お知らせ

現在サイトのリニューアル作業中のため、全体的にページの表示が乱れています。

ここ1年くらいのことだと思うが、さくらのレンタルサーバーを利用しているサイトで以下のようなエラーが出てくることが目立つようになった。

さくらのレンタルサーバーでよく見るHTTP誘導のエラー画面

「以下HTTPのURLにアクセスすることで~」と書かれているが、恐らく踏んでも意味がない。何故なら勝手にhttpsとして解釈されるためだ。少なくともChromeやEdgeはそのような挙動をする。

この場合ブラウザのURL欄をhttpsからhttpに直接書き換えてやればアクセスできるのだが、そんなことをする人間はオタクを除き、まずいないだろう。

またそこまでしてもアクセスできない場合がある。それはフレームサイトの場合だ。<frameset>が使われているサイトの場合、モバイルブラウザで開けない可能性がある。少なくともAndroid Edgeでは開けないし、このツイートに関する一連の流れを見ていて、恐らく一般的にはそうなのではないか?と感じたからだ。

HTMLの後方互換性は長らく謳われていたと記憶しているが、そろそろIEの存在のように、葬り去られる時が近づいているのかもしれない。そもそもhttpsでないサイトは危険で、フィッシング詐欺などの被害にあったり、個人情報の漏洩に繋がるとされており、こういったサイトは認められない風潮があるので、ある程度は仕方がないのかもしれない。

どうも、最近ブログネタが溜まっているのに更新が追い付いていない管理人ですが、今回はYAPC::Hiroshima 2024というカンファレンスイベントに参加してきたので、その感想について書いてみる。

因みにこういう大規模なイベントに参加するのは今回が初めてだ。

YAPC::Hiroshima 2024とは?

まずこのイベントが何なのかについてだが、公式サイトによれば以下のように案内されている。一言で言えば広島で「お好み」について話すイベントと言えるだろう。Perlであっても、なくてもどっちでもいい感じ。

YAPCはYet Another Perl Conferenceの略で、Perlを軸としたITに関わる全ての人のためのカンファレンスです。 Perlだけにとどまらない技術者たちが、好きな技術の話をし交流するカンファレンスで、技術者であれば誰でも楽しめるお祭りです!
今回のYAPC::Hiroshima 2024は「what you like」がテーマです。職種、ロール、プログラミング言語、技術要素... あなたのさまざまな「お好み」を語ってみてください。

登壇者は錚々たる面々であり、なんととほほのWWW入門で有名な杜甫々氏も来られているという、かなり凄い内容だった。ある程度の年齢層の方であれば、とほほのWWW入門にお世話になった方も少なくないのだろうか?私もその一人なので、来る目的の半分くらいはこれだった。

参加の経緯

ここ最近私は技術関係のアウトプット先を増やそうと悶々としており、社内外を問わず色々と顔を広げていく活動をしていた。

社内であれば大勢が集まる雑談チャンネルで話を持ち掛けたり、チーム内で話ができる場を設けたり、社外であれば、それっぽいDiscordチャンネルに入ったり、Slackを探したり、果てはジモティで話し相手が見つからないか探してみたり、手当たり次第に探していたところに三宮.devというコミュニティを発見したのだ。そしてここでYAPC::Hiroshima 2024に参加する人はいませんか?という話がされており、そこでこのイベントに出会った。とにかく飢えていた私は参加を決めた。

行程

当日新神戸から広島へ新幹線で向かい、その日のうちに帰る弾丸スケジュールにした。

本当は前日に入り、翌日に帰ることを考えていたのだが、実は参加を決めた時点では骨折しており、根本的に行けるかどうかが見通せず、ホテルを取れずにいたため「行けたら行く」でスケジュールした結果、こうなってしまったという悲しい話がある。

結果的に骨折は良くなったのだが、その頃には連休のためホテルが抑えられなくなっていたのと、歩けるようになっただけであって、完治したわけではなかったので無理をしない方向に倒した。ビビりだと思う。かつて高熱を出しても命を削りMMOをプレイしていた人間とは思えないビビり方だ。

因みに早起きが苦手なので12時に広島入りするという大遅刻計画となった(開場は9:45)

イベント参加

まず受付に入り、名札に自分の名前とお好みを書いた。テストコードを書くことや、PerlということでCGIがあった時代と絡めて「昔のインターネット」や「個人HP」について書いてみた。

YAPC-Hiroshima.jpg

最初の登壇を聞きに行った。到着時間の関係で既に始まっていたのと、この為に買ったマシンのセットアップが不十分でセットアップをしていたらほとんど何も聞けていなかった。

その登壇が終わったら昼食だったのだが、端末を鞄に戻すのに手間取り机のある席が取れず、椅子しかない席で気合で食べる羽目になった。仕出し弁当が用意されていて、なかなか美味しかった。飲み物を買ってき忘れる体たらくだったが、幸いここで補給できたので助かった。(昼あるし、なんか出るだろうと過信してやってきたのが当たった形だ)

GF8rBq-aAAAFD6U.jpg
GF8rBs0akAAxT4I.jpg
GF8rBrSbIAAhj4E.jpg

登壇傍聴

昼食を終え、実際の傍聴を始めることにした。以下は聞いて思ったことを書いているだけなので、実際の発表内容とはそんな関係がない。

Blogを作り、育み、慈しむ - Blog Hacks 2024

まずはSongmu氏の「Blogを作り、育み、慈しむ - Blog Hacks 2024」を傍聴することにしたが、私もブログを書いているのでこれは非常に共感できるものがあった。それとオタク特有の早口の良さというのも共感できる要素だった。

私もこのブログというかサイトはHTML手書き時代から数えれば2002年からやっているわけで今年で22年になるが、何故そこまで続けられるのかと聞かれれば、それは「ブログを書くこと(サイトを作り続けること)が好きだから」だ。ブログというか個人サイトいうのは一国一城である。執筆者や管理人はそこの主で、文字通り何でもできる。これはすごく楽しいと思う。私はそれが好きだから続けられている。

それにWeb技術者として見た場合、ブログを始めとした自分のサイトを持つというのはHTMLセマンティクスやアクセシビリティ、SEO、通信プロトコルやLinuxなど、様々な観点の勉強にもなる。サイトを作るというその行為そのものが技術経験になりえるのだ。ブログシステム、CMSを作るという領域まで行けば、それはもう立派なプログラマーだと思う。変なプログラミングスクールなどに通う必要など全くない。それ自体をポートフォリオとして出すことさえ可能だ。

自分の好きを語れる場としてのブログ、別にブログである必要もなく、個人サイトでもいいのだが、これを持つというのは一つのアイデンティティを持つことにも繋がり非常に良いと思うので、興味がある人には是非やってほしいと思う。

特に「Webをやりたいのですが、何を学べばいいですか?」というような人には大変お勧めできると思う。どっかのフリマアプリのクローンを作ってポートフォリオというよりは採用担当にも響くだろう。

しかし凄いのは900記事以上も古くから積み上げた記事があるという点だった。私はサイト移転を数えきれないほど繰り返してきており、その都度過去のコンテンツが失われているという悲しい状態なので、今後は保持していけるようにしたいと思っているし、正直ブログの破壊的変更を伴わないようにしたいと考えている。

実際、直近でははてなダイアリー>WordPress>adiaryで記事の移行をしているが、この三回の移行では全記事の移行に成功している(記事の数が少ないからできたことではあるが…)

記憶が確かなら、中学のころから今までに書いた記事の総量は1,000を優に超えるはずである。何故なら昔の私は毎日しょうもないことを書いていたからだ。MMORPGをしていた時は毎日の成果を書いていたものだし、色々な妄想を書いたりもしていた。ブログのほかにもMMOサービス側に設置されていたOpenSNS的な奴にもよく書いていた。そういったSNSやmixi、Qiitaなどの傍系も含めれば5,000記事ほど書いていてもあまり不思議ではないが、いずれも現存しないため確認はできない。

今でもブログを書くペースよりネタが増えるペースのほうが早いので多分今後も変わらず増え続けるとは思うのだが、年々ペースが落ちている感は否めない(やることが増えて書く暇が減っている)。とはいえ、Twitteから距離を置いてからは書く量が目に見えて増えているので、これはブロガー的にはいい傾向だろう。

この事についてSongmu氏と懇親会で熱く語れればよかったのだが、当日の私はそこまで頭が回っていなかったのが悔やまれる。

非同期な開発体制を支えるドキュメント文化

次にこんぼい氏の「非同期な開発体制を支えるドキュメント文化」を聞きに行った。いや会議室を変えていないので、そのまま居座っていただけだが。

この議題についてはかなり興味があり、というのも仕事ではドキュメントの整備状況が悪く、声をかけても実装が優先で書いている暇がないというのが実情としてあった。正直私も書くようにはしてるのだが、後手になっている感じは否めない。

聞いていて思ったのは全てのやり取りをドキュメントベースにすれば実現できるのではないか?ということだ。同期コミュニケーションをすべてやめて、ありとあらゆるコミュニケーション手段をドキュメントベースにするということだ。こうすればドキュメントから仕事が生まれるので、ドキュメントがないとか、古いというのは起きないように感じる。

ドキュメントに関する不明点はどう聞くのか?という部分については、もうそれは従業員のメンタルモデルをバキバキに鍛えていくという方向になる気がするので、どこまで実現性があるのかは判らないが、一つの手法としてありだなというのは感じた。

この内容を何とか実業務に生かしていけないかも考えていきたいところだ。

好きな技術《コト》で、生きていく技術

その次はaereal氏の「好きな技術《コト》で、生きていく技術」を拝聴することにした。相変わらず会議室を動いていないが、恐らくこれは私のお好みが、偶々この会議室に集中していたということなのだろう。

内容的には自分の好きな技術をどうやって仕事で使っていくかという部分と、その難しさについての内容だったと思う。これは私も実業務で引っかかることがよくあり、どうすればメンバーが使いたい技術を業務で使わせてあげることができるかという点についてはよく考える。

まぁぶっちゃけた話無理だと思っている。例えばメガバンクのシステム開発をしているとして言語やフレームワークのCanaryやNightylyの新機能を使いたい!と言われてもそんなものは許せない。勿論、それで不具合が出来ないことを立証できれば可能とは言えなくはないが、現実的に不可能だ。何ならその機能は将来的に破壊されたり、削除される可能性もある。その後のことを考えれば無理無理の無理だ。

とはいえ、メンバーは使いたいのだ。私からは無理としか言えないが、無理しか言わないと「この人に話しても埒が明かない、レガシーは嫌だ!モダンがいい!」と思われてしまう。その対策を考えたかったので、このトークを聞きたかったのだ。

結論から言うと「自分が選べる立場になる(CTOとか)」や「個人開発で使う」ということだった。前者については非常に納得できる内容で、私は正直そのためだけにその立場につく努力をしているといっても過言ではない。

私にも使いたい技術や手法はある。それは「システムを楽に安全に保守できる技術」だ。要するに古く枯れた技術とか、テスト容易性に長けた実装手法などだ。しかしこんなのは面白みがまるでない。特にテストなんて誰も書きたくないし、テスト容易性が高い実装は疎結合で何を書いているかが分りづらいのだ。テストがドキュメントになるといわれても、そんなことより動けばいいのである。

何故それがやりたいかというと、私は職務経験上炎上案件に多く入っており、残業地獄を経験してきていたり、実稼働しているシステムでクソのようなバグを多々踏み抜いてきており、こういうのを避けたいからだ。現職でも時間外対応をしているのを見るとウッとなってしまう。

勿論、私の提案によってそれらが全て解決するかといえば、そんな保証はないし、一個も解決しないどころかより悪くなる可能性だってなくはない。私もやってみないとわからない。ただ個人的な経験や世間を眺めていると、少なからずマシになるのではないかという期待はある。

そういうので私はある程度その辺りを良しなにできる立場まではやってきたものの、次に立ちはだかる壁として出てきたのがメンバーの希望をどこまで採用するかだ。これはメンバーのモチベーション低下や、新規採用にも影響する可能性があり、判断が難しい。しかし事業として見た場合、安定して動いているシステムが求められるのは間違いないと考えている。

そこで後者の個人開発といいたいところなのだが、仕事でやっているだけの人には響きづらいし、個人でやったからこそ仕事にも持ち込んで実績にしたいという人もいると思うのが難しいところだ。とはいえ個人開発の実績はよほどの規模のものでない限り知れており、エンタープライズ開発では無意味なことも多いと思う。例えば個人開発で実験的な機能を使って動いていても、それがエンタープライズでも同様にいくとは限らない。

ここ本当に難しいと思っていて、どうしていけばいいのか悩むところだが、正直なんかいい感じで妥協しつつやっていくしかないのだと思う。何に対しても言えることだが、世の中には銀の弾丸であったり、正解というものはないのだ。

強いて言えば事業として見た場合は最小限のコストで、最速のスピードで、最大限の売り上げを出せるシステムを作れることが正義であり、自分がやりたいことをやるという部分とはどうしても乖離していくので、その辺りをなんか上手いことできるのが最良だとは思う。

それをするためには常日頃から様々な経験を積み、手札を増やし、できる限り多くの選択肢を取れるようにしておけることが大切であると、聞いていてそう感じた。これは開発もそうだが、開発以外もそうだと思う。

手札が多ければ選択肢が増やせるので、AがダメでもBがやれるし、最悪Cでもいい、どれかやれればいいという状況が作れる(いわゆる松竹梅というやつだ)。メンバーは他人なのでどうにもならないが、少なくとも自分だけはそういう状態であれればいいのではないかと思う。

古い技術について—SMTP現代事情つまみ食い—

最後にazumakuniyuki氏の「古い技術について—SMTP現代事情つまみ食い—」を聞くことにした。

これは先日Value-DomainのドメインをさくらのレンタルサーバーのメールでSPF, DKIM, DMARC対応させた私にとっては興味深かったからだ。

まず登壇者が関西弁だったので親近感が凄く湧いた。何故なら私は神戸に住んでいるからだ。

今まで何となく使っていたSPFやDKIM、DMARCなどの仕組みが分かったのは非常に参考になったし、今までSPFがあったのに何でいきなりDKIMやDMARKが出てきたのかについてもよく分かり、非常に良かった。

早速DMARKのpnoneからrejectに変更することにした。レポート設定などの他の部分も今後設定していきたいと思う。

またBIMIやARCといったRFCになっていない規則もあるということで、新しい情報を入手する機会になったのもよかった。

ライトニングトーク

アフタートークみたいなやつ?登壇者による話題指定のLTが行われていた。これも面白かった。ただおじさんの自語りみたいな感じだったので若い人にどれほど通用するのかは若干怪しかった。概して年配者の話というのは年少者にとっては老害トークだと思っているが、耳を傾けてくれた人がいるのであれば、それはいいことだと思う。本当は相手の年齢とか情報の新旧とか、そういった部分なしに話が聞けるのが一番だとは思うが、まぁこの話を書いている私自身がおじさんなので何とも言い難いところである。

情報収集の手段

シニアクラスになってくると、まぁみんな似たり寄ったりで、私もそんな感じなので共感する部分が多かった。特にRSSを読むという部分については私もやっていて、個人的なオススメはTinyTinyRSSだ。サーバー設置型のRSSリーダーで、PCとスマホアプリで既読状態などを同期しながら読めるスグレモノだ。さくらのレンタルサーバーに建てる方法については以前記事にしたこともあるので興味のある人は参考にしてみてほしい。前述の内容はオンプレ向けだが、確かクラウド環境向けにDockerを利用したデプロイもできたと思う。

TinyTinyRSSはカスタマイズ性が高く、正規表現によるフィルターも備えているので広告記事とかを柔軟に弾くこともでき、正規表現の勉強にもなるのでオススメだ。複数ユーザーを作成して共有したりすることもできるので、任意のグループの中で共有するといったこともできるだろう。

オンライン

コロナ化などでリモートワークやイベントのオンライン化が盛んになったが、参加している感がなかったり、同時視聴があったり、盛り上がりを出すのが難しいとか、中には演出でよくわからないことをしたというような話もあった気がする。またオンラインが長かったことの弊害で、スライドの文字が小さくなったり、下に書き込みすぎて、現実世界だと後ろの人が見れなくなるという弊害も出てたとかあって面白かった。個人的にはオフラインとオンライン両方のデュアルだとよいと思う。オンラインでは話せないこともはやっぱあると思うので…w

35歳定年説

最近の人はあまり知らないらしいが、昔はよく言われていた話だ。コードを書かない誘惑が増えたり、マネジメントで書かなくなるといった話。実際仕事をしていても「コードを書かなくなった」という声はよく聞くし、私も書かなくなったと思う。

個人的には前職でテックリードの地位に就いて以来、MTGや調整ごとをする機会が爆発的に増えた。転職して現職に来て一旦はただのメンバーになったが、改善活動をしているうちに似たような感じになってきている。但し前職でも現職でもコード自体は書いており、恐らく打ち込んだコードの数だけで言えば前々職以前でSESのプログラマーをしていた頃と謙遜ないどころか、増えている可能性さえある。ただ、意識していないと書かなくなってしまうので、その辺りを上手くしようと日々何とかしている。

生成AI

AIが推論して書いてる間に自分で書けるという話が面白かった。また、コードを書くという体験が失われるというのは一つ面白い観点だと思った。書く時間がない人が時短で書くとかそういうのには向くとか、ChatGPTを壁打ち相手として使うのはいい案だと思った。私もChatGPTを一時期壁打ち相手として使っていたのだが、結局生身の人間と話したほうがいいなと思えてきたので最近はやっていない。AIは次第にやり取りが破綻するのと「ガイドライン上話せない」とか言い出すからだ。Jailbreakさせるとある程度話すようになるにはなるのを個人的には知っているのだが、この状態になると会話が破綻しがちでイマイチよくない(AIの認知に関して変な副作用があるのだと思う)

コミュニティ

まさに私がここに来た理由だった。人との繋がりを作るのは大切なことで、上手いこと人を巻き込んでいける人になれるとよいのだと思う。

そして最初は誰しも最初は一人、ぼっちだが、そこからこういった場を使って、繋がりを増やしていく、自分をアピールできるようにしていく。

例えば名札にSNSのアイコンを貼る、QRを付けるとか、私はこの人ですとアピールできるようにしていくとか、その上で日々「何とかの人」として認知されるようにしていくと、徐々にぼっちから抜け出せていくというのがあった。

また過去にはブログを作っただけで声をかけられたという事例もあるようで、ブログを書いたり、今ならツイートをしていくというのも一定の効果があるという話を聞いた。何なら私もそれを目的として今この記事を書いている節があるくらいだ。

SNSアイコンシールみたいなのは個人的にも検討していきたい。いやまぁTwitterそんなに書いてないのがあれだが、私の場合は自分のサイトに誘導するのでも良さそうだ。

キーノート

これは杜甫々氏のトークだった。杜甫々氏は広島在住である。サイトにも書いてあるので、杜甫々氏のファンであればご存じだろう。

内容的には、あのサイトの成り立ちや、杜甫々氏の経歴などであり、これはは非常に聞いていて面白かった。まさに伝説というか、伝説だった。

メモリが5KBしかない世界でどうやって処理をするか、メモリがオーバーフローするとどうなるかみたいな、興味深いお話が多々聞けた。バンク処理辺りはファミリコンピューターでよく使われていた処理そのもので面白かった。PC98については私も幼いころに使っていたので懐かしい気持ちになった。

後何より響いたのは、残業規制がなく、何もかもが自由だったころの時代の話だ。先輩と自分でどっちが実装を担当するかで喧嘩したというのもよかったし、全体的に非常に良かった。

正直この話を聞きに来たようなもんである。余りに良すぎて、これはもう一生モノの経験である。

また杜甫々氏のインターネット歴は1988年からで36年にもなり、インターネット老人会の会長を目指されているとのことで、私より遥かに大々先輩であられた。

実務的な部分についても、言語やフレームワークなどのEoLが短いという話があり、これはかなり納得した。ぶっちゃけAWSやGitHubでさえNode.jsのあの短すぎるリリースサイクルにまともに追従できてないように見えるので、実際問題短いと感じているし、昨今のフレームワークと言語とライブラリの複合技は全てのEoL内にバージョン整合を取るというのが個人的にかなり難しいと感じており、何とか見直せないかは検討していきたいところだ。

懇親会

YAPCのメインイベントと呼ばれることもある部分らしい?多分大抵のイベントにある参加者同士の懇親会だ。

初参加ということもあり、ぼっちムーヴを極めすぎた結果、登壇者と話せなかったのが残念だったが、何名の方とはお話をさせて頂くことができ、今後も継続的にこのような会に参加することへの意義や、自分が登壇することでぼっちを回避できるなどといった様々な利点を聞くことができたので、有意義なものとなった。

特に大井町pmの方からかなり強く背中を押してもらえたのもあり、今後精力的に活動していきたいと感じた。幸い行きの新幹線の中でLTネタを考えていたら無駄に出てきたし、普段からブログネタを作っては書かずに腐らせているので、考えれば話すネタ自体はたくさんある(普通の話も真面目な話も不真面目な話も闇の話も何でも)

問題としてはLTになれていない部分があるので、プレゼン資料の作成や実際の話とかがへたくそなところだろう、この辺りは実務でも役に立つと思うので場数を踏んで鍛えていきたいところだ。

あとがき

まず参加してみて色々身になったというのと、このイベントに参加する前に参加したDevFest: Kobe Developer Dayである程度懇親会の動きを学べていたので、それなりに動けたのは良かったと思う。

反省点としては、余り人に話しかけられず、特に登壇者と一切話せてなかったので、ここは次回改善したい(一体何のために懇親会に参加したのか…。ちなみに前回は登壇者がぼっちだったので話しかけられたというオチがある。)

またLTに関しても以前blessing software KOBEのLT会でやったこと自体はあるので、慣れておくために継続的にやっていき、次回は何か出せるようになりたいところだ。

まずはやってみる、次に続けてみる、続けるというのは三日坊主を連続してるだけでもある種の継続だと思うので、これもやっていきたい。

かつて人生を賭してまでやっていたMMORPGからはもう離れてしまい、続けられなくなってしまっているが、幸いこのサイトだけはずっと続いている。移転でコンテンツが消えてたりしていて、最早残っているコンテンツはカウンターの数字くらいだが、それでも脈々と続けられているので、これからは過去を捨てずに続けていくというのをやっていきたい。個人サイトはその人の顔、外観のイケてなさなど全部ひっくるめて、その人自身であるということも聞いたので、今後とも私の顔として成熟させていければと思う。私が私であり、渡したり得るのはきっとこのサイトがあるからなのだ*3

因みに私のインターネット歴は1995年からなので今年で29年になり、インターネット老人会の会員を勝手に自称している。

今のインターネットは大きくなりすぎた、私は最近よくそう思うようになった。対して昔のインターネットは狭かった。Webサイト、いやホームページというのは数も知れていて、その界隈の大手HP、著名人というのは手が届く存在だった。BBSなどで草根の交流も盛んで、こじんまりとしたオフ会というのもまま開かれていたと思う。

しかし今は大きくなりすぎた。もはや個人サイトというのは大半がよくわからないアフィリエイトブログだ。掲示板なんてものも息をしているのはそうそう見つからない。化石のようなサイトでいまだに常連がいるようなところもあるにはあるものの、そんなのはごく一握りだ。大抵のサイトは消滅し、SNSに潜ったり、ネットから消えたり、果ては中の人が天寿を全うしている例さえある。

SNSでは日々センシティブな話がやり取りされており、激論が繰り広げられ、炎上したり、しなかったりする。炎上してしまえば直ちに個人や零細企業は社会的信用を失ってしまい、おしまいだ。個人レベルで見ればすべてのアカウントを切り捨てて転生するとかいうのもある。かくいう私も幾度なく転生をしてきた人物の一人だ。但しそれは結構昔の話であり、今でいう炎上ではなかった。

私は古きインターネットがよかった。私ももう、いわゆる老害というやつなのだろう、すっかり懐古厨になってしまった。全盛期のROやECOを懐かしみ、今の流行には目もむけなくなった。立派な老人だ。

昔のインターネットはネチケットに問題があれば先輩者から指摘を受けたり、灸を据えられたり、今でいえば人権侵害ともいえることが横行していた。しかし、私はあれがよかったと思う。だからこそインターネットには秩序があった。便所の落書きと言われた2chでさえ、半年ROMってろという言葉があったほどだ。

それが今はどうだろうか?下手に指摘指摘すれば何が起きるかわからない。もはやインターネットにかつてあった秩序はない。意味不明な忖度と、それを破る無法者のような、よくわからない世界が広がっているように私は思う。時代遅れと言われればそれまでだが…。

私は最近物足りないと感じることが増えた。刺激がないからだ。かつては刺激があった。そう、私はMMORPGを満喫していたからだ。当時のMMOは今のものとは違い、毎日出会いがあった。今のMMOには出会いがないと思う。例えばROであれば臨時があった。臨時では一時間ないし、数時間毎回違う面々と顔を合わせ、ダンジョンをその時々のスタイルで攻略していた。やっていることは同じでも、定型作業はあまりなかったと思う。とてもアナログで楽しかった記憶がある。そこに効率なんて言葉はあんまりなかった。非効率でもよかった。だって楽しいから。同じダンジョンに行くだけでもV騎士が前衛をすることがあれば、ぷち強い武器でタゲをとること以外何もできず、あまつさえはPTを壊滅させるような弱いAGI職もいた。それでよかったのだ。最後はみんな笑って済ませていたから。

私はそんな稚拙でしょうもない世界が好きだった。しかし世の中は変わってしまった。もうそのような世界はどこにもないし、あってももう私は見ることができないのだろう。何故なら私は社会人になってしまったからだ。

かつてMMOを楽しんでいた当時、私は授業中寝ている学生だったり、フリーターだったり、ニートだったり、或いはネトゲに没頭し、仕事をまともにしないダメ社会人だった。しかし今の私はもうそれをやめてしまった。切欠はMMOの過疎化やサ終にある。それに伴い、私は徐々にMMOから離れていった。代替となるタイトルも探したが、ROやECOのようなものはどこにも見つけることができなかった。かつてのRO民やECO民が今どうしているのか、私は全く知らない。きっと現実に帰ったり、FF14やVRCをしていたりするのだろう。でもきっとあの頃の充実感がある人はいないのではないだろうか?

FF14にはROやECOにあった臨時や野良の概念は薄い。CFでコミュニケーションが生まれることなどないし、ROやECOのように募集を見て知り合いが来るといったイベントは仕組み上あり得ない。募集であれば多少その要素はあるが、根本的にチャットをするようなゲームではないので、そのあたりに期待はしづらい。つまりFF14は不特定多数と同期的にゲームができるだけのゲームということだ。少なくとも私にとってはそうだった。

それでもFCに入れば、固定のメンツではあるもののある程度コミュニケーションは取れていた。しかしFF14の別名「絆オンライン」という名前からして、そういうのは長続きしなかった。FF14は不正防止や平等性などの観点から様々な制約が課せられており、またコンテンツによっては非常にストレスフルになっており、失敗が許されないとか、面倒ごとが起きると仲間割れが起きたり険悪な雰囲気になりやすいといった特徴がある。

例に漏れずFCは高難易度コンテンツで何かトラブルが起き、空中分解した。私もFCの空気の悪化があり、長くいたFCになじめずにいた。これはFCで固定を作るときに私の知らないところで話が進んでいて、何故かハブられていたというのと、時折FC固定に入れないなんて寂しいねと煽られていたような気がしていたからだ。因みに私はこの時別の固定に入っていたので彼らが何を言いたいのか理解できず頭痛の種の一つになっていたが、最終的にFCに加入し続けるものの、関わらないほうに倒した。FCでは時折内紛が起きており、見ていて疲れたのもある。

そして私の入っていた固定も毎日無断で遅刻してくる上に、予習をしない上に、愚痴を言い散らかす人物がおり、リーダーとその周辺メンバー以外からは少し煙たがられていた。野良より進みが悪く、やっていても楽しくなかったので私はここでFF14から手を引くことを決意した。既にこの時に私にとってのFF14は義務だったのである。楽しいからやるというより義務感でやっていた。

FF14も最初のころは楽しかったのだ。わだかまりもなく、IDもCFではなく気の知れたフレンドや、街で知り合った人と行けていた。しかしそういうのは徐々にできなくなっていった。音楽性の違いというやつである。これはROやECOではまず起きなかったすれ違いだった。

そう、FF14は成熟しすぎていたのだ。稚拙さはなかったし、プレイしている学生もやたら意識が高い。いわばスポーツである。ルールを守ってプレイできているうちは楽しいが、やる気がない奴が着たら楽しくなくなる。昔のMMOにやる気なんてものはほぼなかった。全員やる気に満ち溢れていたし、役立たずといわれる人はまず滅多に見かけなかったからだ。それほどまでに熱量の高いコミュニティだった。ある意味全員やる気があり、やる気がなかったといえるかもしれない。

おそらく私がネットに求めてることは、かつてのインターネットにあったような稚拙さ、意識の低さなのだと思う。今は心理的安全という言葉が流行っているが、昔はそんなものがなかった。各々が好きなことを言い合い、それで成り立っていたからだ。今はそうではない。何を言っていいかは決まっていて、そのルールに沿う必要がある。常に正解があり、それ以外は不正解ともいえる。不正解は悪で、排除しないといけない、そんな風潮があると思う。多分SDGsとか基本的人権や普遍的価値観とやらのせいだと思う。

そういう事を考えていると私は昔のインターネットが懐かしくなる。いろいろ考えることなく、素直に自分の意見が発信できて、それに対して何かしらの反応があった世界。狭いインターネットだ。今は広くなりすぎた。広くなりすぎるとルールが生まれるし、個人の発言なんて炎上目当てで言ったことか、よほど有識者以外は何を言ったところで返事は期待できない。

ROやECOで出会った人々、ギルドやリングの人、相方たちは今何をしているのだろうか?きっと幸せに過ごしているのだろう。FF14でも相方を作ったが結局上手くいかなかった。残念だ。人生で私に相方ができることはもうないだろう。ROで最後に作った相方とは一昨年オフで会う機会があったが、彼はもう私の知らない人になっていた。一番最初の相方の名前はもう思い出すことすらできない。せめてスクリーンショットが残っていればと思うのだが、ROとECOのスクショは色々あってECOをやめたときに消してしまったので思い出す材料さえない。

しかし、ふと思い出す面々もいる。秋田県の彼は映画監督になれただろうか?結婚し基本情報対策に熱を入れたたという、よく炭鉱についてくれた彼はどうしているだろうか?博麗神社が好きで、HDDにMP3を詰めて送ってくれた横浜の彼は今どうしているだろうか?誘っても誘ってもボス狩りに興味を持ってくれず、偶の誘いに乗ってくれた彼女は今どうしているだろう?いつも私についてくれて私のわがままを聞いてくれて、私を振り回してくれたあの子はどうしてるだろう。Zodiacのみんなはどうしているだろう?

他にも、もはや知ることはできない人たちは多くいる。きっと今会ってもお互い理解できないことも多いのだろう。

私のサイトのオエビで絵をかいてくれたあの人は、三重県で暮らす鉄道好きな名古屋なあの人は、チョロQ研究所で出会ったアキバンさんや、ドーモ君やTQMF氏、その他の人たちは、いったい今どこで何をしているのだろう。きっと会ってももう話すこともないのだろうけど、彼らと出会ったような古く狭いインターネットが、また欲しい、私はそう思ったのだ。

インターネットが特別な場所だった時代、何もかもがキラキラしていたあの時代、初めてプロンテラに降り立った時の感動、パッチのイベンターとして活躍した日々、歴代の相方とボス狩りをした記憶、レンタカー屋に聖斧を精錬してもらったあの日、アップタウンに入れた時の感動、頑張ってゴールドサインをとった時の感動、全部よかった。

インターネットはあまりにも大きくなりすぎた。もうあの頃のような楽しさや出会いが生まれることはないのだろう。検索すれば検索したものが出てきて、有識者がまともな解説文を書いていたり、サイトごとに個性があったあの時代、何もかもすべてが新鮮で、毎日が輝いていた古く狭いインターネットが懐かしい。

筆記具調理具と続いた、この変革シリーズも第三弾になった。今回はGoogleからMicrosoftへという内容だ。因みに変革シリーズというのは記事のタグに変革と入れているところから名付けている。

私は長らくGoogle IMEとGoogle Chromeのユーザーであったが、これをMS-IMEとMicrosoft Edgeに変更したという内容だ。これもまた、レガシーへの回帰の一環といえるだろう。

まず何故変えようと思ったかだが、最大の契機はChromeのアップデートで使えない機能が毎回増えていく中、ある時UIが大改編されたことだ。

ブックマークバーやメニューの一項目が以前より巨大化し、この時かなり萎えて使う気がなくなってしまった(119.0.6045.160なら再現すると思う)。そして、これを機にIMEとブラウザをMSに戻そうと思ったのである。Edgeの方がまともだという根拠はなかったが、使ってみたところまともだったので良かった。

Edgeについて個人的に良いと感じたところは間違えてウィンドウを閉じてしまったときに、閉じたウィンドウを復元する機能があることだ。知りうる限りChromeにこの機能はない。他にもUIがChromeよりスマートで、タブを表示する部分に余計な物が出てこないことや、各種登録フォームで氏名が分割された入力欄にオートコンプリートがちゃんと入ることも評価している。

またカスタマイズ出来る項目が多く自分の手に馴染む内容にできることや、開いてるタブ一覧も垂直タブで見やすくできる部分は気に入っている。左に出て来たり、本来のタブバーが消えるのは気に入ってないが、これも{Ctrl} + {Shift} + {,}で切り替えられるので特に問題視してはいない。

Webサイトを右クリックしたときのメニューがやたら多い部分やお気に入りバーを展開したときの文字サイズがやたら大きい部分、ダウンロードのポップアップが若干扱いづらい部分は不満があるが、慣れれば気にならなくなると思うので許容範囲だ。

因みにスマートフォン(Android)のブラウザもChromeからEdgeに変更しているが、Secretモードと通常モードがタブになっていて見やすいことや、タブの一覧性の良さが気に入っている。メニューのカスタマイズもできるしお気に入りも見易い位置に置けるのはありがたい(Android Chromeのあれは存在を忘れてしまいがちだ…)。そのほかにスピードダイアルを編集できるのもすごくいいし、セキュリティが強固で、クレジットカードのオートコンプリートが3段階認証になっているのも好感が持てる。無駄な買い物をする前に思いとどまるチャンスが増やせるのはいい事だ。

基本的に私はGoogleを信頼していないので、Microsoftに移せる場所は移していきたいと思っている。例えばかつてはGoogle Docsを使っていたこともあったのが、MS Officeと比べるとチープなので随分前にOneDriveに移行している。しかしMSも万能ではないのでGoogleに委任して置かざるを得ない部分も少なからずあり、そこはGoogleを頼ることにしている。ただGoogleがしくじればMSに移行する準備はあるので、その日までといえばそうである。何故なら私がGoogleで使っているプロダクトは基本的にMS側にもあるからである。むしろ、その逆はないこともしばしばある。

IMEについてもGoogle IMEはカジュアルに使うには悪くないのだが、杓子定規に日本語を入力しようとすると上手くいかない。例えば「出刃包丁」を変換するときに「でばほうちょう」と打たないと変換できず、「でばぼうちょう」では変換できないと言うことが挙げられる。こんな打ち方をしていたら私の中であるべき日本語を忘れてしまう、日本人としてこれはいけないと思い、私はGoogle IMEを捨てることにした。

次使うIMEは連濁促音化のような日本語を扱えるのが良いと思い、MS-IMEなら叶えてくれるのではないかと思ったところ、これが見事当たった。Microsoftは日本人のための開発をしてくれていると痛感したのだ。Google IMEは言っては悪いが片手間だ。ATOKと勝負しているようなプロダクトでは到底ない。

検索エンジンもGoogleからBingに変えようとしたのだが、これは失敗した。まぁ元々MSNを検索エンジンとして使っていたことがないので、これは穏当といえる。理由としてはBingは文字列を本来の意味で解釈した結果を検索結果として出してくるからである。つまりキーワード検索ではない。

例えばAmazonの欲しいものリストで本名がバレてしまうことについて調べたいと思い「干し芋 本名」で検索してみたところ、Googleは期待通りの結果を返してくれるが、Bingは食べ物の干し芋についての結果を返してくる。他にもBingは検索結果にAIの提案みたいなのが滲み出てきていて少々嫌というのもある(この結果もUserCSSでノイズをかなり消している)

Googleの検索結果 Bingの検索結果
Googleの検索結果には意図した結果が出ている
Bingの検索結果はとても純粋で、全く意図しない結果になってしまっている

Googleの検索結果はSEO業者やいかがでしたブログのような低湿な情報も多々あるのだが、個人的にはその辺りを回避する術を身に着けているため、余り問題になることがなく、検索エンジンまでは変えなくてもよいかと思ったのである。

ただGoogleはうちのブログをあんまりクロールしてくれないのでインデックスが遅いので、そこは全く評価していない。そこら辺のアフィサイトより確実に良質の記事を書いている自信はあるのだが…。いや、メモ書きがメインなので中身がスカスカの記事も多くあるし、そこは認めているが…。

インデックスについてはBingはかなり早く、翌週にはインデックスされていることもザラである。深く確認してないが仕組み的には翌日にでもインデックスされているかもしれない。反してGoogleは翌月でもインデックスされていないことがしばしばなので、ここについてはあまり評価していない。手動でインデックスリクエストすることもしばしばである。とはいえ、Bingも以前はうちのブログをインデックスしてくれなかったことがあり、その時は全く評価していなかった。MSにクレームを出してもインデックスされなかったのだが一年放置していたら何故かインデックスされていた。謎。

最後に余談だが、私の利用ブラウザの変遷について振り返ってみたいと思う。といっても記憶の限りなので正確性は怪しいところだが、Microsoft Edgeより以前は記憶が確かであれば、Netscape Navigator→Internet Explorer→Slepnir 1.66→Sleipnir 2→Sleipnir 3→Firefox→Google Chromeという感じだ。IEは恐らく4-6辺りを使っていたのではないかと思うのだが、当時はバージョンを意識していなかったので不明だ。最初のブラウザがネスケなのは親のPCの標準ブラウザだったからである。Sleipnirが3で止まっているのは開発方針に疑問を感じたからだった気がする。Geckoエンジンのサポート終了でFirefoxに乗り換えたものの、UIや設定や複雑怪奇な上に拡張機能が競合してカオスすぎたのでシンプルだったChromeに移った記憶がある。

上記の他にも古い端末向けにレンダリングエンジンがPresto時代のOperaを使っていたり、比較検討用にLunascapeやSRWare Ironを使っていたこともあるし、Tor Browserも使ったこともある。仕事の都合でSafariを使う事もなくはないが、宗教上の理由もあり、滅多に使わない。Presto時代のOperaはIEが通用しなくなった時代にWindows XP世代の骨董品マシンでWebブラウズするのには省メモリで大変重宝した記憶がある。因みに私は2004年に発売されたVAIO PCG-FR77J/Bを2017年まで使い続けていたことがある。これはネトゲで3PCをするためのパーツとして使っていた。

話は反れるが過去に使っていた端末はこんな感じである。NEC PC-9801DX2→FMV-BIBLO NE/33→SONY VAIO PCG-FR77J/B→東芝 DYNABOOK 型番失念→ASUS X550VC→ツクモBTO→自作PC

投稿日:
ジャンル::インターネット

ここ半年くらいでしょうか、見慣れないタイプのCAPTCHAを見る機会が増えてきました。MicrosoftやTwitter(X)周りのロボットガードでよく見るのですが、SPI試験に出てくる問題のような内容で、やや難解さがあります。正直これ解けない人はどうしたらいいのかなと要らぬ心配をしてしまうほどです。

具体的には開始画面がこんな感じのやつです。

CAPTCHA開始画面

問題は複数種類あり、右にある3Dの図を左の3D図の方角と一致させるものや、指示された図を選ぶものもあります。

以下は右にある3Dの図を左の3D図の方角と一致させるCAPTCHA問題、矢印ボタンをクリックして図を回転させ、方角を合わせる内容です。右側の図は毎回変わり、そもそも真っ直ぐではないケースもあるので地味にやりづらいです。

右にある3Dの図を左の3D図の方角と一致させるCAPTCHA問題
左右の矢印UIを操作して方向を切り替えたところ

こちらは指示された図を選ぶ内容。正直初見では何言ってるのかよく分からなかった。

指示された図を選ぶCAPTCHA問題

基本的に誤答すると問題が一問ずつ増えていくようで、失敗すればするほど途中で誤答する確率が増えるので結構しんどいやつです。

このサービス自体はArkose Labsが提供するArkose MatchKey Challengesというものらしく、サンプルを見るともっと難解そうな問題もあります。
Arkose Labsは以前にもPick-a-TileというCAPTCHAを提供していたようで、これも見覚えがあります。

問題例としては以下のようなもので、日本語表示だと「渦巻き銀河を選択してください」という感じの問題だったと記憶しているのですが、私は初めて見たとき「渦巻き銀河とは…?」となってしまいました。フィーリングで解きましたが、割と意味不明気味だと思います。

人間が見てもよくわからない問題

こういうのを見ているとインターネット空間は段々一般の人には使えないものになっていき、一定のリテラシーが求められる時代になっていくのではないかということを思いました。

まぁ元々ITというもの自体、一部のマニアがこぞって使ってたツールだったので、一般の方が使うには難しすぎるのではないかと感じることもあります。SNSでのトラブルや、各種事件などを見ていてもそう思いますし、IT業界で働いていても何も解っていない人は掃いて捨てるほどいます。

2024-01-14追記

新しいパターンが出てきたので記録しておく。因みにChatGPTの登録画面で出てきたものであるが、これはかなり難易度が高いのではないだろうか?

かなり難易度が高そうなCAPTCHA