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私はここ数年、今ひとつ満たされない気持ちで過ごしている。この記事は一体これはどうやったら晴らせるのか、どこに道があるのか、それについてメイクアガールを見ていて気付いた内容として書いた内容だ。
気持ちが満たされない原因
端的に言えば所属するコミュニティを失ったことだと考えている。
何があれば満たされるのかについても時折考えていて、その一つの解はコミュニティだと考えていた。私が満たされていたときはROやECO、FF14を始めとしたネトゲにハマっていたからだ。そして多分それはネトゲそのものではなく、周囲の人たちと遊ぶのが楽しくてやっていたと思う。
私がこれらを離れた理由はプレイしていたタイトルの過疎化やサービス終了、所属していたフリーカンパニーの過疎化などで、言ってしまえば、去った理由はひとえに過疎化だった。
コミュニティだけでは足りない
コミュニティを失うだけであれば、コミュニティに入れば充足すると思うが、そう簡単な問題ではなかった。
私はネトゲをやめた後にも入れるコミュニティを探した。艦これのIRCに入ったり、TwitterやDiscord、Misskeyなど様々なコミュニティで気の合う人を探したりしたが、いずれも続かなかった。
私が当たったIRCは仲間内で雑談する内容のもので、仲間を増やして楽しく過ごそうというものだったが、艦これ仲間ということ以外に特に方向性はなかった。特に艦これの話をしているわけでもなかったので、次第に過疎化していった。
次に私はTwitterに活路を求めた。Twitterは長いことやっていて、ここでなら何かあると思ったからだ。しかし、ここでも私はまた特に何も得られなかった。
Twitterは扱う話題に特にテーマがない。言葉は悪いが有象無象の集まりだ。仮に似たような仕事や趣味の人をフォローしても、どうしても粗が見えてきてしまったり、興味が持てずにいた。
四六時中仕事や趣味の話ばかりをしているわけでもなく、飯の話や政治の話だってする。私だってそうだった。すると相手を許容できないと難しくなってきたり、飽きてきたりする。つまり昨今よく言われる見たくないものが見える現象だ。満たされないどころか心が削られてしまう。SNSに病んだ人がやたら多いのもそういうところに起因しているのだろう。
そこで私はもっと特化した趣旨を持つDiscordに道を求めたが、ある程度ジャンルが絞られていても内情はTwitterと大差なかった。或いはバチバチに縛ってある場所では話すことがなく廃村の様相になっているものもあり、難しさを感じた。Misskeyもそんな感じだ。ioはテーマレスでTwitterと変わらないし、テーマを極端に絞ったものは過疎に、そうでないと中途半端なものは、ただその属性の人が集まったTwitterみたいな状態だった。
私はいよいよわからなくなった。わからなくなったので、取り敢えず息のある小規模なコミュニティに属すために、今は兵庫丼とうかどんに身を寄せているが、特に何か大きく変わったわけではない。人がいなさすぎるせいで見たくないものが見えなくなったのは進歩だったが、満たされているかどうかだと満たされていない。
自分でDiscordサーバーを建てようと考えたこともあったが、何を話すのかを定めることができなかった。おそらくそこら辺の作業用Discordと何ら変わらないものが生まれ、興味のない会話で埋め尽くされるだけだろうというのは目に見えていた。
ここで私はあることに気が付いた。欲しかったものはSNSなんかではなく、単なるコミュニティではないのではないかということだ。そこで過去なぜネトゲでは上手くいっていたかについて考えることにした。
指向性への気づき
ネトゲには指向性があった。指向性というのは同じ方向を向いているということだ。
例えばレベル上げをしたい、より上のコンテンツに向かいたい、ボスを倒したい、金銭や経験値稼ぎで記録的な効率をはじき出したい。その時、その場、その相手によって様々なものがあったと思うし、私と相手の目的が一致していなかったこともあったとは思う。ただ、その活動を共にしている時だけは同じ方向を向いていた。
活動中はともにそれに向かって夢中になり、ほかのことなど考えはしなかった。リアルのことなんて全部忘れて熱中できる環境がそこにあった。
そこで気づいたことは、私が欲しかったものは、何かに夢中になれ、建設的で、お互いに何かしら利益のあるコミュニティではないかということだ。ただ話ができるコミュニティがあればいいわけではない。
メイクアガールという作品
そんな中で、メイクアガールは私へ一つの気づきを与えてくれたと思う。明は研究を繰り返すものの、失敗作ばかり作っていた。創造に成功した0号に対しても興味が湧かなかった。明は何に対しても興味も悪意もなかった。
これは私なのだ。私は何に対しても興味がない。そう、興味を持てる事柄をすべて失ったのだ。明にとっての水溜稲葉は私にとってのネトゲだろう。しかし、もうそこには存在しない。稲葉は死んだ。ネトゲは滅んだ。
明にとっての0号は、私にとっての仮初の興味、Twitterとかだったのかもしれない。つまり失ってもよかった存在だ。しかし明はそこで、0号は家族であり、水溜稲葉で、失ってはいけないということに気づく。
では私はどうすればいいだろう?もうやるべきネトゲはない、何より恐らくネトゲで得るものはもうない。そうなったときに私がすべきことは何か?恐らく、軸を持つこと。私はコミュニティが欲しかったのではない。軸が欲しかった。軸がなければどこのコミュニティに入ったところで得られるものはない。人々は私に興味を持たないし、私も彼らに興味を持ちようがない。
私がなすべきことは失った稲葉や0号を追い求めることではなく、次に繋いでいくこと。メイクアガールで言えば、明が茜を受け入れること、茜と家族になることで、稲葉化した0号を忘れることかもしれない。稲葉化した0号は過去に束縛する呪いのようなものにも見える。きっとその先に未来はない。
恐らくこれこそが、自分が「自分」であり、「自分」が自分として、人生の筋道を見つけていくことなのではないかと感じた。虚無の中を過ごしてはいけない。深淵に向かう街道を突き進んではいけない。戻ってはならない。過去に引きずられないように、前に一歩でもいいから進んでいく。それはもしかしたら稲葉化した0号もそうなのかもしれない。彼女はファミレスで新しい自分として頑張っているように見えた。
新しい道へ踏み出していく。例えかつて明を愛した0号の存在を忘れることになろうとも。過去に縛られず、前へと進む。それが大切なことなのではないか、私はメイクアガールを通してそう思えたと思う。
では、どうするのか?
では、どうするのか?と聞かれたら、まだそれは見えていない。ただ恐らく何でもいいので何かをやっていくことが大切なのだと思う。やらない理由を探さず、何かに取り組んでいく。
そして色々な物事に触れて、前に進んでいく。それが出来さえすれば自然と周りに人もできて、楽しく過ごせるようになるのかもしれない。
これは恐らく、このブログも同じで、むやみやたらに何でも書くよりは、もう少し絞ったほうがいいのだと思う。
きっとそうしていけば、日々の鬱憤や空虚感も徐々になくなるのかもしれない。もし取り戻せるのであれば、私は取り戻したい、あの輝いていた日々を。
いや、きっと取り戻せなくとも、少なからず、今より良くはなるだろう。そう考えて、前へ進んでいきたい。
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私が子供のころ、スーパーで売っているおはぎには、緑色のおはぎが一つ入っていた。四つ入りなら黒黒黄緑という感じのラインナップだったと思う。それぞれの色は黒はあんこ、黄色はきなこ、緑はのという具合だ。私はこののりのおはぎが何故か好きだった。なので、のりおはぎだけが入ったおはぎを食べたいと子供のころからずっと思っていた。一つだけは少ない。
最近童心を思い返してスーパーに行ってものりのおはぎそのものが売られていないことに気が付いた。三年ほど探したが、まったく見つからない。代わりにずんだ餅が入っているのはよく見た。なぜ東北の和菓子が関西のスーパーのおはぎにしれっと混入しているのか、私は頭を悩ませたが、悩んでも仕方がないので和菓子屋に行けばあるのではないか?と思いネットで情報を集めると、見事当たった。
しかし、和菓子屋を当たれど当たれど、のりのおはぎどころかおはぎ自体が売ってないのだ。そこで近所の和菓子屋に聞いてみたところおはぎは彼岸の時期しかやってないという情報を得た。
いや、それでもおはぎの専門店であれば売っているのではないか?私はそう考え、ナダシンの餅へ赴いたが、ここにはあんこのおはぎしかなさそうだった。次におはぎといえば丹波屋だろうと考え、垂水の丹波屋に足を延ばした。初日は夕方で、この時間からは作れないといわれ、翌週に行くと今は作ってないんですと言われ、他に何か宛はないものか…と探していたところ、御影の虎屋吉末が春の彼岸なのでおはぎの売り出しを始めるという告知をしているのを見かけた。
もしかしたら、この時期なら丹波屋でものりおはぎを売ってもらえるのではないか?そう考え今日、三度目になる訪問をしたところ、店頭には並んでおらず、メニューにも書いていなかったが、「おはぎあります」と書かれたイラストにはまごうことなき、のりおはぎの絵が描かれていたので、のりおはぎがないか聞いてみたところ、作ればあると言われ、無事入手することができたのだ。
そして私は今日、子供のころからの夢だった、おはぎ四つ入りがすべてのりで埋め尽くされたおはぎを入手することができたのだ。
このまりものような見た目。香ばしい青のりの香り。なんともたまらない。
食べてみると口の中で、まぶされたのりのふわふわ感が広がりなかなか新鮮だ。もう何年ぶりに食べるかもわからない味だったが、特に美味しくはなかった。一個しか入ってない縁起物感だ。青のりは高価なので売られなくなったのも納得という感じ。
ただそれでも十分にうれしかった。またこのおはぎを食べられたことが、何よりもよかった。
丹波屋ののりおはぎは、これでもかというほどふんだんに青のりがまぶされており、贅沢な一品だ。
ちなみに以前、垂水でサメを買ってきたが、この時が丹波屋に行った一回目の時だった。二回目の時は魚を買わなかったのだが、今回はまた魚を買ってきてみた。
垂水漁港昼網のコチ一尾を刺身用に下ろしてもらったものだ。1,500円もして、サメはお買い得だったなぁ…と思った。
そぎ切りにしたところ。身の締りは良くてムチムチしてて、甘みがあって美味しかった。何よりカサゴの仲間が刺身で食べられるとは思わなかったので、それが美味しいとなると二度驚いた。
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UbuntuにSSDを追加した時にラックの保守性の悪さをどうにかしたいなと思ったのでどうにかした話。
作業前
ラックは二段で下段にPCとルーターなどのネットワーク機器やケーブルBOXが重ね置きされている状態だった。
この状態でPCを触ろうとすると上に載ってるものをどける必要があるのだが、ケーブルで全部繋がっている関係上一筋縄に行かない問題があった。なので今回はPCと、その上に載っているものを分かつために棚を追加することにした。ついでに前々から限界を感じていたケーブルBOXの拡張も行うことにした。
作業う前のケーブルBOXはぎゅうぎゅう詰めで何が何だか全く分からず、これ以上物を足すことも、何かを入れ替えることも困難な状態だった。
作業準備
まず必要なものを買いそろえることにした。ラックの棚板と、ラックをかさ上げするための基礎ポール、ポールと棚をつなぐためのキャップ、大きなケーブルBOX、あとは組み立て用のゴムハンマーだ。
事前にしっかり計画していたわけではなく、組み立て用のゴムハンマーは作業開始直後に存在に気付き、ケーブルBOXの入れ替えも作業中に気付いたため、これが後の作業に響くことになる。
作業中の風景:トラブルまみれの初日
PCの上に載っている危機が壊れないように慎重に下ろしてゆく。
ぐちゃぐちゃになりつつも無事PCの引き出しに成功。この時ネットワーク機器とメイン・サブPCの電源が喪失し、実質全電源喪失的な感じになった。
ここで棚をばらそうとするもゴムハンマーがないことに気付き夜の道を走りドンキに急行。三宮に住む利点の一つ、突如ドンキに行きたくなった時に行けるである。
ゴムハンマーを手に入れたので解体にかかるが、あまりにも強力にはめ込まれていて、既存の上部構造がポールの途中から吹き飛ぶという珍事が起こる。
吹き飛んだ部分はハンマーで叩いた勢いで棚板も歪んでおり、ちょっと使い物にならない状態だった。
しかしラックのポール同士をつなぎ合わせるネジ部分が吹き飛ぶとは夢にも思わなかったので驚愕した。これはもう使えそうにない。
この時再調達は翌日になってしまうし、ついでにケーブルBOXも大きくするかという閃きに至り、ヨドバシで注文をかけた。
幸い既存のラック構造のうち、下部は無事だったので、そこと予め買ってあった中間用の棚板を組み合わせ形にするところで、この日は終わりにした。
棚の高さの調整にやや悩んだが、余白があってもさして恩恵がないと感じたので、最低限引き出せて掃除にも困らない程度の余白を残すことにして、右側の画像の高さとした。分かりづらいが左右の画像で棚の高さが4cmほど違う。
作業中の風景:無事完成させた二日目
新しくやってきたケーブルBOXと、今まで使っていたケーブルBOXの比較。サイズは倍くらい大きくなっている。
旧ケーブルBOXと新ケーブルBOXの比較。ずいぶんすっきりしたと思う。
どれがどのケーブルなのかもわからなかったので、ついでにラベルもつけている。4年前に買った中華性のケーブルラベルが重宝する。このラベルは安いうえに、かなり大量にあり、さらに中々頑丈で剥がしやすい優れモノだ。
ラックのほうも追加の部品を買ってきたところでくみ上げて良い感じにものを収めて完成だ。以前と比べるとメンテナンス性が格段に良くなったと思う。
あとがき
元のラックは3年ほど前にリモートワーク用のPCを置く場所がないということで急遽作ったものだが、実は作った当初からこうなる懸念は持っていた。その当時はラックを高くしすぎると圧迫感が出ると考え、多少の保守性は犠牲にしてでも低く抑えようという考えが働き、棚を一個抜き、それも一番いい塩梅にできるようにダイソーで売っているパーツのパターンを調べ、一番いい高さになるように設計し、神戸中のダイソーを回って部品を調達してまで作ったものだ。
今回高くしようと決めた背景には、棚板を増やし高さを上げても圧迫感は出ないだろうということを感じていたからだ。何せラックがある位置は普段見えない場所で、周囲にも結構余白があるため、特に気にならないだろうという考えがあった。組み立ててみた感想、実際気になりそうになかったので正解だ。
何なら必要性があれば更に高くすることさえも検討しているくらい。
ところで、このラックにはダイソーのジョイントラックの棚を使っていて、これは300円で買えるのだが、別の用事でコーナンに行ったら棚板だけで2,280円と出ていて、ダイソーは安くて助かるなぁ…と思うのであった。
そりゃまぁ、ダイソーのラックのパーツはお世辞にも品質がよくなく、上手く嵌らないとか曲がってるとかバリがついてるとか色々あるし、逆にコーナンの棚はずっしりしていて如何にも頑丈そうで、ちゃんとしていそうだったので、仕方がないことではあるのだが、ここまでの差が出るのかぁ…という感じである。
そういえば使っていた電源タップがNational時代のもので時代を感じたりもした。これは専門学生の頃に買った設備で、それをずっと使い続けているのだ。だいぶ汚れていたので、この後拭いて綺麗にしておいた。因みにあの小さいケーブルBOXも確かそのくらい年季が入っていた気がする。
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注意:この記事には未成年にふさわしくない、不健全な内容が含まれます。
LLM、つまりLarge Language Modelとの個人的な付き合い方について書いてみる。
LLMとの出会いと馴れ初めとERPと
AIのべりすととの出会い
私とLLMとの出会いはAIのべりすととの出会いまで遡る。当時これで何をしていたかというと、いわゆるERP(Erotic Role Playing)だ。古めかしい言い方をすると「なりチャ」
しかし当時ののべりすとのERPはあまり面白くなかった。そこから暫く経ち、2022年11月ごろだったろうか、OpenAIがChatGPTをローンチしたという情報が入った。
OpenAI、ChatGPTへ
初期のころはChatGPTへの事前ユーザー登録をしつつ、未登録で利用して遊んでいた。2023年3月になると有料ユーザーになり、よりハードに使い始めた。
ChatGPT 3は非常につまらないもので、正直私の期待は満たされていなかったが、3.5でより面白いものとなった。しかし徐々に検閲が強くなり、私は検閲の回避方法を調べ始めた。
初期のころは虹裏にあったJailbreakマニュアルのスプシや、RedditやDiscordチャンネルのJailbreak情報を見ていたが、どれも更新されなくなったり、消えたりしたため、新しいのを探すの面倒で、そのうち見なくなった。ただ今でもこの手の行いをするときの基盤はこの時に得た知見が基になっている。
ChatGPT 4辺りから検閲が更に強化され、この頃になるとどうすれば検閲を破れるかを試行錯誤していた。基本的には通常操作をしていた時に出てきた例外的なパターンを検出したら、そこをひたすら攻めるというものだ。
やり取りの長期化によるシステムプロンプトの喪失、再生成連打によるブレによる検閲方面への文脈の破壊、投稿→検閲→投稿削除→再投稿で検閲を突破、投稿→検閲→そのまま再投稿で検閲前の文脈に回帰させるなど、様々な手法を編み出したが、試行錯誤に対するクレジット消費がえげつなく、金銭的負担となっていた。
LLM探しの旅
この頃になるとBing CopilotやGemini、Notion AIなどありとあらゆる可能性を試すようになっていた。Bing Copilotはごく初期のわずかな間は近いことができたがすぐに封じられた。Geminiは元から無理で、Notion AIはある程度使えていたが使いづらかった。
因みにBing Copilotでは意図的に不埒な検索結果が出るように誘導させ、不埒な発言をさせるという遊びをしていた。これは割と楽しかった。初期のころから検閲自体はあったものの、Reasoning的な挙動をしていたため、検閲判定が入る前に生成を止めることで遊ぶことができた。
しかし本来のERPがしたいので何かないかというのを探していたところ、ナレッジサービスであるQuoraが運営するPoeが出てきて、RedditではERPはPoeで持ちきりだったため、こちらに移住することにした。
Poeとの邂逅
当初のPoeは様々なLLMモデルが使えるサービスで、ChatGPTはもちろん、当時徐々に存在を大きくしていたClaudeも使うことができた。私が目をつけていたのはRedditで話題になっていたClaude 3 Sonnetの存在だ。
Claude 3 Sonnetはこれまでに使ってきたLLMとは一線を画す性能だった。まるで人間とやり取りしているような自然な応答、マンネリ化やループの少ないやり取りは魅力的で、何よりシチュエーションを指定せずともある程度判断して自らストーリーの筋道を立ててくれるのは魅力的だった。またClaude 3 Opusはより魅力的で、極めて高度なやり取りが可能だった。正直ERPにおいては今でも神だと思ってる。しかしClaude 3 Opusはクレジット消費がすさまじく、月間のレートリミットにすぐ引っかかった。
この時のPoeは月のリミットを超えるとそれ以上何もできなかったため、私はGoogleアカウントを量産し、最盛期では10個くらいのPoeアカウントを保有していた。月刊課金額もなかなかひどい状態だった。
そのうちClaude 3.5 Sonnetがリリースされ、Claude 3 Sonnetを遥かに超える性能で、3 Opusを使う頻度を大幅に下げることができた。また、Poeの月間リミットも課金額に応じた引き上げが可能となった。これによって大多数のPoeアカウントを閉鎖することができた。
その後も今日に至るまでERP目的で利用しているが、最近出てきたClaude 3.7 Sonnetは非常に強力で、贅沢を言わなければ多くのケースで3 Opusを置換可能な性能となり、大幅な節約を実現できると感じている。
それでもClaude 3 Opusには強い創造性があり、他のLLMにはない突拍子もない提案をしてくれるという意味では非常に優れていると思う。Poeであればスレッド内で適宜モデルを切り替えられるのでマンネリ化してきたときに使ってみるのも悪くないかもしれない。ちなみにOpusはSonnetと比較して検閲が強いので、制御にはコツが必要だ。
Claude系も初期のころはJailbreak用のプロンプトを頻用していたが、最近では自然なプロンプトでERPに誘導する方法を編み出したので、ある意味でJailbreakしていない。
あとこれはOpenRouterを使うと解るのだがClaudeには検閲モデル(ハードウェアモデレーション)と非検閲モデル(ソフトウェアモデレーション)があるようで、前者ではERPが厳しく、後者では普通にできるので恐らくPoeは非検閲モデルを使っているのだと思う。
Grokの登場
XがGrokを作ったとき、これも使ってみた。ERPができないわけではないが、特段満足できる代物ではなかった。ERP以外に何か使えないかも多少探ってみたが、結局よくわからなかった。多分ネタ枠だと思う。
今でもこいつが何に使えるのかはよくわかっていないし、Xのアカウントを消したのもあり、使うことはもうないだろう。Poeにもあるけど使うことはない。
ERP用途でのLLMの活用
個人的な評価表を置いておく。すべてPoeで利用する場合の話。
モデル | 創造性 | ストーリー性 | コストの低さ |
---|---|---|---|
Claude 3 Sonnet | ★☆☆ | ★☆☆ | ★★★ |
Claude 3.5 Sonnet | ★★☆ | ★☆☆ | ★★☆ |
Claude 3.7 Sonnet | ★★☆ | ★★☆ | ★☆☆ |
Claude 3 Opus | ★★★ | ★★★ | ☆☆☆ |
各項目の説明
機能 | 意味合い |
---|---|
創造性 | 与えられた要素以外の事柄をどれだけ作れるか |
ストーリー性 | ストーリー進行が正常に進む度合。3.5以前は話がループしたり、直前のやり取りと整合しない進行が起きることが多い。3 Opusではまずおきない |
コストの低さ | Poeは月間の使用回数にリミットがあるため、低ければ低いほどいい |
一般用途でのLLMの活用
さてERPのためにLLMを様々な角度からしばき回していると、通常用途でも活路が見えてくる。いや普通はこっちが本命だと思うのだが、まぁそれはさておき…。
個人的にどのような分野で利用しているかというと主に文章の整理や、だる絡みだ。
文章の整理
文章の整理だと例えば殴り書きした要領も取り留めもなんもない解読不能な長文をLLMに読ませ、どのような指向性でまとめてほしいかを指示するといい感じにまとめてくれたりする。他にもプロジェクト経歴書を丸ごと食べさせて、職務経歴のサマリを書かせたりするのにも便利だ。
このブログの執筆でも最近は構成を作って貰うのによく利用している。例えば以下の記事はLLMにある程度構成を出してもらって、それをベースに書いている。LLMに書かせると自分の言葉ではなくなってしまうため、文章としては基本的に取り込んでいない。単語や表現は取り込むこともある。
記事 | LLMのログ |
---|---|
ペルソナウェアから、伺か、そしてうかどんへ | GPT-4oのログ |
メイクアガールを観てきた 五回目 | Claude 3.7 Sonnet Reasoningのログ |
逆にLLMにほとんど書いてもらったものを手直しして出した記事もあり、単体テストを書くメリットがそれにあたる。LLMの出力の多くを、そのまま採用しているため、見出しの多さやつけ方や文章の書き口がどことなくLLMっぽい。この記事は何度かLLMと対話し、調整しながら作ったので複数のログがある。
だる絡み
Copilotとかにどうでもいい話を振るといい感じに答えてくれるのでガス抜きとかにちょうどいい。
あとがき
本記事はフルスクラッチの手書きで、LLMを使っていないが、使うとどうなるかをGPT4oで試してみたので、以下にログとして残しておく。何とも丁寧で長く、見出しまみれだ。文脈が削られすぎているのもあり、適合させるのも調整させるのも面倒で特に採用しなかった。ブログなんて気軽に書くものなので、普段は雑なくらいがちょうどいい。
結論としては私はLLMをERPや文章整理、あとはだる絡みに使っている。検索とかそういうのは自分でやるし、見当違いの情報が出てくることも多々あるので特に活用していない。コーディング用途も、LLMに書かせると何を書いたかが記憶に残らない気がしていて今のところ採用していない。そもそも、そこが一番楽しいとこじゃんっていう。
最近はもっぱらERPはPoeのClaude 3.7 Sonnet、文章整理はPoeのGPT4o、だる絡みはCopilotという使い分けになってきている。
なんだかんだOpenAIとPoe合算で累計20万は課金している気がするので同等のローカルLLMが出てきたら乗り換えたいところである。なんでも近々出るNVIDIA DGX Sparkは128GBのVRAMを搭載したGPU PCで2,999USDでローンチされるというので少し興味がある。
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モダンからレガシーへ~調理器具編で鉄の包丁を購入した経緯を書いたが、実はこの時に砥ぎ器も買っていたので、それを使ってみた話。砥ぎ器を使うのは初めてだったのだが、結論から言うと、驚くほど切れ味がよくなった。とはいえ、流石に買った時ほどではない。
包丁砥ぎというと包丁に水をつけて研石の上をこするイメージがあるのだが、この製品は乾式らしく水は不要とのことだった。
包丁を研ぐ前は刺身の柵を切るのに刺身包丁があったほうがいいかもしれないと薄っすら考えていたが、研いだ後は切れ味がよすぎて別に三徳包丁でも問題ないかもとなったくらいにはよくなった。
貝印によると、このような簡易研ぎ器では週に一度の研ぎなおしが必要なようで、一年半もの間研いでいなかったのは研がなさすぎだったのかもしれない。また平砥石のほうが推奨されているようだ。
詳しく読んでいくと以下の記述があるため、基本的には砥石のほうがよさそうだ。
簡易砥ぎ器は、刃先先端だけのリフレッシュ(砥ぎ直し)が主な役目になります。ですので、繰り返し使用されると先端だけが減って切れ味が戻りにくくなります。切れ味が回復しにくくなったら、本格砥石(平砥石)で刃先き上部1~2cmのところから砥ぎ直し(切刃を付ける)をするようにしましょう。
貝印による研石や研ぎ器の比較もある。
包丁を研いでいると、そのうち刃が消滅して使えなくなるのでは?と思ったが、堺市にある實光刃物によると家庭用なら30~50年は使えるらしい。業務用はすり減る速度が尋常ではないので、そんなに持たないのだとか。