見て回ったが、めぼしいものはなく、川口屋漆器店を懇意にしたいのもあったので、特に買わずに外に出た。
時間に余裕があったので再び土産屋へ
帰りのフェリーに乗るまでに少し余裕があるので土産屋に戻ってきた。
前に書いたもの以外に、小豆島名物であるオリーブの木を使ったまな板やオリーブの新漬けも見ることが出来た。オリーブの新漬けの写真はない。坂出金時などの野菜も売られていた。
オリーブの木は非常に硬く重かったので、あまりまな板には向いてなさそうだった。まな板は包丁の刃を傷めないために柔らかく、持ち運びのために軽いほうが良いので、基本的には杉や檜が好まれる印象だ。
ひとまず私はここで坂出金時とオリーブの新漬けを買うことにした。
栗林公園から栗林公園駅への帰路
さて、来るときに通らかった地下道のギャラリーに入ってみる。どうやらここには地元の人が制作した作品が展示されているようだった。阪神春日野駅とHAT神戸を結ぶ地下道に似た雰囲気を感じるが、あちらは小学校の作品展示だった気がする。一方でこちらはアダルト感がある。
地上に出てくると行きしに見た四国オールスター標識の裏側を観ることが出来た。栗林公園駅でなく、栗林駅と書いてあるが、これは今調べたところ、結構離れたところにあるJRの駅のようだった。
また美馬や穴吹といった単語が出てきたところで、つるぎ町のことを思い出して感慨深くなった。
栗林公園駅に戻ってきた
ちゃんとトイレがあり、立派な駅名標もあり、更に前の駅を発射した案内も出るというので、意外としっかりした駅だなと感心していた。
三条の手前にスペースがあるので、それより前の駅も出てくるのだろうか?
お?来たか?と思ったら回送だった。出入口のところにステップがついてるのが独特だ。
次に来た奴にはステップがなかった。車両によってステップの有無が異なるようだ。
高松へ戻ってきた
栗林公園駅から電車に揺られて高松築港駅に戻ってきた。香川は車社会のはずだが意外と人が多くて驚く。本数も結構あるので、需要があるのだろう。
高松駅に移動しようとすると毎回このラーメン屋に出くわすが、さぬきうどん駅を名乗る高松駅の真ん前でラーメン屋を営業するとは凄い性根だと思う。しかもここが徳島であるかのような風体である。いうて神戸の元町にある徳島ラーメン屋もこんな感じなので、どこもそうなのかもしれない。
帰りのフェリーバスに乗るために高松駅に戻ってきたら、イベントの出店は撤収が始まっていた。ちなみに川口屋漆器店のご主人はこの場所のことを「オルネ」と呼んでいたので、駅として利用していない人にとってはここはオルネなのかもしれない。オルネと呼ばれているのは駅ビルにORNEと書かれているからだろう。意味としては「居るね(おるね)」だと思われる。
高松駅前には近代的な高層ビルが聳えており、古めの建物が目立った松山や徳島とは一風変わった風を感じた。
フェリーバスで高松東港へ
フェリーバスがやってきたので、帰りのフェリーに乗るために乗車する。
玉藻城を眺めながら、いつか行きたいなぁ…と思っていたが、なんと次回修理受け取りの際に行くことになる。
高松東港にて
バスに揺られて高松東港に戻ってきたら、国土交通省の「幹線旅客流動実態調査」「幹線フェリー・旅客船旅客流動実態調査」という紙をもらった。
少子化や過疎化に伴う利用客数の変動とかを定期的に調査していたりするのだろうか?興味深い思いで記入して提出した。
帰り便、りつりん2に乗船
行きはあおいだったが、帰りはりつりん2だ。
りつりん2の搭乗口。
りつりん2を入ってすぐの内装はステンドグラスやレッドカーペットがあり、どことなく豪華客船がある。恐らくバブルのころに建造されているので、あの時期の高級感を演出する意図があるのだろう。
りつりん2の船内は、カジュアルで柔らかい風合いのあおい船内とは異なり、荘厳で高級感が漂う。ただ結構年季の入った船のなので、
前に乗った時は土産売り場のレジが有人だった気がするが、あおい同様にセルフレジに代わっていた。
指定席はがら空きで、自由席もスカスカだったので、次回から自由席にしようと決意した。
指定席は全ての場所にコンセントが生えているのに対し、自由席は数ヶ所にしかないので、仮に場所が取れてもそこに差異がある。
しかし食堂の券売機は据え置きで、特に変わっていなかった。あおいはタッチパネル式でキャッシュレスだが、こちらは旧来の現金式券売機だ。
ロッテの自販機もあおいにはなかった気がするので、恐らくこれもりつりん2の特徴だろう。
りつりん2船内での過ごし方
まずは定番の売店で食事をとった。この売店には様々な調味料があるため、好きに味付けができる。例えばたこ焼きは出てきたときは何もついていないが、好きなだけアオサと鰹節粉とソースをかけれる。青のりでないのが少し残念なところだ。
二枚目の写真は余りにもたこ焼きの写真が綺麗だったのでついでにあげてみた。人生でこれだけたこ焼きが映えるような綺麗さで撮れることもそうそうない気がする。
救命胴衣の試着があったので着てみたりもした。これで万一海難事故にあっても大丈夫だ。瀬戸内海は船の往来が多く、島も豊富にあるので救命胴衣を着て浮いていれば助かりやすいだろう。
これは売店で見かけた面白いものだ。まず旅行に使える歯ブラシや髭剃り、ナプキンから簡易枕、タオルにブランケット、そしてAnkerのモバイルバッテリーやUSBケーブルまで、一通りのものが揃えてあった。地味にUSB Type-Aオス Type-Cオスのケーブルがあるのもありがたい。
何より驚いたのが二枚目の写真にある、やたら小さな2口USB ACアダプタだ。
人生で見た2口USB ACアダプタの中で最も小さかったうえ、安かったので買った。ネットでググって出てくるものや、大抵の店に置いてあるものはいずれもこれより厚みがあったり、幅があったりで何とも言えないものが多いと思うが、これは圧倒的に小さい。
どのくらい小さいかについては、2025年に買ってよかったものにも書いているが、実測で縦56mm、横49mm、厚み16mm程度で重さも36gしかなかった。更にコンセント部が折りたたみ式なので、カバンの中で何かに刺さったり、邪魔になることもない。出力は大きくないものの、普通に充電できるため個人的には十分実用的だ。
ひとまずさっそく使ってみることにしたが、大変便利で助かった。私はこの翌日からUSBケーブルを二本持ち歩くようになった。
他にもお土産をいろいろ調達した。どれも美味いのだが、オリーブグミとオリーブチョコはかなり美味しい。美味しすぎるあまり無限に食べてしまうので気を付けないといけない。
他にも小豆島オリーブサイダーや小豆島オリーブオイルを使ったポップコーンも買った。どちらも美味かったが、小豆島オリーブオイルのポップコーンは癖が強いので好き嫌いは分かれそうだ。
またこの手の製品はご当地と別の場所でOEM生産されてたり、外の販社が売っていることが少なくないと思うのだが、小豆島のやつは製造者や販売者が小豆島になっていることが多いのも驚きだ。
りつりん2は大変快適で期間限定の雪見だいふくやスジャータのソフトクリームもあって、至れり尽くせりである。あまりにも快適なのでこういうことをしていると寝ることを忘れてしまう。特に夜行便でやるとつらい奴だが、それも含めてとてもいいと思う。
ゴザ入れというものもあり、これは寝るときに重宝した。「お一人様1枚のご利用でお願いします」とあるが、小さすぎて一枚では使い物にならないと思う。
身長170cmの私では三枚敷くと丁度いいくらいだった。カーペットの上で直に寝るのは質感的に嫌なので、ゴザの上で寝るのは快適だった。
有料席には無料席との間を区切るためのカーテンがあり、小豆島と書かれていた。試しに閉めてみようと思ったら動かないように結束バンドで金具に結ばれていたため、閉めることはできなかった。
恐らく今よりもっと乗客が多かったころは治安が悪かったであろう無料席と有料席を区切る目的で使われていたのかもしれない。
しかしこれまでジャンボフェリーといえば個室を取ることが多かったが、今回は予約が埋まっていたこともあり、雑魚寝指定席にしたが、結果的にこれは正解だった。
何故なら、りつりん2もあおいも個室のベッドが硬く快適でなかったり、空調が劣悪だったり、エンジン音がうるさかったりして非常に微妙なのに、個室だけあって運賃だけはめっぽう高い。しかし指定席は雑魚寝スペースであるため安いし、機関室から離れているためかエンジン音も少ない。また多くの人が入る場所なので空調もまともだ。個室の空調はりつりん2だとネカフェ個室のダクト空調を弱くした感じのやつなので、かなりきつい。暑すぎて地獄。
しばらくすると綺麗な明かりが見えてきた。明石海峡大橋と明石や垂水あたりの町明かりだろう。
そこから30分ほどで神戸港に戻ってくることができた。やはり神戸の夜景は煌びやかでいい。
三宮フェリーターミナルに着岸し、神戸フェリーバスがどうやって経営されているかを妄想する
りつりん2に別れを告げ三宮行きのバスに乗る。
この神戸フェリーバスというのはバス会社の名前なのだが、驚くべきことにフェリーターミナルと最寄り駅の連絡バス以外の事業を行っている気配がちっともない。いったいどうやって経営してるんだ…。
一応かつてはフットバスの運航を一部担当していたり、観光バスや、他の路線バス事業もしていたようなのだが、今はすべて撤退しているようだ。なので恐らく今はもうフェリー連絡バスしかしていないように見えるので、どうやって経営できているかが謎なのである。
フェリー連絡バス自体は時間帯や曜日によっては混雑がひどいので89人[1]乗っていると考えると、ジャンボフェリーとの連絡バスは運賃が230円なので満員なら一運行当たり20,470円の収入になる。往復8便あるため、全便満員なら単純計算で327,520円になる。但し満員になるのは週末の夜行便くらいなので、実入りはこの半分もないだろう。
ジャンボフェリーの隣の突堤にやってくる宮崎カーフェリーも神戸フェリーバスが担当で、往復4便あるそうなので同じく満員であれば163,760円の売り上げが期待できる。
仮にどちらも一日の売り上げが半分とした場合、245,640円が三宮エリアの売り上げとなるので、ギリギリなんとかなるくらいだろうか?
フェリーの運航時間の関係で営業時間が長いため、運転手が二交代だとすると二人分の日当と、会社の維持費などの経費を払っても何とか成り立ちそうだとは思った。とはいえ、平日にそこまで連絡バスの利用客がいるとは思えないので、現実はもっと厳しい可能性はあると思う。
とはいえ、バスを新車にして交通ICが使えるまでにしているので、一応利益は出ているのだと思う。確か前のバスは現金しか使えなかった。
しかし写真を見てみると89人は乗れなさそうな気もした。
三宮フェリーターミナル名物、小豆島貨物運輸
これは三宮フェリーターミナルに行くとよく見かけるトラックで、荷台側面に父母子の3人のカエルが描かれているトラックが特徴的な小豆島の陸運会社のトラックだ。荷台後部のエンジェルロードや小豆島の文字も小豆島間がすごくあって私は好きだ。つい目で追ってしまう。
背面に景勝地の写真を描いた物については小豆島の観光PRの一環としてやっているらしく、色々いな種類があるらしい。
小豆島貨物運輸株式会社は離島の陸運企業なのに鉄道コンテナを運べるトラックや、海上コンテナ輸送用トレーラー、ラフタークレーン、ショベルカーなども持っていて、保有設備が面白い会社でもある。
小豆島の陸運業者としては他にも有限会社丸島運送店というところがあり、こちらも大型トラックを多数保有している。恐らくジャンボフェリーのような貨客混載船が頻繁に寄港する上に、小豆島そうめんや、カドヤのごま油のように島外に輸出できる品物があることや、人口も2.5万人ほどおり、そこそこ規模のある島であり、なおかつ地続きでなく、大手陸運業者が入ってくる余地が少ないことから、このような物流業が発達したのだろう。
あとがき
小豆島貨物運輸を見て淡路島にもあるのかな思って調べてみた結果
何となく同じ瀬戸内に浮かぶ淡路島にもこういう独自の陸運業者はあるのかな?と思って調べたところ、淡路共正陸運株式会社や株式会社丸番荷役運輸という会社があることを知れた。
AKCと書かれたトラックは三宮でしばしば見かけるが、これは淡路共正陸運株式会社のロゴらしく、まさか淡路島の会社だとは思ってもみなかったので驚いた。株式会社丸番荷役運輸も事業内容にあったボルボの特徴的なロゴのトラックを見たことがある気がするが、たぶん会社名の部分はすり替え可能だと思うので確信は持てない。デコトラをメインに使っているようで面白い会社だと思った。
あとがきの本体
あとがきの本体とは…という感じだが、淡路島の業者の話を本筋に入れるわけにはいかない関係であとがきが二段構成になってしまったという。まぁあとがきというのは自由でいいと思う。キノの旅のあとがきも「まえがき」とか「うらがき」とか「あとがきのあとがき」とか色々あった気がするし、なんか本の真ん中あたりに出てくるのもあった気がする。つまりあとがきの本体があっても別に構いはしないというわけだ。
さて今回は修理に出した旅だったが、次は修理の回収と、今回買うことができなかった茶托を求めて2025年11月28日にもう一度香川に渡る旅を行う。そちらでは取引だけでなく、今まで時間の都合で難しかった観光も取り入れているので、後日そのことについても書いていきたいと思う。ただこの記事を書くのに7日かかっているし、そもそも3月25日に記事の枠を作って放置していたほどなので、観光要素が加わり、この記事より執筆量が増える可能性がありそうな次の記事がいつ出せるかは全くの未知数だが、まぁ程々にやっていきたいと思う。
時間がかかるところについては、基本的に枝葉を伸ばしまくりながら書いていくスタイルなので仕方ないところがある。私はその時思ったこと、感じたことを出来るだけ高い解像度ですべてログに残したいのだ。何故なら後から見たときに鮮明に思い出したいからね!
あとまだ去年の佐賀旅行3回セットとかも書きたいところがあったりするので、全て書き終えるころにはいつになっていることやらという感じである。