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ジャンル::雑記

技術カンファレンスなどに行くときにSNSのアイコンなどを掲示したマイ名札をつけている人をしばしば見かけるため、私も似たようなものを作ってみた。取りあえずアイコンと名前を目立つようにして、あとは私はこんなものですというのを軽く添えた内容だ。

名刺の箱に入った名刺

阪急三宮前にある山下デザイン事務所に制作を依頼したが、デザイン料がなければ片面カラー50枚なら2,000円で作れたのでリーズナブルだった。こういうのはネットでも頼めるのだが、やはり顔を合わせて対面で話せたほうがメールとかより緻密な打ち合わせができるし、ストレスがない。何より地元の業者さんに頼みたい思いもあったので、こちらに依頼することにした。デザイン料も片面なら6,000円程度なのでアイデアだし程度に依頼してみるのも悪くないだろう。サイトにあるような良い感じのデザインが出てくる。私の場合は名札としてのシンプルさを重視していたため、結局自分で作ったデザインに落ち着いた形だ。(出てきたデザインも洒落ていてインパクトもあって悪くはなかったのだが…)

私はIllustratorのようなデザインソフトを持っていなかったため、原稿はHTMLで持ち込んだのだが、それでも受け付けてくれ助かった。なお、HTMLで持ち込んできて来た人は前代未聞ということで軽く談笑が生まれた。

次回はInkscapeで作るのもありかもしれないなと思ったが、多分次回はHTMLをPDFに落として持ち込むと思う。そもそもデザインに変更がない限り、それも不要なので次があるかは不要だが…。(記載内容の差し替えならそれを伝えるだけなので)

作った後に思ったのは角が折れがちなので、角丸加工をしておけばよかったなと思ったのと、特に事業や活動をしている訳でもないので、交換する機会はあんまりないだろうなということだ。取りあえず渡しておけば印象付け程度はできるかもしれないが、正直私という人間自体が自分でもイマイチ何をやっているか説明できないので難しいところだ。もう少しパンチのある肩書か何かを書けるとよいのだが…。

因みに今回作った名刺のデザイン自体はパワポに元々備わっていた物を適当にいじってそれっぽくしただけの内容だったりする。

どうも、最近ブログネタが溜まっているのに更新が追い付いていない管理人ですが、今回はYAPC::Hiroshima 2024というカンファレンスイベントに参加してきたので、その感想について書いてみる。

因みにこういう大規模なイベントに参加するのは今回が初めてだ。

YAPC::Hiroshima 2024とは?

まずこのイベントが何なのかについてだが、公式サイトによれば以下のように案内されている。一言で言えば広島で「お好み」について話すイベントと言えるだろう。Perlであっても、なくてもどっちでもいい感じ。

YAPCはYet Another Perl Conferenceの略で、Perlを軸としたITに関わる全ての人のためのカンファレンスです。 Perlだけにとどまらない技術者たちが、好きな技術の話をし交流するカンファレンスで、技術者であれば誰でも楽しめるお祭りです!
今回のYAPC::Hiroshima 2024は「what you like」がテーマです。職種、ロール、プログラミング言語、技術要素... あなたのさまざまな「お好み」を語ってみてください。

登壇者は錚々たる面々であり、なんととほほのWWW入門で有名な杜甫々氏も来られているという、かなり凄い内容だった。ある程度の年齢層の方であれば、とほほのWWW入門にお世話になった方も少なくないのだろうか?私もその一人なので、来る目的の半分くらいはこれだった。

参加の経緯

ここ最近私は技術関係のアウトプット先を増やそうと悶々としており、社内外を問わず色々と顔を広げていく活動をしていた。

社内であれば大勢が集まる雑談チャンネルで話を持ち掛けたり、チーム内で話ができる場を設けたり、社外であれば、それっぽいDiscordチャンネルに入ったり、Slackを探したり、果てはジモティで話し相手が見つからないか探してみたり、手当たり次第に探していたところに三宮.devというコミュニティを発見したのだ。そしてここでYAPC::Hiroshima 2024に参加する人はいませんか?という話がされており、そこでこのイベントに出会った。とにかく飢えていた私は参加を決めた。

行程

当日新神戸から広島へ新幹線で向かい、その日のうちに帰る弾丸スケジュールにした。

本当は前日に入り、翌日に帰ることを考えていたのだが、実は参加を決めた時点では骨折しており、根本的に行けるかどうかが見通せず、ホテルを取れずにいたため「行けたら行く」でスケジュールした結果、こうなってしまったという悲しい話がある。

結果的に骨折は良くなったのだが、その頃には連休のためホテルが抑えられなくなっていたのと、歩けるようになっただけであって、完治したわけではなかったので無理をしない方向に倒した。ビビりだと思う。かつて高熱を出しても命を削りMMOをプレイしていた人間とは思えないビビり方だ。

因みに早起きが苦手なので12時に広島入りするという大遅刻計画となった(開場は9:45)

イベント参加

まず受付に入り、名札に自分の名前とお好みを書いた。テストコードを書くことや、PerlということでCGIがあった時代と絡めて「昔のインターネット」や「個人HP」について書いてみた。

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最初の登壇を聞きに行った。到着時間の関係で既に始まっていたのと、この為に買ったマシンのセットアップが不十分でセットアップをしていたらほとんど何も聞けていなかった。

その登壇が終わったら昼食だったのだが、端末を鞄に戻すのに手間取り机のある席が取れず、椅子しかない席で気合で食べる羽目になった。仕出し弁当が用意されていて、なかなか美味しかった。飲み物を買ってき忘れる体たらくだったが、幸いここで補給できたので助かった。(昼あるし、なんか出るだろうと過信してやってきたのが当たった形だ)

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登壇傍聴

昼食を終え、実際の傍聴を始めることにした。以下は聞いて思ったことを書いているだけなので、実際の発表内容とはそんな関係がない。

Blogを作り、育み、慈しむ - Blog Hacks 2024

まずはSongmu氏の「Blogを作り、育み、慈しむ - Blog Hacks 2024」を傍聴することにしたが、私もブログを書いているのでこれは非常に共感できるものがあった。それとオタク特有の早口の良さというのも共感できる要素だった。

私もこのブログというかサイトはHTML手書き時代から数えれば2002年からやっているわけで今年で22年になるが、何故そこまで続けられるのかと聞かれれば、それは「ブログを書くこと(サイトを作り続けること)が好きだから」だ。ブログというか個人サイトいうのは一国一城である。執筆者や管理人はそこの主で、文字通り何でもできる。これはすごく楽しいと思う。私はそれが好きだから続けられている。

それにWeb技術者として見た場合、ブログを始めとした自分のサイトを持つというのはHTMLセマンティクスやアクセシビリティ、SEO、通信プロトコルやLinuxなど、様々な観点の勉強にもなる。サイトを作るというその行為そのものが技術経験になりえるのだ。ブログシステム、CMSを作るという領域まで行けば、それはもう立派なプログラマーだと思う。変なプログラミングスクールなどに通う必要など全くない。それ自体をポートフォリオとして出すことさえ可能だ。

自分の好きを語れる場としてのブログ、別にブログである必要もなく、個人サイトでもいいのだが、これを持つというのは一つのアイデンティティを持つことにも繋がり非常に良いと思うので、興味がある人には是非やってほしいと思う。

特に「Webをやりたいのですが、何を学べばいいですか?」というような人には大変お勧めできると思う。どっかのフリマアプリのクローンを作ってポートフォリオというよりは採用担当にも響くだろう。

しかし凄いのは900記事以上も古くから積み上げた記事があるという点だった。私はサイト移転を数えきれないほど繰り返してきており、その都度過去のコンテンツが失われているという悲しい状態なので、今後は保持していけるようにしたいと思っているし、正直ブログの破壊的変更を伴わないようにしたいと考えている。

実際、直近でははてなダイアリー>WordPress>adiaryで記事の移行をしているが、この三回の移行では全記事の移行に成功している(記事の数が少ないからできたことではあるが…)

記憶が確かなら、中学のころから今までに書いた記事の総量は1,000を優に超えるはずである。何故なら昔の私は毎日しょうもないことを書いていたからだ。MMORPGをしていた時は毎日の成果を書いていたものだし、色々な妄想を書いたりもしていた。ブログのほかにもMMOサービス側に設置されていたOpenSNS的な奴にもよく書いていた。そういったSNSやmixi、Qiitaなどの傍系も含めれば5,000記事ほど書いていてもあまり不思議ではないが、いずれも現存しないため確認はできない。

今でもブログを書くペースよりネタが増えるペースのほうが早いので多分今後も変わらず増え続けるとは思うのだが、年々ペースが落ちている感は否めない(やることが増えて書く暇が減っている)。とはいえ、Twitteから距離を置いてからは書く量が目に見えて増えているので、これはブロガー的にはいい傾向だろう。

この事についてSongmu氏と懇親会で熱く語れればよかったのだが、当日の私はそこまで頭が回っていなかったのが悔やまれる。

非同期な開発体制を支えるドキュメント文化

次にこんぼい氏の「非同期な開発体制を支えるドキュメント文化」を聞きに行った。いや会議室を変えていないので、そのまま居座っていただけだが。

この議題についてはかなり興味があり、というのも仕事ではドキュメントの整備状況が悪く、声をかけても実装が優先で書いている暇がないというのが実情としてあった。正直私も書くようにはしてるのだが、後手になっている感じは否めない。

聞いていて思ったのは全てのやり取りをドキュメントベースにすれば実現できるのではないか?ということだ。同期コミュニケーションをすべてやめて、ありとあらゆるコミュニケーション手段をドキュメントベースにするということだ。こうすればドキュメントから仕事が生まれるので、ドキュメントがないとか、古いというのは起きないように感じる。

ドキュメントに関する不明点はどう聞くのか?という部分については、もうそれは従業員のメンタルモデルをバキバキに鍛えていくという方向になる気がするので、どこまで実現性があるのかは判らないが、一つの手法としてありだなというのは感じた。

この内容を何とか実業務に生かしていけないかも考えていきたいところだ。

好きな技術《コト》で、生きていく技術

その次はaereal氏の「好きな技術《コト》で、生きていく技術」を拝聴することにした。相変わらず会議室を動いていないが、恐らくこれは私のお好みが、偶々この会議室に集中していたということなのだろう。

内容的には自分の好きな技術をどうやって仕事で使っていくかという部分と、その難しさについての内容だったと思う。これは私も実業務で引っかかることがよくあり、どうすればメンバーが使いたい技術を業務で使わせてあげることができるかという点についてはよく考える。

まぁぶっちゃけた話無理だと思っている。例えばメガバンクのシステム開発をしているとして言語やフレームワークのCanaryやNightylyの新機能を使いたい!と言われてもそんなものは許せない。勿論、それで不具合が出来ないことを立証できれば可能とは言えなくはないが、現実的に不可能だ。何ならその機能は将来的に破壊されたり、削除される可能性もある。その後のことを考えれば無理無理の無理だ。

とはいえ、メンバーは使いたいのだ。私からは無理としか言えないが、無理しか言わないと「この人に話しても埒が明かない、レガシーは嫌だ!モダンがいい!」と思われてしまう。その対策を考えたかったので、このトークを聞きたかったのだ。

結論から言うと「自分が選べる立場になる(CTOとか)」や「個人開発で使う」ということだった。前者については非常に納得できる内容で、私は正直そのためだけにその立場につく努力をしているといっても過言ではない。

私にも使いたい技術や手法はある。それは「システムを楽に安全に保守できる技術」だ。要するに古く枯れた技術とか、テスト容易性に長けた実装手法などだ。しかしこんなのは面白みがまるでない。特にテストなんて誰も書きたくないし、テスト容易性が高い実装は疎結合で何を書いているかが分りづらいのだ。テストがドキュメントになるといわれても、そんなことより動けばいいのである。

何故それがやりたいかというと、私は職務経験上炎上案件に多く入っており、残業地獄を経験してきていたり、実稼働しているシステムでクソのようなバグを多々踏み抜いてきており、こういうのを避けたいからだ。現職でも時間外対応をしているのを見るとウッとなってしまう。

勿論、私の提案によってそれらが全て解決するかといえば、そんな保証はないし、一個も解決しないどころかより悪くなる可能性だってなくはない。私もやってみないとわからない。ただ個人的な経験や世間を眺めていると、少なからずマシになるのではないかという期待はある。

そういうので私はある程度その辺りを良しなにできる立場まではやってきたものの、次に立ちはだかる壁として出てきたのがメンバーの希望をどこまで採用するかだ。これはメンバーのモチベーション低下や、新規採用にも影響する可能性があり、判断が難しい。しかし事業として見た場合、安定して動いているシステムが求められるのは間違いないと考えている。

そこで後者の個人開発といいたいところなのだが、仕事でやっているだけの人には響きづらいし、個人でやったからこそ仕事にも持ち込んで実績にしたいという人もいると思うのが難しいところだ。とはいえ個人開発の実績はよほどの規模のものでない限り知れており、エンタープライズ開発では無意味なことも多いと思う。例えば個人開発で実験的な機能を使って動いていても、それがエンタープライズでも同様にいくとは限らない。

ここ本当に難しいと思っていて、どうしていけばいいのか悩むところだが、正直なんかいい感じで妥協しつつやっていくしかないのだと思う。何に対しても言えることだが、世の中には銀の弾丸であったり、正解というものはないのだ。

強いて言えば事業として見た場合は最小限のコストで、最速のスピードで、最大限の売り上げを出せるシステムを作れることが正義であり、自分がやりたいことをやるという部分とはどうしても乖離していくので、その辺りをなんか上手いことできるのが最良だとは思う。

それをするためには常日頃から様々な経験を積み、手札を増やし、できる限り多くの選択肢を取れるようにしておけることが大切であると、聞いていてそう感じた。これは開発もそうだが、開発以外もそうだと思う。

手札が多ければ選択肢が増やせるので、AがダメでもBがやれるし、最悪Cでもいい、どれかやれればいいという状況が作れる(いわゆる松竹梅というやつだ)。メンバーは他人なのでどうにもならないが、少なくとも自分だけはそういう状態であれればいいのではないかと思う。

古い技術について—SMTP現代事情つまみ食い—

最後にazumakuniyuki氏の「古い技術について—SMTP現代事情つまみ食い—」を聞くことにした。

これは先日Value-DomainのドメインをさくらのレンタルサーバーのメールでSPF, DKIM, DMARC対応させた私にとっては興味深かったからだ。

まず登壇者が関西弁だったので親近感が凄く湧いた。何故なら私は神戸に住んでいるからだ。

今まで何となく使っていたSPFやDKIM、DMARCなどの仕組みが分かったのは非常に参考になったし、今までSPFがあったのに何でいきなりDKIMやDMARKが出てきたのかについてもよく分かり、非常に良かった。

早速DMARKのpnoneからrejectに変更することにした。レポート設定などの他の部分も今後設定していきたいと思う。

またBIMIやARCといったRFCになっていない規則もあるということで、新しい情報を入手する機会になったのもよかった。

ライトニングトーク

アフタートークみたいなやつ?登壇者による話題指定のLTが行われていた。これも面白かった。ただおじさんの自語りみたいな感じだったので若い人にどれほど通用するのかは若干怪しかった。概して年配者の話というのは年少者にとっては老害トークだと思っているが、耳を傾けてくれた人がいるのであれば、それはいいことだと思う。本当は相手の年齢とか情報の新旧とか、そういった部分なしに話が聞けるのが一番だとは思うが、まぁこの話を書いている私自身がおじさんなので何とも言い難いところである。

情報収集の手段

シニアクラスになってくると、まぁみんな似たり寄ったりで、私もそんな感じなので共感する部分が多かった。特にRSSを読むという部分については私もやっていて、個人的なオススメはTinyTinyRSSだ。サーバー設置型のRSSリーダーで、PCとスマホアプリで既読状態などを同期しながら読めるスグレモノだ。さくらのレンタルサーバーに建てる方法については以前記事にしたこともあるので興味のある人は参考にしてみてほしい。前述の内容はオンプレ向けだが、確かクラウド環境向けにDockerを利用したデプロイもできたと思う。

TinyTinyRSSはカスタマイズ性が高く、正規表現によるフィルターも備えているので広告記事とかを柔軟に弾くこともでき、正規表現の勉強にもなるのでオススメだ。複数ユーザーを作成して共有したりすることもできるので、任意のグループの中で共有するといったこともできるだろう。

オンライン

コロナ化などでリモートワークやイベントのオンライン化が盛んになったが、参加している感がなかったり、同時視聴があったり、盛り上がりを出すのが難しいとか、中には演出でよくわからないことをしたというような話もあった気がする。またオンラインが長かったことの弊害で、スライドの文字が小さくなったり、下に書き込みすぎて、現実世界だと後ろの人が見れなくなるという弊害も出てたとかあって面白かった。個人的にはオフラインとオンライン両方のデュアルだとよいと思う。オンラインでは話せないこともはやっぱあると思うので…w

35歳定年説

最近の人はあまり知らないらしいが、昔はよく言われていた話だ。コードを書かない誘惑が増えたり、マネジメントで書かなくなるといった話。実際仕事をしていても「コードを書かなくなった」という声はよく聞くし、私も書かなくなったと思う。

個人的には前職でテックリードの地位に就いて以来、MTGや調整ごとをする機会が爆発的に増えた。転職して現職に来て一旦はただのメンバーになったが、改善活動をしているうちに似たような感じになってきている。但し前職でも現職でもコード自体は書いており、恐らく打ち込んだコードの数だけで言えば前々職以前でSESのプログラマーをしていた頃と謙遜ないどころか、増えている可能性さえある。ただ、意識していないと書かなくなってしまうので、その辺りを上手くしようと日々何とかしている。

生成AI

AIが推論して書いてる間に自分で書けるという話が面白かった。また、コードを書くという体験が失われるというのは一つ面白い観点だと思った。書く時間がない人が時短で書くとかそういうのには向くとか、ChatGPTを壁打ち相手として使うのはいい案だと思った。私もChatGPTを一時期壁打ち相手として使っていたのだが、結局生身の人間と話したほうがいいなと思えてきたので最近はやっていない。AIは次第にやり取りが破綻するのと「ガイドライン上話せない」とか言い出すからだ。Jailbreakさせるとある程度話すようになるにはなるのを個人的には知っているのだが、この状態になると会話が破綻しがちでイマイチよくない(AIの認知に関して変な副作用があるのだと思う)

コミュニティ

まさに私がここに来た理由だった。人との繋がりを作るのは大切なことで、上手いこと人を巻き込んでいける人になれるとよいのだと思う。

そして最初は誰しも最初は一人、ぼっちだが、そこからこういった場を使って、繋がりを増やしていく、自分をアピールできるようにしていく。

例えば名札にSNSのアイコンを貼る、QRを付けるとか、私はこの人ですとアピールできるようにしていくとか、その上で日々「何とかの人」として認知されるようにしていくと、徐々にぼっちから抜け出せていくというのがあった。

また過去にはブログを作っただけで声をかけられたという事例もあるようで、ブログを書いたり、今ならツイートをしていくというのも一定の効果があるという話を聞いた。何なら私もそれを目的として今この記事を書いている節があるくらいだ。

SNSアイコンシールみたいなのは個人的にも検討していきたい。いやまぁTwitterそんなに書いてないのがあれだが、私の場合は自分のサイトに誘導するのでも良さそうだ。

キーノート

これは杜甫々氏のトークだった。杜甫々氏は広島在住である。サイトにも書いてあるので、杜甫々氏のファンであればご存じだろう。

内容的には、あのサイトの成り立ちや、杜甫々氏の経歴などであり、これはは非常に聞いていて面白かった。まさに伝説というか、伝説だった。

メモリが5KBしかない世界でどうやって処理をするか、メモリがオーバーフローするとどうなるかみたいな、興味深いお話が多々聞けた。バンク処理辺りはファミリコンピューターでよく使われていた処理そのもので面白かった。PC98については私も幼いころに使っていたので懐かしい気持ちになった。

後何より響いたのは、残業規制がなく、何もかもが自由だったころの時代の話だ。先輩と自分でどっちが実装を担当するかで喧嘩したというのもよかったし、全体的に非常に良かった。

正直この話を聞きに来たようなもんである。余りに良すぎて、これはもう一生モノの経験である。

また杜甫々氏のインターネット歴は1988年からで36年にもなり、インターネット老人会の会長を目指されているとのことで、私より遥かに大々先輩であられた。

実務的な部分についても、言語やフレームワークなどのEoLが短いという話があり、これはかなり納得した。ぶっちゃけAWSやGitHubでさえNode.jsのあの短すぎるリリースサイクルにまともに追従できてないように見えるので、実際問題短いと感じているし、昨今のフレームワークと言語とライブラリの複合技は全てのEoL内にバージョン整合を取るというのが個人的にかなり難しいと感じており、何とか見直せないかは検討していきたいところだ。

懇親会

YAPCのメインイベントと呼ばれることもある部分らしい?多分大抵のイベントにある参加者同士の懇親会だ。

初参加ということもあり、ぼっちムーヴを極めすぎた結果、登壇者と話せなかったのが残念だったが、何名の方とはお話をさせて頂くことができ、今後も継続的にこのような会に参加することへの意義や、自分が登壇することでぼっちを回避できるなどといった様々な利点を聞くことができたので、有意義なものとなった。

特に大井町pmの方からかなり強く背中を押してもらえたのもあり、今後精力的に活動していきたいと感じた。幸い行きの新幹線の中でLTネタを考えていたら無駄に出てきたし、普段からブログネタを作っては書かずに腐らせているので、考えれば話すネタ自体はたくさんある(普通の話も真面目な話も不真面目な話も闇の話も何でも)

問題としてはLTになれていない部分があるので、プレゼン資料の作成や実際の話とかがへたくそなところだろう、この辺りは実務でも役に立つと思うので場数を踏んで鍛えていきたいところだ。

あとがき

まず参加してみて色々身になったというのと、このイベントに参加する前に参加したDevFest: Kobe Developer Dayである程度懇親会の動きを学べていたので、それなりに動けたのは良かったと思う。

反省点としては、余り人に話しかけられず、特に登壇者と一切話せてなかったので、ここは次回改善したい(一体何のために懇親会に参加したのか…。ちなみに前回は登壇者がぼっちだったので話しかけられたというオチがある。)

またLTに関しても以前blessing software KOBEのLT会でやったこと自体はあるので、慣れておくために継続的にやっていき、次回は何か出せるようになりたいところだ。

まずはやってみる、次に続けてみる、続けるというのは三日坊主を連続してるだけでもある種の継続だと思うので、これもやっていきたい。

かつて人生を賭してまでやっていたMMORPGからはもう離れてしまい、続けられなくなってしまっているが、幸いこのサイトだけはずっと続いている。移転でコンテンツが消えてたりしていて、最早残っているコンテンツはカウンターの数字くらいだが、それでも脈々と続けられているので、これからは過去を捨てずに続けていくというのをやっていきたい。個人サイトはその人の顔、外観のイケてなさなど全部ひっくるめて、その人自身であるということも聞いたので、今後とも私の顔として成熟させていければと思う。私が私であり、渡したり得るのはきっとこのサイトがあるからなのだ*1

因みに私のインターネット歴は1995年からなので今年で29年になり、インターネット老人会の会員を勝手に自称している。

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サービス::その他ジャンル::雑記

ここ数年、誰かと話をしたりしているときに話のネタ元を探すのに苦労することが増えた。恐らく昔は根拠なく話していたことが、今は根拠を求められたり、必要になるケースが増えたからだと思う。相手を納得させる話には説得力が必要で、それには根拠があると捗るためだ。

例えば、「以前ほげほげで見た話なのですが~」と切り出したときに「ほげほげ」がどこだったかというところだ。私は大抵の情報をWebから得ているので話の元には大抵URLがあるのだが、これを失念していると根拠が出せないうえに記憶が壊れているケースもあり、誤った情報を話してしまうことがある。しかしこんなのを普通にブックマークしていても探すのが大変だし、ブックマークもすごいことになってしまう。そこで、記憶のインデックスとしてソーシャルブックマークを使うのはどうかと、ふと思いついたのだ。

最初はdeliciousを使おうと考えたのだが、これはサービスを終了していた。Diggも頭の中を過ぎ去ったが、今ひとつパッとしなかった。そこで行き着いたのがはてなブックマークだ。

ここはインターネット黎明期のころにインターネットをしていた人たちにとってお馴染みのサービスだろう。私も黎明期にはよく使っていたが、その時は特に理由もなく、流行で楽しいからという理由だったと思う。

しかしある時を境に私は利用をやめてしまった。理由はホッテントリの存在である。控えめに言わずとも荒れているし、スパムも多い。これは別に最近に始まったことではなく、以前からこうだった。最近はより酷くなってきている気さえする。しかし別にホッテントリを見ずに純粋に自分だけのブックマークとして使えばいいのではないか?そういう部分に気づいたのである。他者を気にせずに使う分にはストレスがない。そう思い使い始めることにした。

取り合えず今は思い出したときに、過去に見つけた有益情報をブックマークしていっているところだ。きっといつか情報を引き出す時に役に立ってくれることだろう。そう思い今は登録するフェーズにいる。勿論、過去だけではなく、現在見つけた情報についても関心があるものはブックマークしていっているが、どちらかというと過去を引き出したい側面の方が今は強い。

現在私のブックマークは技術的なものや地域の話題のようなものが多い。特に技術の話については引き出しから出したときに中身が抜け落ちていることが多々あるので、これをインデックスの一つにして、すぐに引き出せるようにしておきたい。

ここからは余談だが、実は久々にはてブを使うにあたり、IDの再登録をした。これは過去に、はてなというサービスに失望してこのIDを消してしまったところに所以する。

悲しいことはIDがアッパーケースで登録できなかったところだ。今のIDはlycoliaであって、Lycoliaではない。過去のIDが再び取れたら最高だったのだが、まぁ昨今のサービスだとなかなかないだろう。大昔はよくあったものだが。

まぁ、世の中には小文字しか使えないサービスもあるので、それと同じだと思えばいい。正直大文字が使えるサービスでも小文字で登録しまっている例があるので、深く気にするだけ負けだ。中には過去にアカウントを作ったが消してしまったので、既に使えないサービスもいくつかある。今後はIDを不用意に消さないようにしていきたいものだ。(とはいえIDが多いと管理コストもかかるので難しいところではあるが)

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ジャンル::雑記ジャンル::思考

最近仕事での身の振り方や、世を生きるための処世術で悩むことが多いが、一定の方向性が見えてきたのでここに書き記す。

まず結論から書くと「自分が正しいと思ったことをする」ということだ。理由は後述する。

まず悩みについてだが、正解がないことへの正解を出すことに悩んでいた。

例えば上司から「バナナを売ると儲かるらしいからバナナを売って儲かる方法を教えてくれ」と言われ、この上司がバナナを売ることに痛く固執している場合があったとする。バナナを売ること以外を提案しても耳を貸さず、バナナこそが絶対で、バナナ以外に道はないといった具合だ。

私はバナナを売って儲かる方法を考え続け、バナナ以外の選択肢は考えず、ChatGPTにバナナを売ることで年商10億円に達する、絶対に失敗しない銀の弾丸を聞いたりするが、当然答えは得られない。内心上司はアホなのでは?と思いながらやっているわけだが、事実上司はアホである。しかしそのアホに従う私もまたアホなのだ。

しかしこれでは駄目だと思った。私は恐らく上司を変えないといけない。何せ上司は赤字になろうとバナナを売ろうと言い出す始末だ。最早上司に当初の目標はなく、バナナを売ることだけが目的になりつつある。

要するに上司はどうにかしてバナナを売りたいのである。バナナが売れさえすれば後のことはどうでもいいのだ。会社の業績など関係なく、我を失っている状態ともいえる。バナナを売ることができれば実績を作り、御旗を立てられるとでも思っているのかもしれない。

この様な時に私がすべきことは、上司に従うことではなく、上司を導くことではないか?と思った。上司をバナナの妄信から解き放ち、バナナ以外の道へ誘導するということだ。

ではそういった時にどうすればいいのか?まずバナナを売っても儲からないということは肌感で分かっているのだが、根拠がない。なので、まずは根拠を出す、バナナが難しければ何か説得に繋がる根拠を出すのだ。

しかし「バナナは儲かりません。理由はこうあり、これによってこうです。」と正論を述べたところで上司は不機嫌になるだけだろう。なので、代案を出す。

代案は最低でも二つ以上、更に互いの優劣を出せると恐らくより説得力が出せるだろう

つまるところこのケースで私がすべきことは上司が求める期待通りの模範解答を絞り切った雑巾を絞る思いで出すのではなく、暴走する上司を止め、説得する材料を作り、導くことなのではないかと思ったのである。

他にも類似の悩みは多くある、欧米社会が喧伝する人権及び基本的自由は普遍的価値やSDGsに関してのことだ。これらに関しては何が何でも従わなければならず、これに従わないことは犯罪であるような印象が私の中にある。しかし私はあまり従いたいとは思っていない。これは私は私の生き方をしたいし、なぜ法律ですらないものに従わなければならないのかと思うからだ。いや、仮に法律でもこんな矛盾に満ちた内容に従う気はさらさらない。

正直私は各国の歴史と風俗を「人権及び基本的自由は普遍的価値」という名前で破壊していく欧米が嫌いだし、こんなものはなくていいとさえ思っている。恐らくこの主義の向かう終着点は国民国家と法の破壊で、全てをEUに一極化し、自分たち以外の異文化を排除するところにある気さえしている。参考までに日本の外務省は「人権及び基本的自由は普遍的価値であること。また、各国の人権状況は国際社会の正当な関心事項であって、かかる関心は内政干渉と捉えるべきではないこと。」と発表しているため、日本は破壊される側である。

まぁそれはそれとして、これから必要なのは「誰かがそういったからそうやる」とか「上司が言うので、言われたとおり、期待通りにやる」ではなく、「自分の立場を明確にし、自分が思うことをする」ということだ。

これまでも私は他社の言論に対して指摘するときに極力「正しい・間違っている」とか「良い・悪い」という表現を避けてきた。避けていても相手によってはそう取られることはあるのだが、まぁ個人としては避けてきたのだ。理由としてはいかなる論説にあっても正誤はないと考えているからだ。但し法律や方程式のように、そのスコープ内では存在するので、それは指摘する。スコープの外であれば指摘しない。

例えば現実世界で人を殺すことは日本国においては犯罪であるが、戦時ではそうでない場合があるし、ゲーム内であればどうでもいい話だ。なので単純に「殺人は良いことか?」と聞かれれば私は一概に善悪の判断をしない。戦争やPKゲームの中の話なら殺せば殺すほどいいだろうし、仇討ちでも仇となった側からすればそれは良いことだと思う。勿論、殺される側にとってはたまったものではないだろうが…。

こういった具合に物事を相対的に見ることに努めているのだが、その先で出てきたのが今回の考えというところだ。

究極的に正誤や善悪はその立場によって異なり、絶対的なものはなく、相対的なものであるとしたときに、絶対がないのであれば自分がやりたいことをすればいいというのが私の考えとなった。

この考えにたどり着くまで様々な人と話し、色々考えてきたが、決め手になったのは「答えのないゲーム」を楽しむ 思考技術という書籍だった。私はまだこの本を読み切っていないが、この本には答えのない問題に対する対処法や、反対意見を持つ人との穏当な渡り合い方などが書かれているようなので、是非とも参考にしていきたいと思っている。

まだ三割ほどしか読み進めていないが、非常に実践的で、相手に腹落ちさせるための議論の進め方が書かれた本だと思っているので、自分の主義主張をいかにして他社に飲ませるか、という技法に長けた本だと思っている。読み終わったらこの記事の続きを書くかもしれない。

恐らく今私が嵌っているのは社会人10年目の壁とかいうやつで、新人でもベテランでもなく、中堅社員が陥る穴みたいなものなのだろう。これは「社会人 10年目」などでググると出てくるもので、みんな似たようなことで悩んでいるのだなと感じている。ちなみに私は数え方にもよるが社会人を10年もやっていない。数え方によってはやっているのだが、履歴書ベースだと約9年である。

私の経歴は恐らくかなり特殊な部類で、まず学卒で内定がなく、3年半ほどフリーターをしており、そのフリーター期間も職を転々としていた。ごみ収集、ECサイト制作、コンビニ店員、風俗サイトのSEO施策、ペーパーカンパニーで事務作業、大手家電店での中古情報機器のリサイクル作業など多岐にわたる。いよいよ正規の職に就かないといけないということでハローワークを通じて当時存在したトライアル雇用という既卒者向けの就職支援事業を利用して最低賃金で一社目に入った。酷いブラックだったので、一社目を辞めた後は一年と少しの間、残業代で貯めた貯蓄を原資に反動でニートをしていた。このニート時代ではMMORPGプレイヤーとして新規プレイからほぼ頂点級の廃人にまで上り詰めることができた。数々の実績を残し、正直伝説だったとさえ思う。この時に得た様々な経験は仕事や私生活でも役に立っているので、個人的には無駄ではなかったと感じている。

そこから先は一回転職で事故ってブランクができたものの、完全に定職についており平穏の社会人として生活している。因みに転職での事故というのは離職時の交渉が上手くいかず、一番平和な方法がその月で辞職することだったためだ。私の交渉術がポンコツ過ぎたため、次の入社日まで在職することは難しかった。

まぁこういったことがあり、私は年齢に応じた経験がない。ないが、同年齢の人間より仕事は出来るほうだという自負はある。あるが、このままではまだ駄目だと思っているので、SESで13次から8次、5次、3次に上がり、最終的に事業会社へ入社してきたように、次はメンバー層からマネージャー層に上がらなければならないと考えている。年齢に対する経験年数が浅いというのは一生付きまとってくる課題なので、同一年齢の人間よりできねばならないと思うし、年上のできない人を見ていると純粋にこうなったら終わりだなと感じるので、出来るだけ実績を残して、やれることを増やしていきたいのだ。

まぁ私は非常に怠惰な人間で、基本情報をとると言い出して十数年、未だに取れていなかったりあるので、どこまでやるのかは不透明なところもあるが、それでもやっていこうという志だけは捨てたくない、志だけはという感じだ。

11月の終わりから12月の初めにかけてポエミーな記事を幾つか書いてきたり、社内でも変な話をよくしていたし、ここ数年はそう言ったことで色々悩んでいたが、その悶着に一つの決着がついたのが今回の記事という感じだ。

やっと靄が晴れたような気がするので、これからもこれまでの自分の連続として、やっていけたらなと思うところである。多分これが今年の抱負というか、所信表明だ。

2023年の決算として、今年やってよかったことを書いていこうと思う。

地産地消の促進

地産地消自体は3年ほど前からやっている取り組みだが、今年はこれを飛躍的に促進させた。具体的には物を買うときに神戸市産>兵庫県産>京阪神産>近畿地方産>西日本産>国内産>輸入品といった序列で、徹底的な差別化を行うことにした。

これは地域を愛していたいからというのが理由だが、意外な出会いも多く、個人的には満足している。

実際の取り組みとしては以下のようなものがある。

割と徹底的に変えていると思うが、特に生活面の負担はなく、困ったりはしていない。何故なら大半は農作物で、私はスーパーより八百屋が近く、容易に手に入るためだ。また最寄りのスーパーは兵庫県産品の取り扱いが多く、これもあまり不自由しない理由の一つだ。以前調査のために神戸市内のスーパーを10程視察しているが、こういうスーパーは珍しく、あまりないので運よく恵まれていると思う。この地に住んだのは運命だったのかもしれないと思うほどだ。

米についても変更を検討しているのだが、兵庫県産のあきたこまちが見当たらないので悩んでいる。コシヒカリやキヌヒカリは見かけるのだが…。米だけはあきたこまちに強いこだわりがあるため、これは変更しないかもしれない。あきたこまちは秋田県産以外見かけることがほぼなく、正直絶望的だとは思っている。とはいえ何もかもすべて兵庫県産というのも極端な話なので、これはこれでありだと思っている。

因みに今年変えたわけではないが料理酒はキング醸造(兵庫県稲美町)のものを利用している。同社は料理酒で国内トップシェアを誇るといわれているメーカーで、こういうのが県内にあるのは誇らしい。というか兵庫県は伊藤ハム(西宮市)やUCC(神戸市)、ケンミン(神戸市)、フジッコ(神戸市)などもあり、各社ともに県内生産があるため比較的食品製造に恵まれていると思う。関西にスコープを広げても丸大ハムや日本ハム、ハウス食品、サントリー、日清食品、神戸屋など食品製造が多い。

新聞紙面の購読

今年あたりから神戸新聞の電子版を見るようになったのだが、いっそのこと紙面で見てみるのはどうだろう?新しい発見があるかもしれないと思ったのが発端だ。

実際紙面購読をしてみると、Webより記事が見やすいという発見があった。Webでは記事タイトルくらいしか見れなかったのが紙面では紙を見ただけで一気に情報が見れる。これは利点だった。また毎日新聞を取りに行くので、家から一歩も出ない日がなくなった。大したことではないとはいえ、これも利点だとは思う。

紙面を見るのにはサイトにアクセスしなくていいし、一回とってくれば部屋に転がってるのを読むだけというのもいい。情報量もスマホやPCの画面より多く、思いがけない情報が目に入りやすいのもメリットだ。例えば地域限定の情報や、読者から寄せられた一言など、Webだとアクセスするのに地味に労力のかかる部分も見やすい。神戸新聞にはWebで紙面を読む機能もあるが、私は一般プランで年間契約をしているため、来年になるまでこれは使えないし、多分使えたとしても紙面実物より一覧性は悪い気がするので、紙面は見続けるだろう。

他にも必然的に新聞紙やチラシが大量に手に入るので、おやつを食べるときの下敷きなどにも重宝している。

外部との交流

今年はLT会や勉強会にも出ることができた。これによって自分の考えを外部の人に共有したり、外部の人の考えを聞いたり、評価しあうといったようなことができるようになった。また知らない人に話しかける経験もできたので、こういった場でほかの人に近づくためのスキルも身に着けることができた。

こういったことで持っている仮説を他の人に聞いてもらって評価して貰ったり、他の人の意見を聞くことで、自分を客観的に見る機会を作れるので、来年も継続していきたいと思った。アウトプットとインプットの機会を今より増していきたい感じだ。

参考までに今年は以下の会に参加した。

関西では会自体が多くないので自分で作っていくのも一つのような気がした。